見出し画像

アフリカ篇(5)謎の怪獣はフランス語で何と呼ぶか

 コンゴとザイールで、高野さんはフランス語とリンガラ語を混ぜて話すことも。今回は、民族語、リンガラ語、フランス語を話している現地の人々の言語事情をわかりやすく解説。 

 この連載を読んでいる方は、私がさぞやリンガラ語に堪能だったように思われるかもしれないが、残念ながらそうではない。最初は片言程度だったし、その後何度もコンゴへ通ううちにある程度上達したが、それでもリンガラ語だけの会話は難しく、フランス語とチャンポンになっていることが多かった。
 でも、言い訳をさせてもらうなら、そもそもフランス語なしでリンガラ語を話すことは容易ではない。自動車、学校、故障などフランスから輸入されたモノや概念はみなフランス語のままだし、特に町に住む人は、リンガラ語で話していても、「セ・ヴレ・サ(それ本当だよ)」とか「セッタンクワイヤーブル(信じらんない)」、「ヴアラ(はい、どうぞ)」など、随所にフランス語を織り込むのが普通だった。

リンガラ語に入り込むフランス語
 そういえば、私が〈コンゴ〉に通っていた頃、「モンガンガ」という商品名の石けんが広く普及していた。僻地の村に行ってしみじみ感じたが、石けんというのは「文明」の第一歩である。石けんで体を洗うといい匂いがして、清潔になり、すごくさっぱりする。〈コンゴ〉の奥地の人でも同じように感じるのだ。刃物や鍋といった金属製品、船外モーターや魚網など暮らしや仕事の必需品は別として、石けんは最も必要とされている消耗品じゃないかと思う。
 それを象徴するように“モンガンガ”とはリンガラ語で「医師」や「呪術師」を指す。〈コンゴ〉では伝統的に医者と呪術師が同じなのだ。文化人類学では「呪医」なんて用語も使われる。
 石けんがいかに重宝されていたかわかるだろう。この大ヒット商品はテレビCMも行っていたし、街角に広告も出ていた。どちらもお決まりのフレーズがあった。
“C’est bon,savon,Monganga(セ・ボン、サボン、モンガンガ)”
 セ・ボンはフランス語で「それはいい」、サボンは「石けん」である。この程度のフランス語はどんな庶民も知っているので、ちょっと高級感を出すために織り込む。しかもリンガラ語っぽいリズムを出していて、一度聞くと絶対に忘れない。アフリカでもヒット商品のコピーは一味ちがうと感心したものだ。

数から現地を侵食するフランス語
 もう一つ、リンガラ語がフランス語を取り込んでいる顕著な例は「数」である。リンガラ語でも十進法の数詞がちゃんとある。1モコ、2ミバレ、3ミサト……と続き、100でも1000でも表すことができる。
 これが「人数」や「年」なら“モト・モコ(1人)”、“ムブラ・ミバレ(2年)”などとリンガラ語で言うのだが、「〜時(時間)」「〜キロ(重さ・距離)」「〜メートル」など、フランス語由来の単位がつくと、突然、数もフランス語に変わる。“キロ・モコ(1キロ)”と言ってももちろん通じるが、ふつうは“アン・キロ、ドゥー・キロ(1キロ、2キロ)”と、まるで単位につられるように、数字ごとフランス語になってしまう。
 ムベンベの棲む湖に最も近いボア村まで行けば、そもそも誰も時計を持っていなかったし、キロやメートルといった単位も使わない。つまり、昔のままの生活スタイルだったからリンガラ語だけで済ますことができるが、お金の話はやはりフランス語だった。コンゴではCFA(セーファー)フランという通貨を使用しており、1000(ミル)フラン、2000(ドゥーミル)フランなどと言う。やはりフランス語の単位と連動するのだ。
 〈コンゴ〉でも時間や重さの概念は昔からあっただろうが、「〜時(時間)」「〜キロ」「〜メートル」という西洋的な概念ではなかったはずで、新しい概念が入ってきたら、それに現地の数詞をつなげるのに違和感があったのではないかと推察する。
 村では、フランス語を知らないのに、数と単位だけは知っているという人もいた。つまり、フランス語は「数から現地を侵食していく」のだ。
 後輩の向井のように、フランス語を全く知らずにリンガラ語だけで生活しようとすると、なかなか大変だ。買い物へ行くと、市場でも屋台でもフランス語がどんどん混ざってくる。時間や時刻の表現はリエゾン(フランス語で単語と単語がくっついて発音されること)が起きるのでなおさら難しい。
 言語において数詞は変わりにくいと誤解している人がたまにいるが、その人はきっとインド・ヨーロッパ語族の言語しか知らないのだろう。インド・ヨーロッパ語族の言語ではたしかに数詞が変わりにくいようだ。なぜかはわからない。後の私の経験では数詞は多くの言語で比較的変わりやすい。

画像1

コンゴ北部の町インプフォンドの市場

リンガラ語からフランス語に入ったギャグ
 さて、逆にリンガラ語からフランス語へ取り込まれた表現にも出くわした。正確にいえば、「リンガラ語の表現をフランス語に翻訳したもの」だ。
 キンシャサやブラザヴィルで、仲良くなった若者たちと遊んでいると、フランス語で「俺は疲れているんだ」と言われることがあった。「病気だから薬がほしい」とか「注射してくれ」なんて言う連中もいた。初めは「どうしたの?」と体調を気づかったが、実はそれらはみな「カネがない」という意味だった。
 よくよく聞けば、どうやらリンガラ音楽の歌でときどき「俺は疲れてるんだ、だから薬をくれ!」「注射! 注射!」といった言い回しをするらしい。たぶん「カネがない」と直截に言うのは野暮だからこういう言い回しに変えているのだろう。それをフランス語に直訳し、私に無心をしているのだ。
 そういうときはわざと知らん顔をして「病気なら病院へ行け」とか「薬は薬局に売っている」などと返していた。向こうはゲラゲラ笑い、またビールを飲む。一種の掛け合いなのだ。まあ、結局は私がおごるわけだから、ビールが「薬」だと思ってもらうことにした。
 
モケーレ・ムベンベは何語?
 リンガラ音楽関連の話題は鉄板であったが、もう一つ、意外にウケたトピックがある。
 何を隠そう、謎の怪獣こと「モケーレ・ムベンベ」だった。
 何しにここに来たんだ? とフランス語やリンガラ語で訊かれる度に私たちは「モケーレ・ムベンベを探しに来た」と答える。正直に答えているだけだが、往々にしてえらくウケてしまった。
 ザイールではみんながみんな、ムベンベを知っているわけではない。キンシャサの場合、知っている人の方が知らない人よりやや多い程度だったろうか。
 知っている人はまず大笑いする。気の利いたジョークだと思うらしい。次にわれわれが本気だと知って驚く。「トコタンブラ・ナ・カチ・ヤ・ザンバ(ジャングルの中を歩いて行くんだ)」というと、「ヤ・ソロ(本当に)!?」と再度大笑いされることが多かった。
 私たちは日本でコンゴに怪獣を探しに行くと言うたびに「よくそんなことのためにわざわざアフリカまで行くな」と笑われたものだが、アフリカ(ザイール)に来ると、「よくそんなことのために、わざわざ日本から来たな」と笑われたのだ。さすがに現地の共通語であるリンガラ語でそう笑われるとショックを受けた。
 コンゴの首都ブラザヴィルへ行くとニュアンスは若干変わる。国内の話なだけに、ムベンベを知らない人はいなかった。だが、「あんなもん、いないよ」とニヤニヤする人と、「え、マジで? すげー!」と感心する人の両方がいた。
 若い女の子などは、ムベンベを恐ろしいモンスターのようにイメージしているようで、「危ないからやめた方がいい」と忠告されたりもした。
 不思議なことに最後まで「モケーレ・ムベンベ」が何語なのかわからなかった。語感はリンガラ語っぽいが、地元の人たちは「ちがう」と言う。あとで入手した「リンガラ語=フランス語」の辞書で調べてもわからない。アメリカ人探検隊の報告書には「川の流れをせきとめるもの」を意味すると書かれていたが、私たちがムベンベがいるとされる湖周辺の人々に訊いたところでは「虹とともに現れるもの」という意味だという。しかしそれも一体どの言語の呼び名に由来するのかは不明なままだった。

画像2

ムベンベを目撃した村の人にムベンベの絵を描いてもらっ
ている著者

〈コンゴ〉の言語観は三階建て
 もっともモケーレ・ムベンベという呼称はもっぱらリンガラ語を話しているときに使われていた。フランス語で話すときは、多くの人が「Le dinosaurル・ディノゾー」と呼んでいた。フランス語で「恐竜」の意味だ(本来は最後に-r[ル]の音があるが、〈コンゴ〉ではたいてい抜け落ちていた)。
 アメリカ、フランス、コンゴの探検隊が出かけていき、中にはムベンベを目撃したと公式に報告している隊が2つもあった。彼らは「巨大で首が長い動物」と表現し、恐竜に似ていると評判になった。だからこそ私たちもはるばる探しに来たわけだが。
 でもフランス語でムベンベを“ル・ディノゾー”と呼ぶのはもう一つ理由があると思う。
 面白いことに、リンガラ語の中にフランス語を入れることには躊躇しないくせに、フランス語の中にリンガラ語は入れたくないという意識(あるいは習慣)が〈コンゴ〉の人に見受けられた。バントゥー諸語のリズムがフランス語に合わないからかもしれないが、主な原因はフランス語の方が「格上」の言語だからだと私は思う。
 私が海外を旅するようになって知ったことの一つに、「国によって言語がちがうだけでなく、言語観がちがう」ということがある。
 日本人の大半の言語観は「母語=日本語、その他の言語=外国語」という単純なものだ。「内と外を分けているだけ」と言ってもいい。

図5

               日本人の言語観
  大多数の日本人の言語観は、国内には日本語しかなく、国の外には英語をはじめとする「外国語」が広がっているというイメージ。
 国内でもアイヌ語や韓国・朝鮮語、中国語などが話されているが、それは勘定に入れていない。

 〈コンゴ〉はもっと複雑だ。多くのアフリカ諸国で見られる現象だが、言語観は建物に喩えると3階建てみたいな構造になっている。
 いちばん上の3階には高級デパートのような公用語のフランス語世界があり、2階は共通語のリンガラ語で作られる地元の中央市場みたいな世界になっていて、そしていちばん下の1階は「民族語」とも呼べるローカル言語の屋台が並んでいる。

イラスト言語三層

        コンゴ人の言語観(言語世界)のイメージ図
 一番上には公用語であるフランス語があり、公官庁・学校・病院・会社などで使われる。〈コンゴ〉において文字のある言語はフランス語だけなので、文字を使用する場所では話す言葉もフランス語となる。
 その次に共通語のリンガラ語が位置する。市場、バス、ナイトクラブ、教会など、地元の不特定多数の人々が集まる場所で用いられる。
 いちばん下に民族語があり、家族・親族の間や村の中で使われている。〈コンゴ〉(コンゴとザイール)では250以上もの民族語があるとされている。

 面白いことに、この3種類の言語は全て〈コンゴ〉の人にとって「国内の言語」だ。外国語ではない。だから、もし仮にフランス語とリンガラ語と民族語を話す〈コンゴ〉の人に「外国語をいくつ話せます?」と訊いたら、「ゼロ」という答えが返ってくるだろう。
 日本人は言語を「内か外か」で見るが、〈コンゴ〉の人は(そして多くのアフリカ人は)言語を「階層」として見ているのだ。
 脱ヨーロッパを掲げるモブツ時代のザイールでさえ、やはり昔の三越や伊勢丹みたいなフランス語の圧倒的優位は動かなかった。そして、市場でブランド物を売るのはかっこよくても、デパートで黒ずんだバナナなんかを置いたら見苦しいのである(黒ずんだバナナがおいしくてもだ)。だから格上であるフランス語は下の階層にどんどん下りていくが、リンガラ語や各民族語の語彙が上の階層に上がることはめったにない。
 例えば、〈コンゴ〉の人たちの主食はキャッサバの粉を蒸かして発酵させたもので、フランス語で「マニオック」、リンガラ語では一般的に「クワンガ」と呼ばれる。だが、実はキャッサバは形状によって「ムンブウェレ」(餅のように柔らかいもの)とか「モソンボ」(細い棒状に固めたもの)など細分化されている。しかし、フランス語で話すときは、どんな形状のキャッサバだろうが、「マニオック」としか言わない。リンガラ語の名称を持ち込まないのだ。
 謎の怪獣についても同じことが起きた可能性がある。
 モケーレ・ムベンベなんて長くていかにもバントゥー諸語っぽい言葉は格調高いフランス語に入れたくない。でもフランス語では名前がない。だから、その人がムベンベの正体についてどう思っていようが関係なく「ル・ディノゾー」で統一してしまったんじゃないか。
 結果として、ムベンベはリンガラ語では「謎の言葉で示される謎の動物」なのに、フランス語では「恐竜」に確定してしまっていた。
 ムベンベについて話をするときは、リンガラ語で大ウケされても、フランス語で「恐竜」と決めつけられても、毎回複雑な気分にさせられたものである。

高野秀行(たかのひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。
『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞を、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
著書に『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)、『移民の宴』(講談社文庫)、 『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。
歴史家・清水克行との共著に『世界の辺境とハードボイルド室町時代』、『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(ともに集英社文庫)がある。

第2・第4金曜日 更新! 次回は12月25日(金)です。

前の話へ | 連載TOPへ | 次の話へ

更新情報は公式Twitterでもお知らせします✨️

嬉しいです(^^) ありがとうございます!
41
集英社インターナショナルの公式アカウントです。硬軟とりまぜたオリジナル連載、新刊案内など続々更新予定です! https://www.shueisha-int.co.jp/