サブスク解除、暗号資産相続…デジタル遺品を考える
●歴史が浅く、法整備の途上にある「デジタル遺産」の現状
私は死と生にまつわること、特に「デジタル遺品」と「故人のサイト」について調べたり、執筆・講演活動などを行ったりしています。大学卒業後は建設工事現場で施工管理の仕事をしていたのですが、やりたいことは出版関係と死に関わることであると気付き、葬儀社に転職。死の現場を勉強させていただいた後に編集プロダクションに入り、当初はパソコンやインターネット関連の記事を書いていました。5年くらい経験を積んだ後、フリーランスに転向し、2010年頃から、亡くなった方のインターネット上のサイトを追跡調査するようになりました。
さまざまなブログサービスの運用が始まったのは2000年代前半のこと。すぐにブームが起きて、大勢の方が書いた大量のブログが生まれました。
数年たつと書き手が亡くなったまま放置されているというケースも目立つようになり、中には遺族の方が引き継いだ例も。ただ、引き継ぐ方法が分からずに困っている遺族の声もよく聞きました。「とりあえずID やパスワードを知っていたから引き継いだけれど、これが正式に認められている行為なのかは判断できない」というケースは今も少なくありません。
そこで運営側に問い合わせてみると、「規約では一身専属性により相続できないことになっているが、ご遺族の気持ちはよく分かるので暗に認めている」というところもあれば、「ブログを承継したい」というニーズを受けて規約を変更したところもありました。そうやって取材を続けているうちに、デジタルの世界には意外と曖昧で手付かずの領域が多いことが見えてきたのです。同時に、ポイントや暗号資産(仮想通貨)などのように換金価値のありそうなものについても、持ち主が亡くなった後の業界全体のガイドラインのようなものが確立されていないことにも気付き、デジタル遺品やデジタル遺産と呼ばれるものの現状も調べるようになりました。
そもそも、デジタル遺品やデジタル遺産にはっきりとした定義はありません。暗号資産のようにデジタルだけでやりとりできる資産価値のみをデジタル遺産と定義する場合もあれば、ネット銀行やネット証券の口座なども含めるという考え方もあります。また、故人のスマートフォン(スマホ)やパソコン、外付けハードディスクなどは、法的には有体物なので普通の家財道具などと同じように扱われますが、「情報」と考えた時には個々に奥行きのある特別な価値があるため、これもまたデジタル遺品であるという考え方も。私としてはとりあえず広義に捉えて、ネット銀行の残高からハードウェアまで全て含めて取材をしています。
そこで、ここではデジタル遺品の現状と対策についてお伝えしたいと思います。
●相続がスムーズに進む鍵は、故人のスマホのパスコード
デジタル遺品はそもそも見えにくいものです。紙の預金通帳もなければ、買ったものが本棚に並ぶこともありません。それでも、故人のスマホを開くことができれば、インストールしているアプリを一つずつ調べることで、貯蓄や支払いの流れなどが見えてきます。
思い出の写真を取り出すこともできるでしょうし、連絡すべき仕事関係の人の連絡先なども分かるでしょう。ただ、多くの方は自分でパスコードを設定してスマホにロックをかけていると思います。これが遺族にとっては大きな障壁になります。
iPhoneの場合、10回連続で入力に失敗したら全ての情報、メディア、個人設定を消去するように設定されていることもあるため、やみくもにあれこれ試すのは危険です。アンドロイドでも類似の機能を有している機種はありますから、こちらも気を付けたいところです。
自力でスマホが開けないのなら専門サービスを頼りたくなりますよね。しかし、それは狭き門です。ロックがかかったスマホをノーヒントで1から解析してくれる会社は、私が知るところ、日本にはデジタルデータソリューションという会社しかありません。ただし、解析には一年以上かかることもありますし、成功報酬は30万~50万円ほどかかります。最後の切り札と考えた方がいいでしょう。それだけスマホのパスコードは鉄壁なのです。
どうしてもスマホを開くことができない場合は一旦スマホから離れて、まずは目に見えるお金の動きから調べていく方が賢明です。メインバンクの入出金明細を追っていくと、光熱費などは引き落とされているけれどもインターネット回線代は引き落とされていない、といったこともあります。
定期的に〇〇証券に出し入れがあれば、証券を持っている可能性があります。郵送物を受け取れる環境にあればそれもチェックする。過去の重要書類も見返して探っていきます。その他、お葬式の際に故人の知人から「〇〇証券のアプリを使っていましたよ」と教えてもらったことで特定できたという遺族もいました。
そうして隠れている金融機関の口座の存在さえ突き止めてしまえば、あとは従来の遺産と同じです。その口座があるネット銀行やネット証券会社に遺族として問い合わせれば、マニュアルに沿って手続きしてくれます。公的な死亡証明や故人との続柄を証明する書類などを揃える必要はありますが、それは従来の金融資産と変わりありません。
●暗号資産の落とし穴に注意
暗号資産は手続きの難易度が上がります。暗号資産は交換業者のサービスを利用して運用しているケースと、個人間取引などで誰も介さずに所持しているケースがあります。前者のうち、国内の交換業者を利用している場合は国税庁が作成したマニュアルに沿って相続手続きしてもらえる可能性が高いので安心です。交換業者さえ特定できれば、あとは書類を揃えて遺族として払い戻しを申請するだけです。現在のところ、基本的には日本円に換金して指定口座に振り込む流れになります。
問題はそれ以外のケースです。暗号資産は秘密鍵というパスワードを使って売買します。誰も仲介せずに所持している場合、遺族がこの秘密鍵を自力で見つけ出すしかないのです。
秘密鍵の在りかは、インターネット上であったり、スマホやパソコンの中であったり、USBメモリであったりとさまざま。紙に印刷して貸金庫で保管しているケースもありました。こうなると生前の故人の整理整頓や資産運用の傾向などから割り出すしかありません。
そんなに面倒なら、「見つかればラッキーくらいに思っておこう」と考えたくなりますが、何らかの条件が重なって故人の暗号資産を国税庁が察知することもあります。もしそうなったときに秘密鍵を把握できないと、厳しい状況に陥ってしまうかもしれません。
暗号資産も相続税の対象となります。多額の暗号資産が残されていたら、他の財産とあわせた相応の相続税がかかるわけですが、秘密鍵を把握していなければ遺族はどうすることもできません。無用の長物に相続税だけがかかる不条理な状況になりかねないのです。
ひどい話ではありますが、18年3月の参議院財政金融委員会で国税庁の代表は「相続人が被相続人の設定したパスワードを知らない場合であっても、相続人は被相続人の保有していた仮想通貨を承継することになるため、その仮想通貨は相続税の課税対象となる」といった答弁を残しています。だから、パスワードを知らなくても容赦はされないようです。
今のところ、そうした事例が話題になったことはありませんが、逆にいえば最初の事例となる可能性は誰もが秘めている。暗号資産をお持ちの方はこうした現状をぜひ頭の片隅に置いてほしいと思います。
●暗号資産で起きる問題
自分以外にとって見えにくいデジタル環境は、へそくりの隠し場所としてうってつけではあります。しかし、それゆえに家族を大変困らせてしまう事態を招きやすいのです。
過去に聞いた中で印象深い事例がありました。とある40代の経営者の男性が亡くなり、遺族が遺産を調べているときに、会社名義で中南米の国に秘密の口座を持っていることが分かりました。彼はその口座を通じて暗号資産の取り引きをしていたようなのですが、その精算にかなりの手間がかかってしまったのです。
海外の口座を凍結するには当該国の法律の専門家に仲介してもらわなくてはならず、そのためには国内での死亡証明書などを、専門家の手により当該国の公用語に翻訳して提出しなくてはなりません。時間もコストもかかります。暗号資産は残高を0にはしにくいため、10万円分くらいが残っているようなことはよくあるのですが、当然費用のほうが大きくなります。手間がかかる上、大赤字なので、現場判断で見過ごすことも多いのですが、この方は事情があって徹底的に精算しました。
なお、最近は暗号資産に近い特徴を持つ資産としてNFT(非代替性トークン)も注目を集めています。これはトレーディングカードやアート作品のデジタル版だと考えていただければ分かりやすいのですが、カードの場合はその物体(カード)が法的に遺品として扱われるのに対し、NFTは物体ではないので、それができません。国税庁は23年1月に「個人から経済的価値のあるNFTを贈与または相続もしくは遺贈により取得した場合には、その内容や性質、取引実態などを勘案し、その価額を個別に評価した上で、贈与税または相続税が課される」と指針を示しましたが、まだ現場レベルでは実績が乏しく、道筋が整備されているとはいえない状況です。
そしてNFTも暗号資産もあまりに投機的で価値の変動が激しい側面があります。NFTの価格は21年12月〜22年1月をピークに大幅な下落も記録しています。価値が下がったままの状態が続くと、日本では十分な相続の枠組みを作るところにまで手が回らないまま放置されることになるかもしれません。ちなみにアメリカでは「改正デジタル資産への受託アクセス法(Fiduciary Access to Digital Assets Act, Revised)」という法律が46州に適用されており、そちらでNFTや暗号資産などの相続についても対応しています。
そのほか気になるのは、デジタル証券(セキュリティトークン)という新しい金融商品です。デジタル証券とは暗号資産やNFTと同様にブロックチェーン(分散型台帳)の技術を活用してデジタル化した有価証券のこと。投資家にとっては比較的少額の投資が可能なのが魅力です。
一方で、相続時に悩ましい問題も。国内で流通している多くの証券は保管振替機構(ほふり)という中央集権管理機関において所有者を一括管理しており、遺族の照会にも応じています。ところが、デジタル証券はほふり非対応。きちんとその存在を知らせておかなければ遺族に気付かれない可能性もありますから、注意しておきたいものです。
●意外と見落としがちな「スマホ決済アプリ」や「サブスク」
より多くの人に関係ありそうなのが「〇〇ペイ」などと呼ばれるスマホ決済アプリです。
主要なサービスは100万円程度までチャージできる仕組みになっていますが、現状では数十万円を保管しているケースはまれでしょう。ただ、23年春にデジタル給与払いが解禁されました。23年12月時点ではまだ大きな普及は見られませんが、やがては毎月の振り込みが積み重なって数十万円保持しているといったことも珍しくなくなるかもしれません。
そうなると、まるまる葬儀代くらいが放置されてしまうということになりかねないでしょう。PayPayやLINE Payなどには、身元の確認ができた相続人の払い戻し依頼に応じる規定ができましたが、多くのサービスではまだ個別に対応を行っている状況です。
最後にもう一つ、煩雑さの面で注意しておきたいのがサブスクリプションサービス(サブスク)の解約です。実は、私のところに来る相談でスマホが開けないことの次に多いのがこれです。基本的にサブスクは解約しないと、支払いが続きますが、遺族が解約手続きをするのは大変です。ケーブルテレビや通信キャリアのオプションとして契約した場合は、解約手続きはその通信キャリアなどの窓口でしなければいけません。サブスクを解約できない場合、多くの遺族はクレジットカードを退会したり、銀行口座を凍結したりすることでお金の流れを絶とうとするのですが、それでは止まらず、クレジットの引き落としができなければ紙の請求書が届くというケースも相次いでいます。月額数百円のサービスであったとしても、止める時の手間は大変なものです。
では、これらの問題をどうしたらいいか。まずは、いざというときに備えて、スマホのパスコードを家族に伝える手段を用意しておくことです。
●年に一度、SNSなどのサービス見直しを
私のおすすめは「スマホのスペアキー®」。名刺大のカードに油性ペンなどでスマホのパスコードを書き、修正テープでマスキングしておくだけです。預金通帳などと一緒に保管しておけば、平時は安全性を確保しつつ、何かあったときには家族が修正テープ部分を削ってパスコードを確認できる。
ポイントは修正テープが1枚だけだと透けてしまうので、何回か重ねておくこと。あと、白いカードだと裏側が透けてしまうこともあるので、両面に修正テープを走らせておくといいですね。
あとは、年に一度の大掃除のときに、サブスクやSNSなどのサービスの見直しを行うことも大事。要らないものは随時整理し、残したサービスのIDやパスワードなどは証券口座や銀行口座などのアカウント情報と一緒に紙で管理しておきましょう。万が一のときに遺族に手間をかけないためにも、本人がちゃんと整理しておくことが一番合理的です。
もう一つ、スマホに関しては「万が一のときは家族が踏み込む」という心算をしておくことも大事です。実際、ご遺族がお金関係、仕事関係、あるいは思い出関係の情報を探すためにスマホを開けてみたら、家族の知らない顔が現れたりするということはざらにあります。家族に知られたくないやりとりは普段よく使っているLINEやチャットなどと一緒のところに入れないとか、見られたくないものは見えないところに隠しておくといった配慮は必要でしょう。自分の死後に残るのはSNS も同じ。X(旧ツイッター)のサブアカウントなどで普段とは違う自分の姿を見せている人もいるかもしれません。それらの顔も、万が一のときを想定して管理しておいた方がよいでしょう。
亡くなった後もそのままの状態で残すことができるのがデジタルデータ。それを遺族が勝手に消去したり、反対に利用したりすることの是非についてはさまざまな意見があります。今後はそれをどうしていくかなどを論議できる機会をもっと増やしていく必要があるでしょう。■