アフリカ篇(6) 仲良くなる特効薬リンガラ語の強烈な副作用
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アフリカ篇(6) 仲良くなる特効薬リンガラ語の強烈な副作用

リンガラ語を習得し、ウケをとっていたら、現地の人との間で何が起きたか。抱腹の高野ワールドをご堪能ください。

 現地の共通語であるリンガラ語を話すことによって、桁違いのスピードと深さで〈コンゴ〉の人たちと仲良くなる方法を確立した私たちだったが、まもなくこの効きすぎる薬の強烈な副作用に悩まされはじめた。
「仲良くなる」とは、互いの距離が近くなることであるが、日本人と〈コンゴ〉の人たちでは距離感がちがう。近くなるどころか、どんどんこちらの中に(精神的・物理的両方で)入ってくる。

泥棒とも友だちに
 リンガラ語で大受けして、あっという間に友だちになってしまうのはいいが、そのあとにビールをおごれだとかカネを貸してくれとかいう無心がやってくる。用もなくホテルの部屋に人が訪ねてくる。
 私たちは毎日たくさんの人に会っているうえ、見慣れていないアフリカ人の顔は見分けがつきにくい。どこで会った誰なのかわからない人でも、親しげに「やあ、モニンガ・ナ・ンガイ(マイ・フレンド)!」なんて言われると無下にもできない。しばらく相手をしていたら、その人は単に「リンガラ語を話す日本人がいる」と聞きつけて見に来ただけだとわかったりした。
 キンシャサは夜中でも外国人が普通に外を歩けるほどで治安が特別悪くはなかったが、ホテルのセキュリティは甘かった。私が泊まっているような1 泊1500円程度の安宿では、「部屋に荷物を置いておいたら貴重品が盗まれた」とか「スーツケースの鍵をこじ開けられた」という話を他の外国人旅行者から何度も耳にした。
 ただでさえそのような状態なのに、私たちの周りにはいつも有象無象がうろうろしているから心配だった。しまいには「俺は実はときどき旅行者のものをいただいている」と“自白”する男とも「モニンガ(友だち)」になってしまった。彼は「この前盗みを働いたとき警察を呼ばれて慌てて逃げた」とか「盗んだあとブツの分配をめぐって仲間と喧嘩になった」とかいう愚痴を私にこぼす始末で、向こうは私に気を許してくれているようだが、私の方はなかなか彼に気を許せないのだった。

リンガラ語で話したばかりに
 悪徳警察官2 人組に拉致されたこともある。〈コンゴ〉では乗り合いタクシーというものがあり、同じ方向に行く客が1 台のタクシーに文字通り乗り合う。車内の他の客とも挨拶を交わし、会話する。
 ここでもリンガラ語で話すと受けるので毎回そうしていたら、あるとき先に乗っていた2人の客が警官だった。私がリンガラ語で挨拶すると、「アッ! おまえ、リンガラ語を話すのか!」「ワーオ!」とウケたところまではいつもと同じだったが、次の展開は予期できなかった。「パスポートを見せろ」と言い、見せたところ、「パスポートにキンシャサの滞在許可スタンプがない。罰金500ドルだ」などと難癖をつけるのだ。私が拒否したらタクシーのドライバーを脅してそのまま郊外へ走らせた。
 キンシャサの警官はタチが悪いことで有名だ。「強盗に遭い、被害届を出しに警察へ行ったら、その強盗が勤務していた」なんて話も聞いたことがある。警官には絶対にさからってはいけないというのが常識だった。
 どこかわからないエリアをタクシーに乗ったまま連れ回され、しまいにはバーでビールをおごったうえ、小銭を渡さざるをえなかった。まあ、それだけで済んだのでまだよかったのだが。
 彼らはフランス語がたいして話せなかった。つまり、私がリンガラ語さえ話さなかったらこんな目には遭わなかった可能性が高い。しかも、フランス語を話さない悪徳警官に捕まって拉致されたのはそれが最後ではなかった(2度目の事件はもっと酷かったが、他の本に書いたので省略する)。
 全くやってられない。

若者の溜まり場と化したホテルの部屋
 いっぽう、キンシャサの対岸にあるコンゴの首都ブラザヴィルでは別種の問題が生じた。コンゴは長らく「鎖国」に近い状態にあった社会主義国なだけに治安はよかったが、観光ビザを取得するのが面倒な国なので外国人のバックパッカーはめったに来ておらず、安宿というものがなかった。安くても日本円で1泊5000円以上して予算の乏しい私たちには辛かった。ただ、その代わり、きれいなベッドが置かれ、エアコンが効いている。
 ここでも私たちは積極的にリンガラ語を話し、瞬く間にホテルのスタッフと仲良くなった。彼らはキンシャサの安宿の従業員よりはきちんとしているし、物腰も柔らかい。
 ところが2、3日すると彼らは用がなくてもしょっちゅう部屋に遊びに来るようになり、しかもなかなか帰らない。あげくには、こちらが日中、ムベンベ探査の許可を得るために白いシャツを着て森林省や情報省を回ってへとへとになってホテルに戻ると、彼らがエアコン全開にしてベッドに腰掛け、ぷか〜っと煙草をふかしてくつろいでいる有様だった。ゲストルームの鍵をもっているから、彼らはいつでも自由に入れるのだ。
 これには参った。「勝手に何してんだ!」と言いかけたが、一応、掃除のために入室しているから不法行為とは言えないような気がした。なにより、私たちの方で「ぼくたちと君たち、友だち」なんてリンガラ語で言っているのだ。「友だちの部屋で煙草を吸っていてどうして悪い?」と言われたら返す言葉がない。実際私たちは彼らの小さな管理人部屋にも招かれていた。私も〈コンゴ〉の人たちの「友だち感覚」がわかってきてしまっているので、なおさら文句を言いにくいのだ。
 部屋があまりに快適だったからだろう。やがて、彼らは自分の友だちまで招くようになり、私たちの居室は地元の若者たちの溜まり場みたいになってしまった。あるときなど、私たちが帰ると、女の子も2人ほど交えてみんなでビールを飲んでいた。「きゃあ!」と嬉しそうに手を振る女の子に「おう、遅かったじゃないか」などと言う男子たち。自分たちがまるで飲み会に遅れてやって来てみたいな錯覚に陥ったほどだ。私たちの部屋なんだが……。
 ここまで親しくならなくてもいいだろう。
 「普通の外国人がリンガラ語を覚えないわけだよなあ」とつくづく思った。

図1

どこへ行ってもリンガラ語で笑いをとり、仲良くなっていたのだが……。

言語内序列の法則
 フランス語で「アミ(友だち)」と言うより、リンガラ語で“モニンガ”と言う方がずっと親しくなりやすいが、「コンゴ人と同じように扱われがちになる」ということでもある。コンゴの“モニンガ”は日本やフランスの友だちよりずっと濃い関係だ。
 それだけではない。
 言語には「うまく話せる人の方が優位に立てる」という理不尽な法則がある。私はこれを「言語内序列」と呼んでいる。
 フランス人はもちろんのこと、アメリカ人や日本人が〈コンゴ〉に来て、フランス語を話しているかぎりはいい。彼ら(私たち)はもともと政治経済文化的に「優位」に立っているし、〈コンゴ〉の人たちにとってもフランス語は第二言語であり、それほど自信をもっているわけではない。特に“-r-”の発音がうまくできないことは気にしている。フランス語の“-r-”は喉の奥を振るわせる音だが、〈コンゴ〉の人にかぎらずアフリカ人は一般的にこの音が出せず、日本語のラ行の音によく似た音になってしまうのだ。
 でもリンガラ語とくれば話は別だ。〈コンゴ〉の人にとっては母語同然の言語だから絶対の自信をもっている。かたや外国人は頑張って話しても子供レベルの会話しかできない。すると、言語内序列の法則により、人間関係までもが「大人と子供」になってしまうのだ。
 実は日本でもこれと同じ現象がよく見られる。英語を話す外国人に会うとむやみにビビってしまう日本人は多い。ビビらないまでもリスペクトはする。ところが、相手が日本語を話すと、とたんに横柄な口調になる人のなんと多いことか。「あのね、あんた、それはちがうの」とまるで子供に教え諭すように喋り出したりする。相手が立派な大人であるにもかかわらずだ。
 私は日本語を話す外国人の友だちと一緒にいて、そういう不愉快な場面に何度も出くわしてきた。だから、日本に暮らして英語の話せる西洋人や一部のアフリカ人、アジア人が日本語をあえて習おうとしない理由の一つはそこにあると思っている。
 
幼児扱いされる探検隊メンバー
 私(と仲間たち)は〈コンゴ〉でいつもこの過度の友だち感覚と言語内序列に悩まされていた。しかも私たちは「大人」と認められる前の学生にすぎないのでなおさらだ。
 ムベンベ探検の本番で、コンゴの奥地(北部のリクアラ州エペナ地区という)に入ってからも事情は変わらなかった。
 探検の拠点はムベンベが棲むとされるテレ湖から最も近いボア村であった。食料や物資を湖まで運ぶポーターや、湖周辺を案内してくれるガイドはそこの人たちに頼まなければいけない。いや、それ以前に、テレ湖はボア村の「所有」だとのことで、村の許可を得なければいけなかった。
 ボア村の人たちはボミタバという民族で、母語はボミタバ語だったが、ごく一部のお年寄りを除いて、ほぼ全員がリンガラ語を理解した。ただ、学校のある村まで遠いため、フランス語を話す人は全体の1、2割ぐらいしかいなかった。〈コンゴ〉の人は学校でフランス語を習うため、学校がない村では話せる人は少ない。
 いっぽう、私以外の日本人メンバー10名もフランス語は全く話せない。フランス語とリンガラ語を比べたら後者の方がはるかに簡単だし、日本でウィリーから習ったり私のテキストで学んでいた人もいたので、彼らもリンガラ語を少しずつ覚えていった。必然的に探検隊の共通語は、コンゴ川流域のそれと同じようにリンガラ語になっていった。
 すると、また同じことが起きる。親近感を抱かれてすぐに仲良くなれる半面、甘くみられるのだ。私たち日本人はコンゴ人に比べて体格が劣っており(彼らはおそろしく筋肉質でガタイがよかった)、普通に見てもこっちが子供に見えるぐらいだから、ニコニコしながら近寄ってきてはたどたどしいリンガラ語で「ぼく、君、好き」なんてしゃべっていたら幼児扱いされても無理はない。最初から親しまれると同時に舐められっぱなしであった。
 こうして、リンガラ語を話すことによって過度の親近感と序列低下という荒波にもまれていた私たち(主に私)だが、ボア村にてまた別の言語に遭遇した。ボミタバ語だ。

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11人の日本人メンバーと3人のコンゴ役人メンバー。


高野秀行(たかのひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。
『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞を、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
著書に『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)、『移民の宴』(講談社文庫)、 『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。
歴史家・清水克行との共著に『世界の辺境とハードボイルド室町時代』、『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(ともに集英社文庫)がある。

第2・第4金曜日 更新! 次回は1月8日(金)です。

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