第1回 日本人の「マスク好き」と子育ての関係を考えてみる。
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第1回 日本人の「マスク好き」と子育ての関係を考えてみる。

昔から「口元を隠す」文化があるせいで、日本人はマスクに抵抗がないが、欧米人にとっては口元こそ「表情」の基本。その傾向の違いは赤ちゃん時代から、実は始まっている──中央大学で「顔」を研究する山口真美さんは、その謎に挑んでいる心理学者。
山口さんによると、「マスクを着けての育児」は要注意なのだとか。それはなぜなのか。

新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)が蔓延してから、マスクに振りまわされる生活が続いています。思い起こせば去年の春から、人々はマスクにピリピリしていました。

2020年の春は、とにかくマスクが手に入りませんでした。コンビニやドラッグストアの店頭から不織布のマスクは次々と消え、ネット通販では転売による高騰が続きました。ドラッグストアではマスクの入荷を待つ長い列。店先にマスクが並ぶやいなや、争うように手にする人々。マスクがないのはけしからんと八つ当たりされた店員は、たまったものではありません。手作りマスクが流行りだしたものの、今度はマスクを作るためのゴム紐までもが不足する始末。不織布のマスクを、洗って乾かして再利用した経験者も少なからずいることでしょう。

朝の散歩もジョギングも、マスク姿。暑い夏になっても布マスクで「あともう少しの我慢」と続けてきましたが、マスク生活は一年を超しても終わる兆しは見えません。マスクをつけたままでの生活は時に息苦しいと思うこともありましたが、しだいに慣れてきたようにも思えます。

改めて思うと、日本人はマスク着用については非常に生真面目です。それと比べ、欧米でいかにマスクが嫌われているかは、海外のニュースやメディアで知ることができます。トランプ元大統領はマスク嫌いで有名でしたが、2020年のアメリカの大統領選では、几帳面にマスクをする民主支持者に対抗して、共和党支持者の一部が徹底してマスクを拒否する態度には、理解しがたいものがありました。

コロナ以前を思い返すに、日本では花粉症対策のためのマスク姿をよく目にしていましたが、欧米諸国に行った際にはマスクははばかられました。乾燥から喉を守るために国際線の機内でマスクをしても、その国の空港に降りたとたんにマスクは外しました。

なぜバットマンは口元は隠さないのか

マスクは病院の外に出られないような重病人が着けるもの、マスクをしてうろうろと歩きまわったら危険人物とみなされるかもと言われ、怖くなったからです。今から思えば、平気でマスクをしている日本人の一人としてからかわれていたのかもしれませんが、欧米の国をマスク姿で歩くと、じろじろと見られているような気もしました。コロナになってもマスクを憎む根底には、欧米諸国にこうしたマスクへの拒絶感があるためかもしれません。

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ハリウッド映画でも、マスクのように口元を隠すのは悪役の印のようです。たとえばギャング役は、口元をバンダナなどで隠します。同じようにマスクをしていても、主人公役のバットマンなどでは、口元だけがちゃんと見えます。一方で、バットマンシリーズの「ダークナイト・ライジング」の悪役は、口元だけを隠していました。

口元を開けて白い歯を見せるということは、オープンマインドな明るい態度とみられるのでしょうか。日本語ではそうでもないのですが、マスクで口元を隠されると会話の聞き取りに不自由を感じる言語もあるようで、マスクになれないアフリカの国などでは、会話する際についマスクを外してしまうという話も聞きます。逆にいえば口元を隠すことは、対話を拒否する暗くて傲慢な態度にみえるのかもしれません。

なぜ金メダリストはゴーグルで記者会見に臨んだか

しかし心理学者の一人として、欧米人のマスクへの拒否感の理由はそれだけではないと思っています。

自己紹介が遅れましたが、私は知覚や認知、特に“顔を見ること”を実験心理学的に研究しています。顔と身体表現の文化差を、心理学・哲学・文化人類学の観点から探る「顔・身体学」領域という研究チームのリーダーもしておりまして、また、後に紹介するように、赤ちゃんの知覚認知を調べる研究室を運営しています。

さて話を戻すと、マスクに対する欧米人の拒否感は、日本人がサングラスをかけ続ける人に対する拒否感に似ているのかもしれません。

2018年の平昌オリンピックで、チェコ共和国のスノーボード選手のエステル・レデツカが予期せずスキーで金メダルを獲得して、アルペンスキースーパー大回転とスノーボードパラレル大回転と異なる2種目で金メダルを獲得したことが話題となりました。使用したスキーが借り物だったという話もあるほどですが、まさか金メダリストになるとは思ってもいなかったのでしょう。その記者会見が衝撃でした。
ゴーグルをつけたままの会見だったのです。

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金メダルの記者会見は世界中に配信されるので、若い女性ならば当然カメラ映りが気になることでしょう。ところがこの会見は、結果が決まった直後に行われるとのこと。そのため金メダルを取りそうな女性選手達は、あらかじめ入念にメイクして試合にのぞむそうです。

レデツカ選手にとってスキーの金メダルは予想外でノーメイク、22歳の女性にとってすっぴんの顔を全世界にさらすのは絶対避けたいことです。素顔を見せたくない彼女は、ゴーグルをつけたままの会見となったのです。

その映像を見て、もしレデツカ選手が日本人だったら、マスク姿で会見しただろうなと思ったのでした。日本の女子アナや芸能人は、素顔を隠すならマスクです。そんな大人の女性をまねして、朝早い授業に化粧が間に合わない女子大生や女子高生もマスク姿で登校します。

そこに文化の違いを感じたのです。日本人だったらマスクはあっても、サングラスやゴーグルをかけ続けて会見することに躊躇するのではないでしょうか。日本人にとって、サングラスを着けたまま人と応対するのは失礼という意識があります。また、サングラスをかけている人を胡散〈うさん〉臭く感じるところもあると思います。つまり日本人は目を隠すサングラスを嫌い、欧米人はサングラスやゴーグルはさほど気にならないけれど、逆に日本人が平気な口元を隠すマスクが大嫌い。そんな違いがあるように思うのです。

この日本人と欧米人のマスクとサングラスに対する意識の違い、その原点には表情の読み取り方の違いがあると考えます。

日本とイギリスの赤ちゃんでは「顔の見方」が違う!

表情の研究は「進化論」を作ったチャールズ・ダーウィンから始まりました。それによれば、表情は動物から進化したもので、人類全般共通であるというのです。その証拠に、異文化に全く触れたこともない人々であっても、初めて見た異国の人々の表情をよみとれることができる。これは多くの研究者たちによって報告されています。私たち日本人も、ハリウッド映画も日本映画も表情を読み取ることには区別はありません。

しかしながら、2000年代に入ってそれぞれの表情を詳しく分析してみると、文化による違いがあることがわかってきました。相手の顔を見る時にどこに注目しているかを、眼球の動きから調べる実験が行われました。欧米人と東アジア人で表情を見る時の目の動きを比較した結果、欧米人は相手の口元を見るのと比べると、東アジア人は目元に注目する違いがあることがわかりました。

しかも大人と同じ顔の見方は、生後7ヶ月という極めて早い段階に獲得されることもわかりました。私の研究室で、表情を見た時の赤ちゃんの視線の動きをイギリス人の赤ちゃんと比べる実験を行ったのです。

実験の結果、日本人の赤ちゃんは生後7カ月から東アジア人らしく目元を見る一方で、イギリスの実験室で取ったイギリス人の赤ちゃんは欧米人らしく口もと元をよく見ることがわかったのです。大人と同じ、自身が属する文化に即した顔の見方は、なんと生後7ヶ月で獲得されていたのです。

欧米と日本で、表情を読むことに文化差があるのです。日本人は相手の表情を見る時に目元に注目し、欧米では口元に注目する。それは日本発祥の「絵文字(emoji)」にも象徴的に示されます。日本の絵文字が目で表情を伝えていたのに対し、欧米の絵文字では口で表情を伝えるように変わっています。


顔文字

目元で表情を読む日本人は、目を隠すサングラスをされると、表情を隠されたようにみえるのでしょう。逆に口元で表情を読む欧米人は、肝心な口元をマスクで隠されると表情がみえにくいのではないでしょうか。

相手の表情が見えないというのは、相手の手の内が見えないということにもなり、フラストレーションがたまって不愉快なものです。マスクを欧米人が嫌がるのも、サングラス姿が日本人に不快に見えるのも、それぞれ感情を隠された不快感のあらわれともいえると思います。

これこそ、文化間の「すれ違い」といえるもの。話をさらに進めると、表情を見る際の文化の違いは、表情の作り方の違いによるものと考えられていきます。

欧米に滞在した日本人が苦労することのひとつに、欧米人に合わせて表情を作ることがあるのではないでしょうか。街角ですれ違って挨拶するときもばっちりと歯を見せた笑顔を作らねばなりません。表情を作り上げるうえで、口をしっかりと横に伸ばして笑顔を作ることが大切。強調するポイントは口元です。異文化適応の重要な一歩ですが、慣れないと口元が疲れるものです。

欧米人が作る歯をにっかりと見せる笑顔は、日本人からすると、どことなく大袈裟すぎて不自然と感じられることもあります。一方で日本人の自然な喜びの表情は、欧米人にとっては控えめすぎてわかりにくいと言われることもあります。どちらかというと日本人は口元をそれほど強調せず、目元を中心に控えめな表情になるのです。

こうした表情の作り方の違いが、それぞれの文化で表情を見るポイントの違いにつながるのです。さらに興味深いことに、この見方はすでに赤ちゃんの頃から獲得されています。おそらく日本人の赤ちゃんは、お母さんの発するわずかな目元の変化から表情を読み取る訓練をしているのでしょう。

日本だけではない「顔隠しの文化」

日本の話をさらにすすめると、日本には「顔隠し」の文化があると主張する研究者がいます。平安時代の日本女性は、扇子で顔を隠していたこともありました。扇子で隠すのは、やはり口元です。口元を隠すことは今も続き、日本女性は笑うときに口元を隠すことがあります。
当たり前のようにも思えますが、欧米ではない仕草です。そしてこの顔隠し文化が、女性のマスクの使い方に継承されているのかもしれません。朝の授業で化粧をする時間がなかったからと、マスクで顔を隠して授業に出る女子大生などがそれです。

そしてこの顔隠しの文化は、アジアの西側に位置するイスラム文化圏とも共通しているのかもしれません。厳格なベールでも目だけを見せたり、古くはアラビアンナイトでは目元を出して口元を隠したりしています。とりあえず目だけは見せるということです。マスク姿の女子大生もきっと心のどこかで、「目だけ見せればいいじゃん!」という線引きがあるのかもしれません。

赤ちゃんはなぜ、お母さんを見つめるのか


長いマスク生活になれきった人の中には、コロナが明けてマスクが不要になった時が来ても、マスク無しで外に出るのが怖くなっているかもしれないと恐れる人もいるようです。マスクが気にならない日本人であれば、マスクをかけ続けても生活上支障はないのでしょうか。
これから顔を見る訓練を積む、赤ちゃんの発達への影響は心配です。

赤ちゃんは顔が大好きです。新生児の視力は0.02ほどしかないのに、顔を好んで見ます。新生児どころか、まだ顔を見たこともない胎児ですらも、胎内に届くように顔らしき光パタンを見せるとそちらの方向を向くという報告すらあります。そこで重要なポイントは、目が2つ口が1つの「トップヘビ―」と呼ばれる配置です。

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赤ちゃんが顔を見出すポイントは、目や鼻といった、それぞれの特徴ではありません。上に2点下に1点の点が並んでさえいたらいいのです。ちなみにこの法則で顔を見出すことは、大人にもあります。

たとえば枯れ木に人の顔を見出だして恐れるように、顔ではないのにもこうしたパタンを見つけると顔と誤認識してしまう。こうした現象はパレイドリアとかシュミクラと呼ばれ、インターネット上でも人気の素材です。家や木やカバンなど、顔とはまったく関係のない日常風景の中に「顔」を見つけだして楽しむのです。

さて、この目が2つ口が1つのトップヘビーパタンに、マスクを着けたらどうなるでしょうか? マスクをして口を隠すと、なんと、このトップヘビーの法則は消失します。それでも大人はマスクで隠された口をイメージできるわけで、当然ながらマスク顔を顔として見ることができます。しかし、小さい赤ちゃんではどうでしょうか?

マスク姿で赤ちゃんに接することには注意が必要?


私達の研究室では、以前こんな実験をしていました。横顔の実験です。実は、これまでの赤ちゃんの顔実験で使われるほぼすべての顔は、正面から見た顔でした。顔が成り立つトップヘビーの法則から、横顔を考えてみると、その謎がわかります。横顔では目が一つしか見えません。そのため、目が2つ口が1つのトップヘビ―の法則があてはまらないのです。

そこで私たちは、正面顔と横顔を生後5ヶ月と8ヶ月の赤ちゃんに見せ、顔を見る時に活動する脳活動を近赤外線分光法(NIRS)という装置を使って計測してみました。
その結果、生後8ヶ月児では正面顔でも横顔でも顔に対する脳活動がみられましたが、生後5ヶ月児では正面顔を見た時だけしか脳活動がみられなかったのです。これは、月齢の低い乳児にとっての顔は正面顔だけであって、横顔は顔とみなされないことを示唆するものです。

赤ちゃんに横顔は禁物

幼い乳児と触れ合う際には、目と目が合うように正面で対峙することが大切で、携帯をいじりながら横顔で接したら、そこに顔があることすらもわかってもらえない可能性があるわけです。そしてひょっとすると、マスクで口を隠すと、顔が成り立つトップヘビーの配置が崩れ、赤ちゃんにとって顔として見てもらえなくなる可能性があるのです。マスク姿で赤ちゃんに対応することには、注意が必要なのかもしれません。


山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
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