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漫才風にやってみた! 方言の周圏論@美ら島の皮膚科学会 ~声があまり出なくても講演はできる!~

『全国マン・チン分布考』『言葉の周圏分布考』の著者、松本修さんが、皮膚科学会から、方言の分布についての講演を依頼された。
手術をしたため、少し声が出にくい松本さんを助けたのは、『言葉の周圏分布考』で「小竹探偵」として活躍する小竹哲さん。『宝塚少女歌劇、はじまりの夢』の著者でもあり、このレポートの筆者である。

舞台は沖縄。珍講演道中の顛末は……。

テレビ界の柳田國男、皮膚科学会の講演に呼ばれる

松本修さんは大阪の朝日放送で『ラブアタック!』など数々の番組を企画・制作・演出してきたTVプロデューサーである。1988年3月に立ち上げた『探偵!ナイトスクープ』は、視聴者から寄せられた依頼を〝探偵〟が視聴者と共に調査するというスタイルの視聴者参加型番組で、現在も全国の放送局でOAされている。ご覧になった方も多いだろう。
 
放送開始から3年目の1991年、番組から「全国アホ・バカ分布図」という不世出のヒットが生まれた。元は「アホとバカの境界線が何処にあるか調べてください」という視聴者の依頼から始まった企画だったが、全国市町村の教育委員会にアンケートの協力を依頼したところ、アホ・バカを意味する同じ言葉が、京都を中心として同心円状に存在していることが判明したのである。これはまさに日本の民俗学の創始者・柳田國男が提唱した「方言周圏論」を実証するものだった。
 
果たして番組は日本民間放送連盟賞をはじめとする各賞を総なめし、その成果を記した『全国アホ・バカ分布考』はベストセラーとなった。その後も松本さんは全国1208の市町村から返答のあった600以上もの言葉について、自腹でアルバイトを雇って解析を続けてきた。その中から60近い言葉を選んでカラーの分布図付きでまとめたのが『言葉の周圏分布考』(2022)である。これが琉球大学医学部皮膚科教授の高橋健造先生の目に留まった。

高橋健造先生が評価してくださった『言葉の周圏分布考』

医学部の皮膚科とテレビと方言とは全く関係なさそうだが、北海道出身の高橋先生は京都大学の学生時代より『探偵!ナイトスクープ』に親しみ、「アホ・バカ分布図」を楽しんでおられた由。その北海道、京都、沖縄と3つの言語圏を知る先生から、会長を務める来年9月開催予定の「第75回日本皮膚科学会西部支部学術大会」で松本さんに文化講演をお願いしたいという依頼があったのが、昨年(2022)8月終わりのこと。ここで松本さんから私(小竹)のほうに相談があった。
 
「私はひとりで講演を果たすことは難しいと思います。もしあなたの協力が得られるなら、交渉して一緒に呼んでもらうという提案もできます。どう思いますか?」

コンビで講演する理由

実は松本さんは8年前、本人曰く「坂本龍一と同じ病気」のために喉の大手術を行ない、十分に発声ができない。手術が成功した後もしばらくは筆談を余儀なくされる状態が続き、懸命なリハビリのお陰で対面での日常会話にはほぼ問題はなくなっていたが、マイクを通すと依然聴き取りにくい状態である。
 
ここで私の紹介をさせていただくと、私は松本さんの16年後輩で、4年半前に朝日放送を退職し現在フリー。現役時代は営業の内勤や編成や事業部といった部署を渡り歩き、松本さんと一緒に働いたこともなければ、『探偵!ナイトスクープ』の制作に関わっていたこともない。強いて繋がりを見つけるならば、東京支社時代に番組を系列局をはじめとする全国の放送局に売っていたことぐらいである。
 
それがひょんなことから、仕事とは無関係に松本さんの本の執筆・調査のお手伝いをすることになった。気が付くと『言葉の周圏分布考』には〝小竹探偵〟なるキャラクターが登場。沖縄県最南西部の先島諸島の方言調査のため波照間・与那国両島まで同行したり、あとがきを書いたり、松本さんの代理でラジオ番組に出て本の宣伝をしたりもした。今回の松本さんからの打診もその延長上にあるもので、はいはい、とお受けした次第である。

いざ美ら島へ

というわけで、先の9月16日、沖縄県宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで開催された学会での文化講演における松本さんの演題タイトルは「京から辺境へ、那覇から周辺へと広まる言葉の旅路」だった。
 
琉球には日本語の祖語、つまり日本語の本来の姿がタイムカプセルのように残っている。それらは5世紀頃から移住してきた本土の人間によってもたらされたもので、長い歳月を経て独自の進化を遂げているが、丹念に調べてみると日本語のルーツを見出すことができる。そしてさらに沖縄本島から周辺の島々に伝播していった言葉があった、という内容である。
 
私の役どころは、松本さんの台詞を同時通訳のように復唱し、適宜ツッコミも入れるというものだったが、コレがなかなか難しいのである。これまで何年もお手伝いをしてきて話の内容は解るし、松本さんの言葉も聴き取れるのだが、実際舞台上ではアドリブが次々飛び出すし、それ以前に綿密に打ち合わせをし手元資料にまとめていた段取りごとを「予定調和だ」と開演まで30分を切った時点で全部覆されてしまった。「ええままよ」という言葉はこういう時のためにあるのだと思う。
これがTVプロデューサーというものなのだろう。
 
それはそれとして、会場となった沖縄コンベンションセンターの劇場は1階1027席、2階466席、3階216席の計1709席の大ホールである(当日は1階席のみを使用)。演劇・クラシックコンサート・ミュージカル・ライブなどあらゆるイベントに対応できるそうで、そう言えば、宝塚歌劇の沖縄公演の会場もここであったように記憶する。
 
舞台袖にスタンバイした時は、もう一人の講師である、ゴリラ研究の元・京都大学総長で現・総合地球環境学研究所所長の山極壽一先生の質疑応答の最中だった。ホールは厳粛かつアカデミックな空気に包まれていたが、実は52年前の夏、京大法学部4回生だった松本さんは理学部1回生だった山極先生と長野県の志賀高原にある京大ヒュッテの合宿で一緒になり、いろいろエピソードもあるらしい。講演前日の招宴で「まさかこんな所で松本さんにお会いするとは…」と山極先生は驚いていた。

分布図を見せながら、同時通訳

さて山極先生に続き、いよいよ松本さんの講演である。舞台奥には分布図を映写する巨大なスクリーンが設えられ、カミテには座長として高橋先生と北海道から来場された札幌皮膚科クリニックの安部正敏先生が、そしてシモテの演壇に松本さんと私がスタンバイする。何が飛び出すかわからない松本さんのあいさつ、必死のパッチの同時通訳(あとで聞いたら2人の漫才みたいだったとも)、そしてテレビの公開収録よろしく私の「前説」。山極先生とは全然ノリが違ったことは確かである。

ステージでの松本修さん(左)小竹哲さん(右)。
同時通訳にくわえてツッコミも後輩・小竹さんの役割

この日準備してきたのは前出『言葉の周圏分布考』の中から、「大根」「菜切り包丁」「鶏肉」「刺身」「(夢)のような」「うれしい」の6つの分布図である。沖縄方言ではアイウエオの5つの母音のうちエがイに、オがウに変化してアイウ(イウ)の3母音になる。奈良時代以前の日本語のハ行はパ行として発音していたが、琉球にはまだそれが残っている地域がある。この2点を押さえた上で、松本さんと掛け合いをしながら話したことはおおよそ次の通りである。
 
◎大根…中国から漢字が入ってくる以前の大根の古称「おほね(大きい根っこ)」が、オポネ→ウプニと変化して先島諸島に残っている。
◎菜切り包丁…琉球諸島ではカタナ(ハタナとも)。カタは「片」、ナは「刃」の古い言い方で、片側に刃の付いた調理器具としての刃物のこと。
◎鶏肉…沖縄本島周辺のトゥイヌシシのトゥイヌは「鳥/鶏の」、シシはもともと食用の獣、転じて肉のことで、本土の古い日本語が残っている。
◎刺身…沖縄本島のナマシは鱠(ナマス)の転で、もとは細く切った生肉のこと。刺身を表わす最古の言葉と思われる。
◎(夢)のような…沖縄本島のヌグトゥヌは「の如(ごと)の」。奄美から先島にかけて広がるッシュンおよびその派生語は「(夢)にている」の意。ヌグトゥヌが入ってきて、周囲に追いやられた。
◎うれしい…沖縄本島のオモシロイは東北地方にも周圏分布している。ニッシュンと同じく周辺の島々に広く分布するフォラシャーは「誇らしや」の意味。

「菜切り包丁」の分布図
音読みの「サイトー(菜刀)」が「ナガタナ(菜刀)」にさらになまって
「ナガタン」になった経緯が読み取れる。
「(夢)のような」の分布図
「ノゴトノ」に近い「ノゴトアル」は、九州で広い領域を占めているが、
岩手県の現在の一関市にも見られた。

以上6つの分布図のあと、「アホ・バカ分布図」を最初に世に問うた『探偵!ナイトスクープ』の特別版55分を約8分に編集したVTRを流した。この8分間の中にこの日話したことのエッセンスが凝縮されているといっても過言ではない。前半はとにかくぶっつけ本番で、舌足らずで説明不足な部分も多かったと思うが、これでご来場の先生方にも「方言周圏論」の何たるかを充分にご理解いただけのではないかと思う。
 

巨大なスクリーンに映し出された『探偵!ナイトスクープ』特別編集版VTR

さて翌日ホテルのロビーで空港へのリムジンバスを待っていると松本さんが言った。「またこの障がい者と健常者の組み合わせ・・・・・・・・・・・・・・で講演をやりたい」。あの~、けっこう大変なんですけど。

(文:小竹哲、写真提供:琉球大学皮膚科)

松本修(まつもと おさむ) 
TVプロデューサー。1949年、滋賀県生まれ。京都大学法学部卒業。在学時、律令などを読む日本法制史と、法哲学を学ぶ。1972年朝日放送入社。『ラブアタック!』など数々のヒット番組を企画・演出・制作。『探偵!ナイトスクープ』を発案、立ち上げ、現在も「企画」として携わっている。大阪芸術大学教授、甲南・関西・京都精華大学講師を歴任。著書に『全国アホ・バカ分布考』(新潮文庫)、『全国マン・チン分布考』(インターナショナル新書)などがある。 
 
小竹 哲(こたけさとし)
1964年、三重県四日市市生まれ。京都大学文学部卒業。大阪の朝日放送で浪曲番組、アニメ番組、クラシックコンサートなどを担当し、2019年退職。昭和の「ベルばらブーム」以来の宝塚ファン。1983年春より大劇場公演はほぼ全公演観劇している。宝塚歌劇に関する論考、公演評、エッセイの雑誌などへの寄稿多数。著書『宝塚少女歌劇、はじまりの夢』を23年3月上梓。

松本修『全国マン・チン分布考』

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松本修『言葉の周圏分布考』

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