ヨーロッパ・南米篇(6) フランス語との最後の闘い
見出し画像

ヨーロッパ・南米篇(6) フランス語との最後の闘い

理不尽なフランス人の言葉にあきれ、すっかりフランス語に愛想をつかした高野さんでしたが、フランス文学専修の学生として提出したのは、学生がそれを?! という、仰天の卒論!

 タイでの仕事に就くため、どうしても大学(フランス文学専修)を卒業しなければならなくなったという話の続きである。
 私は大学7年目の4月、単位を限界ギリギリまで登録し、4年ぶりに授業に出始めた。これが辛かったのなんの。まず、昼夜逆転の生活を送っていたため、朝起きられない。ようやく教室に着いても90分間じっと座っているのが苦痛だ。
 「世界で闘う」ことを目指しているのに学校の授業出席に四苦八苦しているのだ。ただ、しばらくすると新しい生活様式にも慣れ、久しぶりに触れるフランスの文学作品が新鮮でもあり、けっこう楽しく勉強できるようになった。

勝手に訳したコンゴの小説
 それより問題は卒業論文だった。何一つアイデアが湧かないうえ、時間的な余裕もなかった。授業に目一杯出ているうえ、私は南米アマゾンで行った取材を1冊の本にまとめるという仕事を抱えており、とても同時進行で卒論を書く状況になかった。
 どうしようかと考えているうちに時間がどんどん過ぎ、半ば卒業とタイ行きを諦めかけたとき、ふいに天啓が閃いた。
 「ドンガラさんの小説、あれを卒論にできるんじゃないか!?」
 ドンガラさんとはコンゴの作家、エマニュエル・ドンガラのことだ。彼の弟のジェレミーが日本に住んでいた。ムベンベ探査へ行く前、「池尻にコンゴ人留学生がいる」という未確認情報を追って池尻を探したことがあったが、あれは実はジェレミーのことだった。ムベンベ探査から帰国した後で知り合い、友人になった。そして、3回目にコンゴへ行ったとき、ジェレミーの家族ほぼ全員に会い、その中にドンガラさんもいた。作家だということは聞いていたが、私を含め「自称作家(ライター)」は世界中どこにでもいて、そのほとんどが大した実績のない人だから、彼についても「ジェレミーの兄貴でいい人」という以外は何も興味をもっていなかった。
 ところが別れ際に「これをジェレミーに渡してくれ」とフランス語の本を1冊手渡された。彼が最近パリで出版した小説だという。題名は“Le Feu des Origines(始源の火)”。「あー、いいですよ」と気軽に受け取り、帰りの飛行機の機内でパラパラとめくっていると面白くて引き込まれた。結局、長いフライトとトランジットの間に辞書を引きながら読んでしまった。
 読んだだけではない。「これは日本に紹介する価値がある」と決めつけ、誰に頼まれたわけでもなく、著者の了解すらとらずに、3カ月ほどかけて260ページあまりを日本語に訳してしまった。そのまま出版社に渡してゲラにできるほど完成度は高かった(実際、後にそうした)。翻訳が終わると満足し、例によって速やかにこの原稿のことを忘れた。
 それを1年後、窮地に陥ったとき本能のなせる業(わざ)か、突然思い出したのだ。
 内容もあまり覚えていなかったので、ワープロに打ち込んであった日本語訳原稿を読み直した。「何これ、めちゃくちゃ面白いじゃん!」と自分の訳した小説に大興奮してしまった。

2-6ドンガラ原書

フランス・パリの出版社から刊行された原書。妙に可愛らしい装幀である。本書を書き上げたのはドンガラさんがたまたま弟を訪ねて東京に滞在中のときだったという。

呪術師と邪術師
 何が面白いって、これは南米におけるガルシア=マルケスと同じく魔術的リアリズムの作品なのである。コンゴの原始共産制の村に生まれた少年がやがて偉大な呪術師になっていく。いっぽう、白人が侵略に来て国土を植民地化し、主人公たちは奴隷のような苦しみを味わう。やがて、独立闘争を経て、彼らは白人を追い出すことに成功するが、今度は伝統的習慣と近代合理主義の狭間に落ちて苦しむ……。
 アフリカの呪術、土着の信仰とキリスト教が混淆(こんこう)したメシア信仰、圧倒的な異人の暴力、自然と科学のぶつかり合いが一人の人間の一生の中に凝縮され、しかも叙情溢れるフラットな文体で描かれている。
  私はこの作品を実にすらすらと読み、訳すことができた。やさしいフランス語で書かれていたからだが、それだけではない。
 以前、翻訳会社の仕事を請け負っていたときはフランスの情景が浮かばないことに苦労していたと述べた。でもこちらはそんな悩みはなかった。なぜなら、私はこの作品の舞台を<実際に見ていた>からだ。コンゴの伝統的な村の風景や、村人が激しく言い争う様子は自分の目で見たばかりか、参加していたこともある。汽車のあとを子供たちが歓声をあげて走る様子などは、汽車じゃなくて自動車だったが、これもしょっちゅう目にしている。
 もっと言ってしまえば、この小説はフランス語で書かれているが、その時点ですでに「翻訳」なのだ。ドンガラさんの母語はコンゴ語で、第二言語はリンガラ語だ。この本に描かれているのはコンゴ語やリンガラ語といった民族語(やその共通語)の世界なのである。それをドンガラさんはフランス語に「翻訳」したのだ。だから「ほんとうの原書の世界」をあらかじめ知っている私は、フランス語の「翻訳」も容易に読み解くことができた。
 例えば、村の人がverandaにござを広げて昼寝をしているというシーンがある。verandaとは仏和辞書で引くと「ベランダ(ガラス窓張りのもので小居間として使用される);(インドなどで建物を取り巻く)縁側」とあるが、明らかにコンゴの村には当てはまらない。私は「軒下」と訳した。村の家には長い軒があり、その下にござやイスを出して、くつろいだり昼寝したりするのがごく普通の光景だから、おそらく著者はそれをverandaと訳したのだろうと察したのである。
 もう一つ、この小説でのキーワードにngangaとsorcierという2つの単語があった。
 コンゴは呪術が盛んな土地柄だ。病気を治したり、他人の呪いから守ったりする「よい呪術師」のことは第1章で書いたように「ンガンガ」(ミンガンガ、モンガンガ)と呼ぶ。
 ドンガラさんの小説ではコンゴ語やリンガラ語そのままでngangaと表記されているが、ときどきguérisseur(治療者)とかféticheur(呪い師)などとフランス語でも表現されている。
 いっぽう、sorcierはフランス語の単語で、辞書を引くと「魔法使い、魔術師;未開社会の呪術師」と書かれている。sorcierもコンゴでは日常的に頻繁に使われる単語で、リンガラ語やコンゴ語の「ndoki(ンドキ)」をフランス語に訳したものだ。
 sorcier/ンドキは「悪い呪術師」あるいは「黒魔術師」を意味し、敬意のこめられた「ンガンガ」とは明確に区別される。自分で「私は悪い呪術師です」と言う人はいないから、sorcier/ンドキは事実上、悪口か罵倒語なのである。だから辞書にあるとおりsorcierを呪術師と解釈したら間違いの元だ。だから私は「邪術師」という造語をあてることにした。
 このように、フランス語は達者でもコンゴのことを知らない翻訳家には困難な用語も私には難なくさばくことができた。
 今までいつも、アフリカ(人)のフランス語はわかるが、フランス(人)のフランス語はわからないことを苦にしていたのだが、初めてそれがメリットとして発揮されたわけだ。

プロの仕事、「本卒論」
 さて、卒論に話を戻そう。この翻訳原稿を持って、担当教授のところに行った。教授はさすがに驚いていた。それはそうだろう。フランス文学の卒論にしたいとコンゴの小説の翻訳原稿(しかも教授自身、著者を知らない)を学生に渡されたら、ふつうびっくりする。
 幸い、担当教授は誠実な人であり、ちゃんと読んだうえで「これは文学作品として一級品」と認めてくれた。私は知る由もなかったが、フランスの版元も有名な文学系の出版社だという。ただ、翻訳は卒論としては認められないというのが早大仏文専修の規則となっているとのことで、私の卒論問題は教授会でなんと2時間も紛糾したと後で聞いた。担当教授が頑張ってくれたおかげで、最終的には「小説の翻訳は“副卒論”とする。“本卒論”は別に書かなければいけないが、それは小説の背景説明でよい」ということになった。
 やった! とガッツポーズである。当時の私はコンゴに詳しかった。背景説明など、いくらでも書けた。今まで喋りたくても聞いてくれる人がいなかっただけに、書けることが嬉しくてしょうがなかった。おそらく1週間ぐらいで書き上げてしまったと思う。あとは、文献をあたって、固有名詞や数字、事実関係の確認を行っただけだ。ちなみに今、この原稿を書くために、約30年ぶりに読み直したが、驚くほどしっかりとした解説だった。読んでいて「とってつけた」感じが全くしない。テーマを熟知した人がエッセンスを抽出して披露する心地よさが流れている。まさにプロの仕事である。当時の私は〈コンゴ〉が本当に好きだったんだなあと感心する。
 途中、著者のドンガラさんの家族を紹介するくだりでは思わず苦笑してしまった。

(前略)海岸の都市ポワント・ノワールに住む次男のジャン=ピエールのうちに遊びに行き、ハリネズミをヤシ油で煮込んだ地元の名物料理を食わせてもらったこともある。ジャン=ピエールは気さくで大らかな人だが、「フランス語を公用語としているかぎり、コンゴの真の自立はありえないんじゃないか。共通語であるリンガラ語やコンゴ語を早く文字化して国語にすべきだ」と話していたことが印象に残っている。実際、今でも、コンゴの経済を牛耳っているのはフランスである。アフリカの半分近くを占めるフランス語圏は、今でもフランスの属国と変わらない。「傾いている」と言われるフランスが傾ききらないのは、ひとつにはこれら旧植民地に対する支配力のおかげなのではないか。そして、それを可能ならしめているのがフランス語である。

 人類学者のA博士に思い切り当てつけたような文章ではないか。決して間違っていないと今でも思うのだが。
 この卒論はその年の仏文専修で最高得点をマークしてしまった。私はフランス語を正面から批判しながら、最も優秀な成績で早稲田大学フランス文学専修を卒業したのだ。それから4年後、この翻訳作品は『世界が生まれた朝に』というタイトルで小学館から刊行されることになる(現在は残念ながら絶版)。

図1

1996年に小学館から刊行。カバー装画は山田博之氏。装幀は堀渕伸次氏・爪丸登喜子氏。

画像4

後に小学館から翻訳が刊行された後ドンガラさんが来日、一緒に小学館の社長を訪ねた。そのときの記念写真。ドンガラさんは以前から何度か日本を訪れており、コンゴでは「親日家」として知られていた。(撮影:鈴木邦弘)

 こうして、大学7年間におけるフランス語との格闘は終了した。残念ながら私のフランス語力はこの頃が人生最高であり、今は悲しいほどに衰えている。特に読み書きの力は当時の4分の1もない。
 フランス語がいかに私にとって複雑な心境にさせる言語なのかおわかりだろう。フランス語だけでなく、医学論文の中でしか出会ったことのないイタリア語や、「彼女」にふられたこととセットで思い出さなければならないスペイン語、ブラジルで全然聞き取れなかったポルトガル語もほろ苦い言語であり、ロマンス諸語全体が私にとって愛憎半ばする言語群なのである。
 もっとも、そのときの私はロマンス諸語のことなどどうでもよかった。ただ単純に卒業できたことが嬉しかった。
 気持ちはもうアジアの言語に向いていたからである。(ヨーロッパ・南米篇 終わり)

高野秀行(たかのひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞を、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞と、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。
著書に『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)、『移民の宴』(講談社文庫)、 『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)など多数。歴史家・清水克行との共著に『世界の辺境とハードボイルド室町時代』、『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(ともに集英社文庫)がある。

第2・第4金曜日 更新! 次回は5月28日(金)です。

前の話へ | 連載TOPへ | 次の話へ


更新のお知らせや弊社書籍に関する情報など、公式Twitterで発信しています✨️ よかったらフォローしてください(^^)

ありがとうございます✨️ また見にきてください♪
集英社インターナショナルの公式noteです。硬軟とりまぜたオリジナル連載、新刊案内など更新予定です! https://www.shueisha-int.co.jp/