「イラストレーター・江口寿史」の出発点
2021年3月30日、新宿LOFT/PLUS ONEにて江口寿史美人画集『彼女』(2021年3月10日発売)の刊行を記念して、江口寿史先生、美術評論家の楠見清先生、タレントのぱいぱいでか美さんによる配信トークイベントを開催しました。
いよいよ最終回を迎える今回は、イラストレーターとして初めての仕事はどんなものだったのかについて。
そして江口先生の、編集者的・デザイナー的視点についてお話いただきました。
仕事が仕事を呼ぶ
質問5
「初めて依頼のあったイラストのお仕事はどんなものだったのでしょうか?
また、いつ頃でしたか? そのときのお気持ちも交えて教えてください」
江口寿史(以下「江」):初めてイラストの依頼をくれたのは矢作俊彦さんっていう作家さんで、『さまよう薔薇のように』(1984年 光文社)っていうハードボイルド小説の装丁でした。
「全部任せるから、デザインもやってくれ」って感じで。それが最初ですかね。
ぱいぱいでか美(以下「で」):お願いされたときは、どう感じたんですか?
江:そのときは新しい仕事っていう感じで、「やったぜ〜!」って嬉しかったですね。「本一冊、全部やっていいんですか?」みたいな。
この本、表紙でピストルが見切れてますけど、背表紙と裏表紙にそれを構えてる女性の絵が続いてるんですよね。見開きで一つの絵っていう。
楠見清(以下「楠」):矢作さんはどうして江口さんにお願いしてきたんですか?
江:矢作さんはね、マンガが好きなんですよ。もともとマンガ家出身で、大友(克洋)さん作画の『気分はもう戦争』(1982年 双葉社)の原作もやってます。
すごく目が早い人で、「こいつは!」って思う漫画家を見つけては組んだりね。その延長だと思うんですけど、とにかくなんの注文もしないで頼んできて。中身も読まずにやっちゃったんですけどね(笑)
楠:きっと、矢作さんが江口さんの絵のなかにハードボイルドの要素をなぜか嗅ぎとったってことですよね。
江:そうですね。無国籍な感じのイラストにしたんですけど。すごく喜んでくれて。それが最初ですかね。
で:このお仕事をされてから、イラストのオファーが増えたんですか?
江:増えましたね。何かひとつやると、仕事が仕事を呼ぶっていうか。
これを見てまた頼んでくれる人がいるし、「ああ、江口さん、こういうのもやるんだ。こういう絵も描けるんだ」みたいに思ってもらえる。
楠:江口さんをイラストレーターとして発見した人、第1号は矢作さんですね。
現在をつくったファーストステップ
江:それ以前も『バラエティ』(1977~1986年 角川書店)って雑誌でカットみたいなのは描いてたんですけどね。それは知り合いの編集者に「ちょっと描いてくんない?」みたいな感じで言われたんですけど。
楠:カットとイラストレーションって違いますよね?
江:そう、違うんですよ。しかもそれだけじゃなくて、矢作さんの依頼はデザインも任せてくれるって言うから、カバーや本文の紙も全部僕が選んで。スピン(しおり紐)の色も決めたっけ。本を作るって言っても、いろいろあるんですよね。
そうだ、背表紙のタイトル文字も横書きにしたんです。当時あんまりなかったと思うんですよ。「横にしていいですか?」みたいなことを言った覚えはありますね。
楠:この仕事ではイラストレーターであると同時に、デザイナーっていうか、アートディレクターでもあったわけですよね。
その後の江口さんの方向性を、どう踏み出していくかっていう、そのファーストステップを作った仕事になったと思いますね。
制約が生むアイデア
で:全部任せてもらうお仕事の方が、やりやすかったりするんですか?
江:それはそうですね。本の場合はサイズがいくつか決まってるんで、全部最初にサイズを訊くんですよね。
騙し絵じゃないけど、裏を見るとまた違う印象を与えるみたいな、そういう仕掛けを考えるのが楽しいですね。
楠:矢作さんの本はカバーの折り返しにも仕掛けがあるので、開いて見て、カバーを外して見て、みたいに楽しめますよね。
江:僕はフォルムを最初にもらわないと、発想できないんですよ。何センチ×何センチってのいうのをもらって、はじめて主人公をちょっとズラして描くとかって発想が出てくるんで。
それすらもなくて、「まったく自由にやってください」って言われたらさすがに困る(笑)。
ところが最近、ネットの仕事だとそれが本当にないこともあるからね。「適当に描いてください」って言われて、困るんだよねぇ(笑)。フォルム決めてレイアウトするのがおれの絵の肝だと思ってるんで。
江:このあいだの『東京人』(2021年4月号 都市出版)の表紙も、「東京人」っていうロゴを白にするって自分で決めてて。空の青に白字で「東京人」。あとは絵を斜めにしようっていう形だけ最初に決めたんですよね。
デザイナーが文字色をいろいろ提案してきたんですけど、けっきょく白が一番良かったっていう。そんなこともあって、デザイナー的な目線も昔からあるのかなと感じますね。
「自由に描いてくれ」って言われたら、できなかったと思う。「あとでこっちでレイアウトしますから」って言われても、こうはならなかったですね。
楠:そのあたり、職能的なデザインの腕とか知識だけじゃなくて、やっぱりセンスだと思うんですよ。
江:そういうのばっかですよおれ(笑)。
楠:『進め!! パイレーツ』の扉絵もセンスで固められてましたよね。マンガでありながら、マンガっていう領域を超えていた。
そういうことをしてたのが、デザインとかイラストレーションっていう水を与えられたときにサーッと流れ出していったみたいな、そういう瞬間だったんではないでしょうか。
今後の「彼女」たち
で:みなさん素敵な質問をありがとうございました。あっという間の2時間でした。
最後に、画集『彼女』に関してなにか言い残したことないですか?
江:そうですね、もっと買って欲しいですね(笑)。これ本当に、良い画集なんで。
絵もそうなんだけど、僕がよく言ってる「闇太郎」っていう居酒屋のマスターが、楠見さんの文章もすごい褒めてました。
「今回の画集は絵も良いんだけど、文字も良い」って(笑)。
楠:展覧会場の案内のために寄せた文章を小扉に収めていただきました。ほかにも展覧会場では江口さんの名言を展示しているんですが、それも一緒に掲載されてますよね。
楠:それによって作品を会場で見るのと同じような読み解き方ができる作品集になっているし、あるいは展覧会場で作品を見るのとは違った読み方もできると思うんですね。
その意味ですごく新しいし、読むたびに発見がある作品集だなって僕も思います。
江:うん。図録としても完全に役割を果たしてるし、画集としても楽しめると思うんで。もっとたくさんの人に読んで欲しいですね。
楠:展覧会もまだまだ巡回していくんですよね?
江:夏は旭川ですね。それで秋は熊本。熊本でまたやれるのが嬉しいです。僕、熊本出身なんですよ。
「江口寿史イラストレーション展 彼女」
7/10(土)~9/5(日)北海道立旭川美術館にて開催!
楠:作品もどんどん増えていく。
で:楽しみにしてます。というわけで、本日はありがとうございました!
江:ありがとうございました。
――こちらの連載は今回で終了となります。
ぜひ、過去記事も改めてご覧ください。ご愛読ありがとうございました!
『彼女』江口寿史
初収録作品40点以上を含む350点以上の作品を、
女性イラストのみで構成した美人画集!
定価:4,950円(10%税込)
仕様:B5判オールカラー 288ページ
ISBN: 978-4-7976-7385-2