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橋本幸士『物理学者のすごい思考法』刊行記念インタビュー

発売即重版。あっという間に3刷出来✨️
インターナショナル新書『物理学者のすごい思考法』の勢いが止まらない!
この本の元になったエッセイ「異次元の視点」を連載中の『小説すばる』が、著者・橋本幸士さんに刊行インタビューを敢行。

大阪大学から4月に京都大学へ移られた橋本教授は、超ひも理論、素粒子論などを研究する理論物理学者だ。その最先端の研究と、日常生活のおとぼけぶりのギャップこそ、橋本エッセイの真骨頂。その意外なネタ元の話もここに大公開する。「異次元」の受け答えを、どうぞご堪能あれ!
(『物理学者のすごい思考法』担当編集・T)

橋本幸士「日常のなかの物理」

(集英社『小説すばる』2021年4月号より転載)

物理学者の頭のなかと、夫婦の揉めごと

──今回の新書は弊誌連載が元になっていますが、そもそもエッセイを書くにあたっての狙いはどこにあったんですか?

橋本 例えば、小説や映画でも物理学者が登場することがありますが、ときどき妙に奇天烈な行動を取ったりすることがあると思うんですね。

──確かに「変わり者」のイメージで描かれることが多い気がします。

橋本 それを「偏見だ!」とか囃し立てるつもりはないんですが、彼らの行動の背景には物理学者なりの考え方、生態があるんですよっていうのをわかってほしくて。それで、少しでも物理学者という存在を身近に感じてもらうために書いてみようという、そこが発端ですね。

──新書のタイトルには「思考法」とありますが、中身は最新の研究動向や物理学の偉大さを啓蒙するようなものではなく、ゆるゆるとした身辺雑記のようなエッセイも多くて、ハードルの高さはまったく感じませんでした。

橋本 そうですね。例えば僕の専門分野である「超ひも理論」とかブラックホールの概念について、世の中に「わかってくれ!」っていう気持ちはないんですよ。専門化が著しく、高度にテクノロジー化もされているので、一生懸命話したところで同業者以外まったく誰にも伝わらないので(笑)。だから、僕の周りのごくありふれた日常で起こったことを、なるべくカッコつけずに、素をさらして書くよう心がけました。

──おっしゃるとおり、どのエッセイも「ニンニクの皮はどこまで剝けるのか?」みたいな〝日常のなかの物理〟ともいえる気づきが発端にはなっていますが、それが一気に「宇宙の成り立ちと素粒子の発見」といった壮大なテーマに繫がっていく、その飛躍が鮮烈でした。

橋本 僕からすると、「ブラックホールの中心はどうなっているのか?」とか「たこ焼きの半径にはなぜ上限があるのか?」みたいな話は、まったく同じことなんですけどね(笑)。ある事象に物理の法則を当てはめて検証するだけの話なので。

──その認識もすごいですね。でも、橋本さんの検証過程を通して〝物理学者の頭のなか〟を疑似体験するような醍醐味がありました。しかも、そのおかげで身の周りの景色を少し違う視点から見られたり、彩りが加えられていくような感覚もあって。ちなみに、毎回エッセイに書くネタはどうやって決めるんですか?

橋本 実は今朝、妻といろいろ揉めたんです。

──はい。

橋本 というのも、朝ごはんを一緒に食べてるときに、僕がここ最近気になってしょうがないことを……って、こんな個人的な話してて、いいんでしょうか?

──もちろんです(笑)。

橋本 最近、毎朝起きると寝間着のズボンの右足だけ、裾がグリンとねじれて半回転してることに気づいたんです。毎朝ですよ? しかも、必ず右足だけ。それで妻に「この左右非対称性、不思議やろ?」って切り出して、「布団と寝間着の摩擦が……」とか「寝室の間取りが非対称だから……」とか、いろいろごねてたんです。妻は、僕があまりに非常識な行動や思考に耽っていると現実に引き戻してくれるありがたい存在なんですが、今朝もさすがに痺れを切らして、「そんなのはよく起こることだから、不思議でもなんでもないやん!」って。

──怒られたんですか。

橋本 はい。それで僕は釈然としないまま朝ごはんを食べ終えて、仕事へ出かける準備でもしようかなぁと思って席を立ったんです。すると妻がそこでボソッとひと言、「あんた、さっきの話、『(小説)すばる』に書きや」って。

──まさかのアドバイスが(笑)。

橋本 僕はその段階で初めて「そっか、これはネタになるんだ」と気づいて、ひとまずパソコンにメモをして。で、締切りが近づくとそのメモを見返してテーマを決めるという、毎回そんな感じですね。ひと月もあれば妻との諍いもそれなりの数が発生するので、ネタに困ったことはあまりないかもしれないです(笑)。

役に立たない研究と物理学者の夢

──ところで、研究者になる以前からやはり〝日常のなかの物理〟に興味が向くことが多かったんですか? 何か原体験のようなエピソードがあれば、ぜひ。

橋本 う~ん。自然があまり好きな子供ではなかったので、むしろゲームに傾倒してましたね。高校生の時の話になりますが、友人と休憩時間に将棋をするのが楽しみで。強い友人がいて、あるとき「将棋盤にはなぜ端があるのか?」「左右の端と端を繫げてみたらどうだ?」という話になり、将棋盤の右端まで駒が進んだら逆サイド、つまり盤の左端から駒が出てくるルールに変更してみたんです。

──ヤバい遊びですね(笑)。

橋本 今なら「シリンダー将棋」とでも名付けるんですかね。ちょうど宇宙が輪っかになったみたいな感じで面白くて。ちなみに将棋盤の前後を繫げると、先手が玉を一駒下げれば相手の王をとってしまえるのでゲームになりません(笑)。

──日々の思考実験は昔から一貫していますね。ちなみに、そうした探究の結果が、本業の研究にフィードバックされるケースもあるんですか?

橋本 ないです。

──まったく?

橋本 まったく。

──そういうもんですか(笑)。

橋本 あったらすごいです、逆に(笑)。本当は研究にも役立てばいいんですが……でも、なんでしょうね、そういう生産性のなさそうなことに頭を突っ込んでしまうのが性分というか。

──その性分については「役に立ちますか?」という題名のエッセイとも繋がってくる気がします。物理学者は自身の研究を生産性だとか、「役に立つ/立たない」という観点では捉えていないという話がとても印象的でした。

橋本 われわれは国費を使って研究をしているので、自分の研究が「役に立ちません」と胸を張っては言いづらいんですが、でも実際、すぐには役に立たないんです。もちろん、ノーベル物理学賞を受賞した「青色発光ダイオード」の研究など、直接役に立つものもある。でも、僕が携わっているような素粒子物理とかブラックホールの研究は、少なくとも向こう100年、役に立つことはないと思います。

──向こう100年、ですか。

橋本 100年後、僕は死んでいるし、残念ながら同時代を生きている人の役には立ちません。でも、それでも社会的に価値があると信じているから、われわれ物理学者は研究を続けているんです。世知辛い世の中ですから、短期的な利益に適うものばかりにお金が投じられ、そうでないものは切り捨てられます。でも、それだと寂しい社会になってしまう。

──実際、長いスパンで物事を捉える余裕のない社会になりつつありますね。

橋本 けれど、思いがけない発見が、先々で思いがけない応用に繫がったりする。それは科学の歴史が証明しています。原子の発見以来1世紀、「絶対に存在しない」と言われてきた〝準結晶〟という新物質を、イスラエルのダニエル・シュヒトマンという研究者が1984年に執念で発見したんですが、誰もそれをまともに信じなくて、彼は長年虐げられました。しかし、その発見が2011年にノーベル化学賞を受賞し、近年ようやく研究が進むことになりました。しかも、準結晶の配列は超伝導になりやすいという特徴もわかってきて、今後さまざまな応用が進む気配もあるんです。

──ひとつの成果に繫がっていくまでには紆余曲折とドラマがあったと。

橋本 だから、時間がかかるんですよね、何事も。

──でも、すごく夢がある話ですね。せっかくなので、橋本さんご自身の物理学者としての夢を聞いてもいいですか?

橋本 難しいですね……。二つあって。ひとつ目は、この宇宙を支配する方程式を完成させたい。現在、「素粒子の標準模型」という有名な数式があるんですが、それを使うと、この宇宙のおよそすべての現象がミクロに記述できることが知られているんです。ただ、その数式による計算結果と矛盾する現象がわずかにある。その綻びをカバーする数式にたどり着くことは、僕だけでなく、すべての物理学者にとっての夢だと思うんですが、定年退官までのあと10年やそこらで出来るんだろうかと(笑)。

──いやいや、そんな(笑)。

橋本 もうひとつは、人間の認知能力と物理法則の関係性について、自分なりに腑に落ちるような答えを見つけたいというのがあります。

──といいますと?

橋本 物理法則自体、人間が発見して導き出したものなので、ある事象を物理的にどう認識して理解するかについても、人間の認知能力の範囲内で制限がかかるわけです。一方で最近、人工知能の研究が盛んですが、これが人間の認知能力を超えた威力を発揮することが多いんです。人間に見つけられないがん細胞を、AIが画像から発見してしまうとか。

──すごい。AIはもうそんな段階まで来てるんですね。

橋本 そう考えると、ゆくゆく人工知能によってなんらかの新しい物理法則が発見され、それは人間が理解できないような法則になる可能性もある。すると、それをきっかけに人間の認知と物理法則の関係性が解き明かされ、ひいてはAIの更なる進化に寄与するかもしれない。こちらの夢は、退官までに取っ掛かりぐらいは掴めるんじゃないかなぁと思っています(笑)。

はしもと・こうじ ◆ 1973年大阪府生まれ。京都大学大学院理学研究科教授。専門は理論物理学、超ひも理論、素粒子論。'95年京都大学理学部卒業、'00年京都大学大学院理学研究科修了、理学博士。著書に『超ひも理論をパパに習ってみた』『「宇宙のすべてを支配する数式」をパパに習ってみた』、共著に『ディープラーニングと物理学』などがある。

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インターナショナル新書
橋本幸士『物理学者のすごい思考法』
2021年2月5日発売
定価:924円(10%税込)
ISBN:978-4-7976-8067-6
★電子書籍は4月26日配信


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