アフリカ篇(9)民族語の世界とムベンベの正体
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アフリカ篇(9)民族語の世界とムベンベの正体

メジャーテレビ番組のアルバイトで再びコンゴへ向かった高野さん。その分け入った先はまたしても広大な言語の世界! アフリカ篇、いよいよ佳境です。

 公式には早大探検部によるムベンベ探査は2回である。1回目は私と向井で行った偵察、そして2回目がテレ湖まで行った本番だ。しかし、あまり知られていないが、実は3回目があった。
 当時人気のあったクイズ番組「なるほど! ザ・ワールド」でムベンベ探索を目的とした2時間スペシャルをやろうという企画がフジテレビ系列の制作会社で持ち上がり、私はその制作会社勤務のNさんと一緒に現地リサーチを依頼された。具体的にはクイズのネタ探しと番組撮影の許可取得(特にテレ湖周辺)である。月給10万円のバイトだったが、「コンゴに行けてお金までもらえる!」と単純な私は喜んだ。

蝶のように舞うフランス語
 コンゴだけでは2時間番組を作るだけのネタがないだろうということで、隣国のガボンとさらにその隣の島国サントメ・プリンシペ(以下「サントメ」も調べることにした。その2つの国を選んだのは私だ。理由はコンゴへ行くついでに取材ができてコンゴ並みに情報が少なかったからだ。
 結果的にはこのリサーチは惨憺たる結果に終わった。アフリカに限らないと思うが、テレビ番組用のクイズなど、そう簡単には見つからない。見つかったのは珍しいけれどクイズにはならないもの(例:サン・トメにそびえる高さ約600メートルのタワー状の山。SFのような奇観にして絶景)、すごく珍しいが実在が疑われるもの(例:フランスまで飛べる竹で作った飛行機。コンゴやガボンで広く信じられている)、珍しいし撮影もできるが放映しにくいもの(例:ゴリラの頭骨で作った呪いの道具→私が個人的に持ち帰って今でも探検部の部室に置いてある)などで、一応プロデューサーに報告したが、案の定「一つも使えない」と却下された。

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サントメ・プリンシペ島にそびえる岩山「ピコ・カン・グランデ」。SF映画の中に入ってしまったような異世界感があるが、これもクイズのネタにはならず。

 さんざんなバイトだったが、コンゴにおける民族語の世界にどっぷり浸かり、その魅力を知ったのはこのときである。
 調査旅行の順番としてはガボン、次にサントメだった。この二つはコンゴとは言語世界が異なっていた。ガボンはコンゴ同様、旧フランス領だったから公用語はフランス語なのだが、リンガラ語のような広く使われているバントゥー系の共通語が存在しなかった。そのせいだろう、市場のような庶民的な場所でもフランス語が共通語として話されていた。「最上階/フランス語、2階/リンガラ語、1階/民族語」というコンゴの3階建て構造ではなく、「最上階(2階)/フランス語、1階/民族語」という2階建て構造なのだ。そして、フランス語の領域がコンゴとは比べものにならないほど広い。
 社会主義国でロシア人の方がフランス人より多いように見えたコンゴとちがい、ガボンではフランス人が大勢いた。ホテルや中級以上のレストラン、大きな雑貨店などはたいていフランス人が経営していた。
 クイズのネタ探しのため、そういったフランス人にもしばしば話を聞いたが、衝撃的なほどに彼らのフランス語が聞き取れなかった。アフリカ人のそれとはまるで別言語のようだ。スピードが段違いに速く、耳慣れない言い回しや固有名詞の嵐だ。
 アフリカ人にとってフランス語はあくまで非母語(第2言語)だから、流暢な人でもそんなに早く喋らない。表現もシンプルだ。それにアフリカ人のフランス語はまったりとして、うねるようなリズムだ。当時、私は「〈コンゴ〉やガボンなどいわゆるバントゥー諸語を母語とするからこんな発音になるんじゃないか?」と思っていたが、わりと最近(2017〜18年)、遠く離れた西アフリカのセネガルとブルキナファソに行ったときも、全く同じ調子のフランス語が話されているのを知った。
 セネガルやブルキナファソの人たちの言語はバントゥー諸語ではないから、この発声の原因はバントゥー諸語ではなく、それを含むもっと大きな言語グループであるニジェール・コンゴ語族全体の傾向なのではないかと今では思っている(セネガルやブルキナファソの人たちもその語族に属している)。
 さて、それにひきかえフランス人が話すフランス語の軽やかなこと、テンポの速いこと。アフリカ人のフランス語がコンドルやトンビの悠然とした飛行だとすれば、フランス人のそれは蝶が空を舞うがごとくで、話される内容も蝶と同じように瞬く間にどこか視界の外へ消えていく。
 もう一つ問題だったのは、現地のフランス人は皆、どこの馬の骨かわからないアジア人である私たちに無関心もしくは冷淡だったことだ。何か訊ねても、面倒くさそうにそっぽを向きながらペラペラと早口で喋っておしまいというのが普通だった。コミュニケーションの基本となる人間関係を構築できないのだ。考えてみれば、パリで世話になったシルヴィ先生の友人のフランス人とはもっと話が通じていたが、それは友だちの友だちということで、一応、親しみをもって接してくれていたからだ。

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ガボンの首都リーブルヴィルの床屋。入口にはフランス語で「理容院(美容院)」と記されている。ガボンやコンゴの床屋はヘアスタイルのメニューを可愛らしい絵で表現している。

 もしこれがアフリカ人相手なら手段があった。リンガラ語を話したり、その人の民族語について訊ねたりすれば盛り上がり、距離をぐっと縮めることができるはずだ。
「どうしてフランス人には民族語がないんだろう!」(※1)と何度嘆いたことか。私があまりにフランス人の話すことが理解できないのでNさんは失望を隠さず、私もすっかり言語に対する自信を失ってしまった。 

(※1)実際にはフランスにも民族語はある(あった)のだが、同化政策のため、ほとんどが絶滅寸前になっていると後で知った。

2度目のアイデンティティ・クライシスによる言語調査
 ガボンに約3週間、サントメに4日間(この国の公用語/共通語はポルトガル語だったが通訳を雇っていたうえ日にちが短すぎて、言語については何も覚えていない)滞在した後、なじみのコンゴに着いた。同行のNさんは疲労困憊したまま日本へ帰った。
 経費をつぎ込んでしまったんだからダメ元でもう少し頑張れとプロデューサーに言われ、私一人が居残ってクイズのネタ探しとテレ湖へのテレビロケの許可申請を行うことになった。日本を出発する前、無邪気に「大丈夫です、アフリカのことなら任せて下さい!」などと言ってしまったのは他ならぬ自分であり、フランス人相手にフランス語が全然通じなかったことも忘れられず、見事にアイデンティティ・クライシスに陥った私は、以後、2カ月ほどコンゴ全土をバスや大型船や丸木舟で旅しながら、知り合ったコンゴ人相手にクイズのネタでなく、民族語をリサーチしてしまった。

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コンゴ川を航行する大型船。よほど大きな町以外は止まらないので、乗り降りする乗客は小さな丸木舟を利用する。ここで必死に小舟を漕いでいるのはおそらく乗客を迎えに行く家族かプロの人だと思われる。

 コンゴにはコンゴ語(ムヌクトゥバ語とも呼ばれる)、テケ語、ムワシ語、サンガ語という四大言語があり、その他にボミタバ語のような小さな言語が幾十もあると聞いていたが、実際にどの程度ちがうものなのか前から興味があったのだ。
 まず、コンゴ語。これはかつてのロアンゴ王国やコンゴ王国の言語なので、〈コンゴ〉における一大勢力であった。コンゴ語の話者は、当時でも数百万、2015年のデータでは1000万人を超えている。コンゴ川下流域では母語ではなく共通語としても使われている。
 コンゴでは南と北で大きく民族がちがって政治的な対立も起きていると聞いていたから、南を代表するコンゴ語と北を代表するリンガラ語は相当差異が大きいのかと思っていたが、思いのほかリンガラ語と似ていた。名詞だけでなく、「行く」「食べる」「飲む」「見る」「する/つくる」などの基本動詞も同じだし、発音も似ている。
 リンガラ語の起源は定かでないものの、ボミタバ族のエリアからさほど離れていないコンゴ川中流域だと推測されている。ところがそこから1000キロも離れたコンゴ族の言語の方がボミタバ語より近い印象を受けるのは不思議だった。日本に喩えるなら、青森弁と岩手弁より、青森弁と広島弁の方が近い感じがしたようなものだ。もちろん、言語学的に厳密に調べたらリンガラ語とボミタバ語の方が近いのだろうけど、あくまで私の印象では逆なのである。少なくともリンガラ語とコンゴ語というコンゴの南北を代表する二大言語は比較的差異が小さいことは確かだった。

MAP1-9コンゴ語とリンガラ語_2

           コンゴ語とリンガラ語の地図
コンゴ共和国における二大共通語のエリア。一般的に、コンゴ語圏の人はリンガラ語も話せるが、リンガラ語圏の人はコンゴ語を話さない。「リンガラ語の起源地」とされるエリアはボミタバ語が話される地域のすぐ近くである(大部分はザイール側にある)。

民族はNG、言語は歓迎
 旅の間私はいろんな民族語を習った。日記やメモ帳が一部しか残っていないが、それでもコンゴ語の他、テケ・アリマ語(テケ語の一種)、ラーリ語、リクバ語、ムボシ語、マンガラ語(バンギ語)が記録されている。

1-9テケ・アリマ語_2

当時の日記。見開きでテケ・アリマ語の基本的な表現(例文)をまとめている。カッコ内はリンガラ語の訳。

1-9テケ・アリマ語(日記部分)_2

マンガラ語バンギジ方言(バンギ語)の例文。左のページは本来の日記部分。まずその日の支出を計算し、その後に本文を書くのが私の30年来のスタイル。

 ほとんどバントゥー諸語オタクであり、こんなことをして何の役に立つのかと思われそうだが、実際には想像以上に役に立った。
 毎日大勢の人に会い、一緒にビールを飲んだり、食事をしたり、船や車に揺られたが、共通の話題などそうそうないので、しばしば気まずい沈黙に陥る。また、最初から私に好感をもっていない気むずかしい人もいる。そう、ガボンのフランス人を相手にしていたときと似たようなシチュエーションになったりするのだ。
 そんなとき、「あなたの母語で『酔っ払う』って何て言うんですか?」などと訊けば、場がたちまち和む。訊けばいくらでも教えてくれる。
 習ったことの大半は忘れてしまい、その場かぎりだ。それでもいいのである。ただ、もし覚えていて次回会う機会があれば、もちろん使ってウケをとる。
 もう一つの利点は相手の出身民族を知ることができることだ。コンゴでは民族によって政治や経済が左右されると言われている。民族は大きく南北に分けられ、南はコンゴ族中心で、彼らは首都に近く、昔からヨーロッパ人と接してきたため教育水準が高くビジネスでも成功している人が多いが、政治は軍部に有力者が多い北部の民族に牛耳られていると聞く。特に当時のコンゴは人権も言論の自由もない独裁国家である。
 であるから、自分が一緒にいる人がどんな民族なのか知っておきたい。例えば、今の大統領は北部のムワシ族だから、もし目の前の人がムワシ族なら現体制を好意的に話す可能性が高く、南部のコンゴ族なら批判的になる傾向にあると予測される。そういったことを割り引かないと、彼らの発する情報を正確に理解できない。また、大統領側の民族の人の前で政権批判は禁物だが、逆に反大統領派の民族の人たちの間ならむしろ親睦が深まる。
 ところが、民族にはそういうヒエラルキーや色合いが付くので、直接「あなたはどこの民族か?」と訊くのはためらわれる。訊いても「どうしてそんなこと訊くんだ?」と嫌な顔をされたり警戒されたりする。日本で言えば、初対面で学歴や出身校を訊くのに近いかもしれない。
 知識層の人にそんな質問をすると「民族なんて関係ない。みんな同じコンゴ人だ」という建前で返されることもある。民族対立や民族のコネで政治が動いているなど、途上国の恥ずかしい部分だと思っている人も多い。
 そのような事情があるので、「どの民族か?」でなく「どの言語を話すのか?」と訊く。すると、前にも言った通り、実に嬉しそうに「テケ語だ」とか「マンガラ語だ」と教えてくれる。「いくつ言語を話すんですか?」と訊くのも効果的だ。言語がたくさん話せることは〈コンゴ〉の人にとっても自慢なのである。
 だからときには「コンゴ語とマンガラ語とリンガラ語とフランス語……4つだ。父がテケで母がマンガラだから」などと誇らしげに語る人もいた。民族の話題は「微妙」なのに、言語は「喜んで!」なのである。そして事実上「言語集団=民族」だからあっさり素姓が判明してしまう。
 民族語のないフランス人は取りつく島がなかったが、コンゴ人は取りつく島だらけなのだ。

姿を現した幻獣ムベンベ
 そして、もう一つ、ひじょうに重要なことがある。みなさん、もうお忘れだと思うがムベンベについてだ。ムベンベはコンゴ川の支流であるリクアラ川にも棲んでいると言われていたので、私はその川を2週間近くかけて丸木舟で遡った。
 常に言語のことを訊いているのは川旅でも同じだ。どこでどの言語が話されているか把握できているから、どこにどの民族がいるかもわかっている。したがって、リクアラ川の下流はマンガラ語(バンギ語)を話す人たちマンガラ族(バンギ族)のエリアで、そのあとで懐かしのボミタバ語のエリアに入ったこともすぐわかった。
 その行程で気づいたのだが、マンガラ族のエリアではムベンベの目撃情報がないのである。ボミタバ族のエリアに入ったとたん、ムベンベを見た人が現れたり、「ここにサイみたいな動物が水の中に棲んでいる」なんて言い伝えが出てきたりする。マンガラ族の中には「ムベンベはボミタバ族の人間しか見ることができない」なんて言う人もいた。
 1回目のコンゴ行き(偵察のとき)では、私はテレ湖の北部や東部のジャングルを歩いて、現地の村で聞き込みをしたが、そこに住むボンジリ語の話者(ボンジリ族)やムベンガ語の話者(ムベンガ族)はムベンベもそれに似た動物についても全然知らなかった。
 さらに今回、この原稿を書くにあたって参照した言語学者ガードナー氏の論文と「エスノローグ」をよく読むと、ボミタバ語は2つの言語(あるいは方言)に分類されていた。リクアラ川に沿ってボミタバ語エリアは広がっているが、北部は北ボミタバ語、南部は南ボミタバ語(別名ボレ語)とされている。
 そして、ひじょうに面白いことに、私がムベンベの目撃談や伝説を聞いたのは全て南ボミタバ語(ボレ語)エリアなのだ。ボア村もテレ湖もそうだし、リクアラ川でムベンベらしき謎の動物がしばしば目撃される「モコンゴ」なる場所(少し淀んで淵にようになっている)もやはり南ボミタバ語(ボレ語)の話者が住む地域にあった。

MAP1-9ムベンベ言語地図2_2

        ムベンベと民族語の関連性を示す地図
ムベンベの目撃談や言い伝えがあるのは南ボミタバ語(ボレ語)のエリアに限られる。リクアラ川には「モコンゴ」という、ムベンベもしくはそれに類する怪物の目撃多発地帯があるが、それもテレ湖同様に南ボミタバ語圏内である。


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リクアラ川沿いの「モコンゴ」と呼ばれる場所。モコンゴの全長は約300〜400メートルで、少し淵のように水が淀んでいる。朝は霧がかかり、幻想的な雰囲気が漂う。

 ムベンベ情報(伝説)はボミタバ語、もっと正確には南ボミタバ語(ボレ語)の話者の間でしか流布していない。他の人たちは「(南)ボミタバの地域にいる」とか「(南)ボミタバの人たちが見たと言っている」と聞き伝えに喋っているにすぎない。
 幻獣ムベンベは生物的な存在ではなく、民族語の世界の存在なのだと私は思ったし、今でもそう思っている。(アフリカ篇終了。次回からヨーロッパ・南米篇です)

高野秀行(たかのひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。
『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞を、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
著書に『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)、『移民の宴』(講談社文庫)、 『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。
歴史家・清水克行との共著に『世界の辺境とハードボイルド室町時代』、『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(ともに集英社文庫)がある。

第2・第4金曜日 更新! 次回は2月26日(金)です。

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