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第3回 日本人はなぜ「アニメ顔」が好きなのだろう(後編)

前編はこちら

「子どもっぽい」顔が持つ印象についてアメリカで面白い研究がなされていますのでご紹介しましょう。
結論を先に言えば、子どもっぽい顔は、正直で優しくあたたかく見える一方で、身体的に弱く、格下に見えるということです。

子どもっぽい顔はリスペクトされないアメリカ社会

その証拠というべきか、同じくアメリカで、リーダーとしてふさわしい顔を大学生に選ばせると、子どもっぽい顔よりも大人っぽい長い顔を選ぶという傾向がみられたのです。子どもっぽい顔は格下に見えて、リーダーにはふさわしくないということです。

またマサチューセッツ州で一般公開されている、犯罪者の顔写真から受ける印象と判決の関係を調べた研究も興味深いです。

顔から受ける印象で、判決は左右されうるのかを調べたもので、犯罪者といえども、個人情報の管理が何かと厳しい日本では不可能な研究です。
軽微な犯罪に限定したものですが、大人っぽい顔と子どもっぽい顔で判決に差がみられることがわかりました。

大人っぽい顔の人は意図的な犯罪で有罪になる傾向があるのに対して、子どもっぽい顔は過失の罪に問われる傾向が強いというのです。

つまるところをいえば、子どもっぽい顔の持ち主は誠実で、意図的に悪いことはしないけれど、怠慢なためにうっかりした罪を起こしやすいという先入観が背後にあるのでしょう。子どもっぽい顔はリーダーには向かないという先入観も、そこにはあると思います。

なぜヒナ鳥は大きく口を開けるのか

少なくともアメリカ社会ではあまりよい印象ではなさそうな、子どもっぽい顔ですが、そんな子どもっぽい顔が持つかわいらしさを研究した人がいます。
ノーベル医学・生理学賞を受賞した動物行動学者コンラート・ローレンツ(1903 - 1989年)です。

ローレンツは、生物が生存する上で不可欠な生まれつきの性質を解明して動物行動学の分野を開拓した研究者です。

ローレンツが関心を持ったのは、自分の子孫を残すための行動、配偶者や親子を見分ける行動です。

たとえば巣の中で親鳥から餌を貰うのを待つヒナ鳥たち、親鳥が舞い降りると大きな口を開け、われ先にと餌をねだります。

親から餌を貰うための動作は、誰が教えるわけでもありません。これはヒナ鳥が生存する上での必須の行動で、生まれたばかりで誰からも学ぶわけでもなく示される行動から、生得的に備わった行動と解釈されるのです。

このヒナ鳥たちが行動を起こすきっかけとなったのは、何でしょうか? 

ヒナ鳥は巣に入り込んだヘビやらキツネやら、誰にでも口を開けるわけではありません。そこで、彼らが口を開ける「鍵」を探し出す実験が行われました。

親の特徴で作ったいくつかの模型を用意してヒナに見せて、口を開けるかどうかを調べたのです。その結果、近い距離の高い位置から来る、親の頭によく似た形の模型に口を開けることがわかりました。
空中から舞い降りて餌を与える親鳥の動作が、ヒナ鳥の行動を引き起こす「リリーサー」となっていたのです。

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生物が生存のために必要な行動は、誰に学ぶことなく生得的(生まれつき)に備わっています。それを「生得的解発機構」と呼びます。一般的には、「本能」と呼ばれている行動です。そしてその行動を引き起こす刺激を「リリーサー」と呼びます。
特定の刺激を受けると、生存に直結した行動が引き起こされる。こんなリリーサーは、人にも存在します。
そのリリーサーの代表こそ、子どもの顔の特徴を持つかわいい姿かたちなのです。
人がかわいらしい子どもの特徴を持つリリーサーを見ると、ひな鳥が親鳥を見かけるように自動的に反応します。かわいいものを手もとに置いて保護したくなる欲求が、人に生じるのです。

なぜキャラクターやぬいぐるみは頭でっかちなの?

人を誘惑するリリーサーの特徴は、「ベビースキーマ」と名づけられています。それは相対的に大きな頭、過大な頭蓋重量、大きな下方にある目、ふっくらと膨らんだ頬、太く短い手足、しなやかで弾力性のある肌、そして不器用な動き方です。

キティちゃんやポケモンといったさまざまなキャラクターやぬいぐるみは、ベビースキーマを生かしていると言っても過言でないでしょう。

ぬいぐるみのぷっくりしたお腹や、頭でっかちなスタイル。少々キモく見えるゆるキャラの着ぐるみがぎこちなく歩くその歩き方。その対象は生物に限りません。車でも、丸っこいニュー・ビートルのようなかわいらしいタイプがあります。人々が好んで手にしようとする、あらゆるものの中にベビースキーマは潜んでいるのです。

これほど身の回りに多くのベビースキーマがあるのは、その魅力が極めて強力だからです。

生物にとって子孫を残すことは重要なことで、その一方で、か弱い子どもは保護しないと、生存するのはむずかしい。未熟な段階で生れ落ちる人の場合、この傾向が特に強いのです。

そこで人は、子どもを示す特徴を見つけたら、本能的に反応し、思わず目をとめて手にとりたい欲求がわくのでしょう。人の持つ生物としての本能と結びついているからこそ、かわいいはパワフルでもあるのです。

ただし「かわいい」にはパワフルな魅力があったとしても、それはあくまでも保護したくなる対象であり、格下の存在だからです。子どもっぽい顔はリーダーとして選ばれにくかったように、認められる存在ではないのです。

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ウクライナのミスコンテスト ©Oleksandr Fediuk/123RF.COM

ところが、日本のアイドルは、この「保護と格下の戦略」を巧妙に使っているようです。
たとえば、ぎごちない歩き方をしたり、ちょっとした失敗をしたり、そこに微笑ましさを感じさせること。
80年代のアイドルでは、あえて音程を外して歌う未熟さも含めて魅力としていこともありました。完成度の高さを極める韓国系アイドルとは、対照的にも思えます。

そしてこうした魅力との対極にあるのが、西洋基準のミスユニバースの選抜に見られる魅力の追求ではないでしょうか。
エレガントな大人の女性としての美しさ、無駄のない美しい姿勢の立居振る舞いは徹底的に訓練されるようです。目標とする洗練された大人の女性の振る舞いには、すきがありません。
こう考えると、日本のかわいい好みは、海外と比べて独特の立ち位置にあることがわかります。

アジア人の「ネオテニー仮説」

最後に生物学者のアシュレー・モンタギュー(1905年 - 1999年)が提唱した、「ネオテニー(幼形化)」仮説について触れておきましょう。

他の動物と比べると、ヒトは圧倒的に未熟な状態で生まれます。生まれてすぐに歩きまわる動物と比べると、ヒトの赤ちゃんは首もすわらずに生まれて非力です。そしてその未熟さは、成長してからも続くのです。

たとえば、人間に近い種である、ゴリラやチンパンジーなどは赤ちゃんの頃の丸い頭蓋骨は成長すると、長くごつくなっていきますが、人間の場合、その成長がほとんど見られません。
ヒトの頭蓋骨は、ゴリラやチンパンジーの子どものときのそれに類似しています。これが「幼形化」です。つまり、幼いときの特徴を残したまま、ヒトは成長するということで、弱々しい骨格や毛が少ないところなどにも、人間の幼形化があらわれています。

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人間はゴリラの子どもと共通の特徴を持っている。 Copyright: Edwin Butter

そして、この幼形化の傾向は女性でより強いといいます。ヒトの女性の頭蓋骨の形状は男性よりも丸く、あごが小さく、頭蓋が大きい。そして男性よりも毛深くなくて、皮膚が繊細、身体が小さい。これもあてはまります。

さらに、この幼形化の傾向はアジア人の姿かたちに顕著だと、モンタギューは示唆しています。

なるほど東アジア人の顔は、骨格として成長するはずのアゴや鼻の骨格が幼形化の状態に近く、西洋人のように凹凸のはっきりした顔にはなりません。大きい頭や、肩幅がそれほど広くない体型も、アジア人の幼形化説にあてはまるともいえましょう。
そうして考えると、アジア人は幼形化傾向が強いので、西洋人と違い、子どもっぽいかわいい顔だちの女性を好むことにつながるのでしょうか。

「甘え」を許す、独特の日本社会

しかし、かわいいをよしとするのはアジアの中でも日本は突出していると言えます。独特なアニメ顔も、少女アイドルも日本が「起源」です。そうしてみると未成熟なものを好む傾向の原因は、日本の文化伝統に探ったほうがよさそうにも思えます。

たとえば「はかなきもの」を慈しむという心情が日本人には古くからあり、未成熟を慈しむ文化があったという説があります。

一方、心理学には日本の文化は「甘え」を許容するところが特徴的だとする説があります。島国で隣国と紛争することの少ない日本社会では、他人の弱さを許容し、かわいいといった未熟な状態も許容する。そんなやさしさが、日本の文化にあるのかもしれません。

そんな独特な日本社会で、今、かわいいという言葉の使い方が変化をしています。これもまた興味深い現象です。

1990年代から、否定的で侮辱するような表現にかわいいをつけた「ぶさかわいい」とか「きもかわいい」などのことばが登場しました。かわいいを付ければ、否定的だった「ぶさいく」や「きもい」の印象が変わり、どちらかというと肯定的な印象になります。

このような表現が生まれるのと時を同じくして、一見すると近づきがたい上司や目上の人に対して「かわいい」と表現する現象もあらわれてきています。目上のはずの上司に対して目下の者が上から目線のかわいいを使うことは、立場を逆転させ、ある意味で下克上のようなものです。

とはいえ、使う側も、決して相手を見下しているわけではないようです。それが証拠に、言われた側も、気恥ずかしさはあっても、悪い気はしません。

むしろ、「かわいい」をクッションにして、遠い存在だった上司と距離をつめていると言えます。目下の部下から保護されている気になれば、上司は部下に親しみを感じ、彼らの良さを感じることができたりもする。かわいいは、和みの魔法の言葉なのかもしれません。

かわいいをめぐる話は、日本人の特徴をあらわすものなのかもしれません。子どもっぽい顔はアメリカ文化では甘く見られる顔であるとしても、その反面、親しみがわくという長所もあります。アニメ顔の背景にあるかわいいには、甘えを許す日本の文化が垣間見られるようにも思えるのです。

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
〈山口真美研究室HP〉
ベネッセ「たまひよ」HP(関連記事一覧)

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