アフリカ篇(8) アイデンティティ・クライシスとボミタバ語学習
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アフリカ篇(8) アイデンティティ・クライシスとボミタバ語学習

全く現れないムベンベ、なぜか足りない食料……。今回は飢えが引き起こしたアイデンティティクライシスに陥った高野さんがすがったもの──仰天です。

 私たちはテレ湖に1カ月間滞在する予定で、その分の食料を用意して持ってきたはずなのに、実は半分ぐらいしか湖に届けられなかった。後でわかったことだが、最初から村の人々に数をごまかされたうえ、運搬の途中でポーターたちが森の中に隠していたという。
 当然のことながら、食べ物が加速度的に不足し始めた。米は1人1日1合、あとは湖で獲れる魚か森で獲れる野生動物の肉。
 リンガラ語で言うなら、マカコ(サル)、ンデンデキ(カメ)、ングマ(ニシキヘビ)、エンガンガ(チンパンジー)……すべてガイドの村人が狩りで獲ってきてわれわれの食料となった動物たちだ。「マフタ・ミンギ(脂がのっている)」という言い方も覚えた。狩りの獲物の肉付きがいいとこのように言う。
 だが、いかんせん、主食の米やキャッサバが足りない。座っている状態から立ち上がるだけでふらふらするようになり、やがて何かをする気力自体がなくなっていった。飢餓である。
 目標も失われていた。ムベンベは発見されないどころか気配すらない。手がかりがないと探しようがない。

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村で用意してもらった主食の「モソンボ」(キャッサバの粉をこねて
棒状に固めたもの)。大量に準備したが実は半分以上、盗まれたりごまかされていた(中央奥が筆者)

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ニシキヘビをさばくボア村のガイド。

飢餓とアイデンティティ・クライシス  
 久しぶりにRPGに喩えるなら、フランス語によりコンゴ政府による怪獣探検の許可というハードルを乗り越え、リンガラ語により地元の人たちの少なくとも一部の人とは信頼関係を結び、無事ゴールであるテレ湖までたどり着いたのに、そこには宝物も姫もなかったようなものだ。
 ゲームでは虚しくなるだけだが、リアルRPGはそれどころでない。宝どころか食料がなくて飢えているのだ。
 しかも、このとき私たちは飢えよりもっと恐ろしいものに侵されるようになった。それは自分があまりに無力であり、存在意義がないという絶望感である。後から考えれば、「アイデンティティ・クライシス」の一種だったのだろう。
 なぜ単に無気力になるだけでなくアイデンティティ・クライシスになってしまったのか。おそらくそれは人数が多すぎたせいだろう。なんせ日本人だけで11人もいるのだ。誰か一人ぐらいいなくなっても全然気づかない数だ。
「俺は他の誰だっていいんじゃないか。俺は何者でもなかった……」という気分に支配されて強い抑鬱的な状態に陥ってしまうのだ。
 その証拠に、唯一アイデンティティ・クライシスに陥らなかったのは、湖到着直後からマラリアで寝ている田村という1年生メンバーだけだった。彼は生命の危機にあったが、皮肉にも「重いマラリア患者」というアイデンティティがあった。
 それ以外はみな同じだ。私は本来、多言語を操れるというアイデンティティをもっていたはずだが、疲労や衰弱のためにフランス語力もリンガラ語力も日に日に落ちていった。少なくともアイデンティティとしてまるで機能しなくなっていた。要は他のメンバーと同じ抑鬱状態に陥っていたのだ。
 そこで私たちはどうしたか。各々が、残り少ない力と知恵を振り絞って「自分が他の誰でもない自分であるための何か」をし始めた。意味など関係ない。他の人間とちがっていればいい。
 あるメンバーは一人で丸木舟のカヌーに乗り、丸一日かけて湖を一周した。カヌーはオール1本で漕がねばならず、相当の技術が必要だ。しかも彼は著しく体力が落ちている。そこを頑張ってなしとげ、「丸木舟で湖一周をやりとげた俺」というアイデンティティを獲得した。
 また、岩登りを得意とするメンバーはもともと樹上観察のためにザイルと登攀(とうはん)道具を持ってきており、それでどんどん巨木に登り始めた。それはコンゴの村人にもできない能力であり、「高い木に登れる俺」という素晴らしいアイデンティティを得た。学部で数学を専攻しているメンバーは数学書を広げて問題を解くのに熱中し、「数学をやっている俺」になっていた。

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「高い木に登れる俺」。岩登りを得意とするメンバーだけでなく、
その他数人も木登りでアイデンティティを保っていたようだ。

赤道付近からアフリカ最南端まで共通する語彙
 私はガイドの村人をつかまえ、リンガラ語で単語や例文を作り、「『元気ですか?』って何て言うの?」「『俺は腹が減った』って何て言うの?」と訊ね、メモ帳に書き取っていった。一日一回、集めたサンプルをノートに書き写して整理した。そして事あるごとに村人にボミタバ語で話しかけた。中でも伝統的首長の親族であるヴィクトールという若者は私に好意的で、事あるごとに「いいか、タカノ、ボミタバ語ではこう言うんだ」と教えてくれたり、「いや、発音がちょっとちがう」などと指摘してくれたりした。
 当時のメモ帳とノートの両方が散逸してしまい、今となってはボミタバ語がどんな言語だったか具体的には全く思い出せない。
 ニャマ(動物、肉)、マイ(水)、モト(人)といった基礎語彙がリンガラ語と共通しているのは覚えている。もっともこれは赤道付近からアフリカ最南端の南アフリカの民族までが話すバントゥー諸語には広く共通する語彙だと後でわかったが。
 バントゥー諸語を話す民族は比較的最近(2000~3000年前)に赤道付近の西アフリカから南へ拡散していったとされ(『アフリカを知る事典』『ブリタニカ百科事典英語版』など)、言語間の差異が比較的小さいと思われる節がある。特に基本的な名詞にはときどき驚くほど似ているものがある。
 テレ湖での怪獣探査の2年後、私はなぜか「NHKスペシャル」のリサーチを頼まれ、まだ学生なのに一人でザイール東部の森に住むムブティという狩猟採集民のキャンプを歩いて回った。ザイール東部でもリンガラ語は通じたが、現地の人たちの第一共通語はスワヒリ語だったし、なによりムブティの人たちがリンガラ語を解さなかったので、私もリサーチをしながらスワヒリ語を覚えていった。そこでスワヒリ語とリンガラ語が基礎語彙のレベルで実によく似ていることに感心した。逆に言えば、基礎語彙に共通点が多いから、旅しながら覚えていくことがさほど難しくなかったのだ。
 スワヒリ語圏はリンガラ語圏の隣ではあるが、アフリカ東部のケニヤやタンザニアの海辺が本場だ。つまり、何千キロも離れた場所で肉・動物を「ニャマ」と呼んでいるのだ。
 もっと面白い例もある。今から数年前(2015年頃)、私は南アフリカ共和国の中に包まれるようにして存在するレソト王国からの留学生と東京都内で会食する機会があった。そのとき、私は試しに肉を指さし「ニャマ」と言い、水を指さし「マイ、マジ」と言い、外で降り出した雨をさして「あー、ムブラ」と言ったら、彼は英語で「あんた、どうしてレソト語を話すんだ!?」と言って驚いた。
 もちろん私はレソト語なんか話さない。レソトに行ったこともないし、レソトの人に会ったのも初めてだったが、レソトの言語はたぶんバントゥー諸語だろうからもしかしたら通じるかもと思って、てきとうにリンガラ語とスワヒリ語を混ぜて喋ってみただけだ。それが見事に的中したわけだが、彼は興奮して、周りにいた他の人に「彼はレソト語を話すぞ!」と話しかけていたものだ。
〈コンゴ〉はバントゥー諸語発祥の地に近く、レソトはバントゥー諸語の人々が最後にたどり着いたとおぼしきアフリカ大陸の南端辺りにある。それでも似通った語彙があるとは凄い。もっとも感じ入っていたのは私とそのレソト人学生だけで、他の人たちはポカンとしていたが……。

MAPリンガラ語_スワヒリ語_ソト語02

リンガラ語/スワヒリ語およびソト語(レソトの共通語)の分布図
 リンガラ語はザイールに隣接する中央アフリカ共和国南部とアンゴラ北部でも話されているらしい。
 ザイール東部はスワヒリ語とリンガラ語の両方が通じる。ただしその地域で話されているスワヒリ語はリンガラ語の影響を受けているのか、標準的なスワヒリ語に比べて、文法がかなり簡略化されている。

2021.01.15 リンガラ語・スワヒリ語・ソト語(8回目)

リンガラ語/スワヒリ語/ソト語の語彙比較表
 実際には微妙にちがっているが、三つを比べると共通性が高いのがよくわかる。方言差の範囲だろう。

「ボミタバ語を話す俺」 
話をテレ湖に戻そう。そのようないくつかの基本名詞は似ていたが、動詞や形容詞はびっくりするほどリンガラ語とはちがった。大まかな文法は似ているようだが、変化のパターンもかなり異なっていたように記憶する。音はガギグゲゴ、ダヂヅデドの音が目立ち、なにより印象的だったのはリンガラ語にはないhやvの音があることだった。lやmの音が多くてなめらかなリンガラ語に比べ、無骨な感じがした。
 村の人たちにとって私たちがリンガラ語を話すことはそれほど驚きではなかったようだ。町の人たちは「ムンデレ(ガイジン)はフランス語を話すはずなのに、この連中はリンガラ語を喋っている!」というイメージとのギャップにウケていたが、村の人はそもそもそんなイメージももっていなかったからだ。
 しかし、ボミタバ語をよそ者が、しかも外国人が話すというのはさすがに前代未聞であっただろう。その証拠に、1カ月に及ぶ湖での探査(滞在)を終え村に戻ってから片言を話してもウケまくっていた。  
 残念ながら幻獣ムベンベは幻に終わった。村周辺でも調査を行ったが手がかりは何もなかった。虚脱感はひどかったものの、「ボミタバ語を話す俺」というアイデンティティを得て、なんとか最後まで自分を保つことができた。まるで精神安定剤のようだった。
 だが、多くの精神安定剤には依存性がある。言語アイデンティティも同様だ。
 それ以降私は目的達成の手段や現地の人と仲良くなるためのツールとして必要なときだけでなく、無力感に苛まれたり、精神的に落ち込んだりすると、反射的に言語学習を始めてしまうようになる。学ぶ意味があるのかとか話せるようになるのかなんてことも度外視して、それにすがってしまうのだ。

高野秀行(たかのひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。
『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞を、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
著書に『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)、『移民の宴』(講談社文庫)、 『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。
歴史家・清水克行との共著に『世界の辺境とハードボイルド室町時代』、『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(ともに集英社文庫)がある。

第2・第4金曜日 更新! 次回は2月12日(金)です。

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