第3回 日本人はなぜ「アニメ顔」が好きなのだろう(前編)
みなさんはアニメの登場人物の顔が好きですか?
私は、初期のディズニー映画や手塚治虫のデフォルメされたキャラクターは、曲線で描かれた顔のバランスがよくて好きでした。
しかし、そこから進化した、現在のアニメの顔は目のデフォルメが強すぎて、そのせいか個性もなくなって見えて、まるで記号としての顔が描かれているのではと感じています。
「不気味の谷」
これは私の年のせいで、アニメ好きの方には申し訳ないですが。ただ、最近のアニメは人物以外の描写、たとえば街の空気感や雨や風といった天候の変化など環境の表現に比重がいっているようです。風景描写は圧倒的にリアルになりました。顔の表現についても、革新的な表現ができないものかとも思ったりします。
進化した風景描写のように、顔の描写もリアルさを追求したらいいだろうと思われる方もいるかもしれせん。しかし人の顔は特別です。
コンピュータグラフィックスが普及して以来、合成した人の顔を使った表現は何度も挑戦されてきたものの、ことごとく失敗に終わっていると思います。
2009年公開の「アバター」で、リアルに合成された異星人の顔が受け入れられたことが、ぎりぎりの受容といえましょう。ただしそれは人間とは違う、動物っぽさをミックスした、見たことのない種と設定したことが、成功の秘訣だったのではないでしょうか。
「見たことのない種」というのが、ポイントです。そうでなければ、「不気味の谷」へと落ちたことでしょう。
アニメで人の姿をデフォルメして表現するのは、この「不気味の谷」を回避するためです。コンピュータグラフィックスやアンドロイドなどで作られた人らしき容貌を見せられた時、その姿かたちが人に似れば似るほど、肌がすべすべすぎるとか、毛穴が見えないとか、整いすぎた部分に違和感を持ち、薄気味悪く感じられます。
この、人工物が人に近くなればなるほど気味悪く感じられることを「不気味の谷」と呼ぶのです。
人の容姿をよく把握しているからこそ、その落差に敏感で、それが人に近ければ近いほど、偽物の不気味さを強く感じるのです。人の偽物に不気味さを感じる一方で、顔のつくりからは到底ありえない大きな目を持った不自然なアニメ顔を不気味に思わないのは不思議なことです。
イスラム圏にまで輸出された「コスプレ文化」
日本で進化したアニメ顔は、世界に普及しています。アニメ顔は、目が大きくて鼻が小さいという日本人の理想がてんこ盛りです。この日本人の顔の好みが、世界の国々にこれほど受け入られている。それこそが、すごいことだと思うのです。
仕事で一緒になったフランス人研究者から、「キャプテン翼」に夢中になったと言われて驚いたこともありました。日本のアニメは世界中に広がっていますが、アニメの登場人物になり切る「コスプレ」のイベントも、アジアの近隣諸国だけでなく、北米やヨーロッパにも広がっています。
戒律の厳しいイスラムの国々にまで普及しているのは、ちょっとした衝撃でした。女性の髪を隠すヒジャブを髪の代わりにアレンジしたコスプレは、インターネットでも話題になっています。
『鬼滅の刃』のグループコスプレ。マレーシアのコスイベにて
©東京外語大学 床呂郁哉
こうした現状を調査している文化人類学者が驚いているのは、男女の性役割が厳しいイスラム圏の国で、自身の性を越えたコスプレが行われていることです。
つまりコスプレは、自身の容姿や性を越えた姿になれる自由を与えてくれるのです。日本発信のコスプレによって、ジェンダーやさまざまな文化の縛りから解放されている事実は、改めて考えると画期的なことではないでしょうか。
さて話をコスプレの対象であるアニメに戻すと、子どもっぽい顔が好きなことは日本の特徴です。アニメやコスプレ好きの日本のアニメ文化を受け入れている外国人は別として、日本以外の国では、子どもっぽい顔がよしとはいえなさそうです。
日米の「ドール」観を考える
日本と欧米の好みの違いを改めて考え直すため、日本と欧米の代表的な人形の姿を比較してみましょう。リカちゃん人形とバービー人形です。
丸顔で大きな目、鼻と顎の小さいリカちゃん人形は、日本人好みのアニメ顔に通じるものがあります。ちょっと幼い感じで、ふっくらした頬におちょぼ口も特徴です。対する切れ長の目でうりざね顔のバービー人形は、少々生意気なティーンエイジャーの女の子という雰囲気で、スタイルもよいです。
日本人からすると、歯を見せてにっこり笑っている口は大きめに感じられます。リカちゃん人形になれた目から見ると、少々いじわるにすら見えてしまいます。つまり日本は幼い風貌のリカちゃん、一方の欧米は成長したバービーという対比があるのです。
しかし日本のリカちゃん人形の歴史をたどると、最初からバービー人形と対照的な風貌をしていたわけではないこともわかります。1960年代に発売された当初の風貌は、むしろバービーに似ていたようなのです。それが日本の市場の中で、だんだんと子どもっぽくかわいらしく発展していったのです。
この日本の市場の変化は、子どもっぽいキャラクター商品が大人に受容されるようになっていく状況と連動しているようにみえます。
日本人が好むかわいらしいキャラクターは、古くは「鳥獣戯画」の動物たちにもさかのぼることができそうで、それはそれですごいことです。ただしそれがキャラクター商品として大人が堂々と使用するかは別の話でしょう。
たとえばサンリオの製品でいうと、世界的にも有名なキティちゃんの前身として、水森亜土のかわいらしい女の子のキャラクターやピンクのイチゴ柄などがありました。1970年代頃の女子高校生も、小学生の子どもが持つようなイチゴ柄のハンカチや下敷きを持っていたようです。ただしそのころは、子どもが持つようなキャラクター商品を高校生になっても手にすることに、親たちが渋い顔をしていたようにも思うのです。
1970年代よりも以前は、子ども向けの商品は、大人が堂々と持つものではなかったようにみえます。おそらく、子ども向けと大人向け商品の間に、はっきりとした境界があったのでしょう。それがキティちゃんを筆頭としたサンリオのキャラクターが一般化するようになり、幅広い世代に受け入れられた。それはサンリオが生み出した、新しい日本文化ともいえるのではないでしょうか。
さてリカちゃんとバービー二つの商品の違いは、日本と欧米で魅力として求めるものの違いを反映しているように思えます。欧米が成熟した魅力を求めるのに対し、日本ではかわいいに象徴されるような、未熟さやあどけなさに魅力を求めている。それが証拠に、日本ではアイドルも女性アナウンサーも若さが喜ばれますが、欧米のアナウンサーや女優が年を重ねることによってさらなる魅力を増すのとは対照的です。
日本では妖怪(アマビエ)さえも「かわいく」なってしまう
この対比からすると、日本以外の国でアニメ顔が受け入れられているのは、不思議だということになります。
おそらくアニメ好き以外の海外の人々には、アニメ顔は理解しがたいのかもしれません。どちらかというと、日本の方が独特なのです。欧米や近いはずの韓国でも、日本以外の国々では「美しい」は賛美であっても、対する「かわいい」は必ずしも賛美とはいえない形容です。かわいいには、多少の軽蔑や否定が含まれます。(この話、続く)
山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
★〈山口真美研究室HP〉
★ベネッセ「たまひよ」HP(関連記事一覧)