コの十九 有楽町「日の基」 加藤ジャンプ「今夜はコの字で~全国コの字酒場漂流記~」
■ちょっとした居酒屋博物館
JR有楽町駅の日比谷口の改札を出る。左右に延びるガード下には、まだかすかに戦後が残されている。そこに並んだ店のほとんどは今風になっているものの、とりわけ、昭和のそれを色濃く残している店を探せば、すぐにそのコの字酒場は見つかる。
「日の基」という。
道路から何段か階段を降りる。といっても地下というほど深くない。半地下と呼ぶにはちょっと浅いくらい。階段の脇には小さな厨房があって、その奥に大きなコの字カウンターがある。カウンターの周りにはテーブルが何席かあって、天井は低く、入り口は一つだけで、どこにもつながっていない。つまり、穴の中なのである。
すこし前に流行った映画『ロード・オブ・ザ・リング』の主人公は、ホビットと呼ばれる種族で人間よりいささか背が低く、横穴式の、トンネルのような住居に住んでいる。原作にしっかり書かれているが、彼らの住居は、じめじめせずに快適なのだという。子どもの頃、横穴式で快適な空間など存在し得るのかと疑っていた。しかし、日の基を訪れて合点がいった。日の基というコの字酒場、穴の中だがすこぶる居心地がいいのだ。
初めて訪れたのはいつのころだったか。有楽町のガード界隈を歩いていれば、そこに必ずあって、飲兵衛にとっては控え目なランドマークのような店になっている。いつ行っても目につくのも当然で、戦後すぐから営業し続けている。もともと、このあたりのガード下の空間は、復員兵のための宿舎として利用されていた。それが払い下げられて民間の人たちが店を開いた。そのうちの一軒が日の基だ。といっても、その頃からつづいている店は日の基と隣の「新日の基」くらいしかない。
「ぼくが知ってるかぎりはほとんど中身も変わってないんですよねえ。従業員に外国の人が増えたくらいで、ほんとに、この店ってなんにも変わってないんですよ」
笑い声が清々しい三代目主人は西澤吉樹さん。祖父が開いた店を1995年に継いだ。大学を卒業して、まったく違う業種でサラリーマンをしていた人だ。軽妙な語り口で忙しく動き回り、前かけも背広も似合いそうな雰囲気はそういうところに所以があるのかもしれない。
言われてみてあらためて見回すと、この店、たしかに変わった様子がほとんどない。床から天井まで、ここまで隙なく隅々まで昭和の香りをまとった空間は、作為的に作ろうと思っても絶対に無理だ。入り口の低さ(ドラマ『今夜はコの字で』の吉岡役・浅香航大さんは背が高いから背中を丸めて入店するシルエット、きっと格好いい)。階段から床のコンクリートは、長年人々に踏まれて磨き込まれて、まるで城郭の石畳のように艶めいている。低い天井。茶色の建材をステンレスでトリムしたカウンターはコの字の端がわずかに巻き込んでいて、文字の形に厳格な教師なら「これはロとコの中間です」と言いそうな形のカウンターは、
「いつから、これなんですかねえ」
と、西澤さんが笑うくらい古く、店主ですら設えた年もわからない。兵隊の宿舎だった時代には、壁にそって畳の空間があったそうだが、それは復員兵用の宿舎時代の名残りで、その畳の上で復員兵たちが体を横たえて休んだのだという。いま、そうした畳があったところにはテーブルと、背もたれのない、使い込まれてピカピカになったベンチが置かれている。このベンチもテーブルも酔っ払いが座面で揺れると一緒になって揺れる敏感仕様で、やはり、いつから使っているのかわからないのだそうだ。ここは、ちょっとした居酒屋博物館である。
■「猫ビジョン・エフェクト」
コの字カウンターの角に陣取って腰を下ろし一杯目のビールを注文。ほどなくして運ばれたそれを、かーーーっと、言葉より雄弁な、飲兵衛ブレスを深くついてグイッとやる。ジョッキを半分飲み干して、茶色の粋な天板にガラスの底がついた刹那、
「あ!」
と声をあげてしまった。もちろん年代物のスツールは古いのに座り心地は良いし、肘の高さとカウンターの関係も安心感があって、座っただけで気分が良いことは間違いない。でも、声をあげたのはそのせいではないのだ。すーっと吹き込む風があって、その先に視線を向け、ハッとしたのである。
この店は半地下構造で、入り口は店の床よりも何段か昇ったところにある。腰をおろすとその入り口の下半分が見えて、いつも開けっ放しのそこから外の光景が見えるのである。歩いている人のちょうど腰から下と車のドアとタイヤのあたりが、四六時中その入り口のあたりでチラチラと動いている。
四角い画面のなかで、いつも足元が見えて顔が見えない。そんな構図をずっと昔から知っている。なんだろうと思ったら、トムとジェリーである。つまり、この店に来て、コの字カウンターの良い場所に陣取ると、誰でも猫目線になれる。酒好きは猫好きも多い、という断定は、日ごろ飲兵衛たちと交流して会得したものだが、このコの字酒場が、ただでさえ居心地がいいのに、いるだけでやけに愉快な心持ちになれるのは、この「猫ビジョン・エフェクト」のせいなのだ。
そんなことに気づいて興奮していて、まだ注文していないことに気づき、メニューに目をやった。相変わらず豊富な品揃えだが、西澤さんは
「コロナでだいぶ減ったんですよ」
という。場当たり的な対策ばかりがつづき、客足が読めない未曾有の事態に、無理な仕入はできない。当然である。といいつつも、酒と肴で50を超えるメニューがある。十二分に充実した態勢だ。
この店では、客が猫目線になれる猫ビジョンという驚くべき新発見があったので、まずは刺身からはじめることにした。目に飛び込んできたのはイサキ刺と〆さば。梅雨イサキなどと呼ばれ5月から7月頃が旬のこれを食べないわけにはいかない。地方によっては、骨が硬いことから「鍛冶屋殺し」などとも呼ばれているこの魚は、ジャンプ殺しでもある。私は、イサキに目が無い。
そして〆さば。アレルギーなどをのぞいて、世の飲兵衛で〆さばを嫌いな人はいるのだろうか。西澤さんにさっそく注文した。
「こどもの頃から、ここには出入りはしてましたけど、接客も料理も本格的にやりだしたのは、継ぐと決めて会社をやめたときからですねえ。母がなかなか厳しめの人だったんで、鍛えられました。はじめはキャベツの千切りを毎日やったんですが、さあ、何個切ったんでしょうね……その後は、小さい魚をさばくようになって、徐々におぼえたんですよ」
笑ってふりかえる西澤さん。料理人のキャリアをスタートするのに20代半ばは決して早くはないが、運ばれてきた刺身は、その腕前を密かに主張するように、まず見た目から麗しい。鮮度の良さを裏打ちするように、きらきらと美しいイサキ。きりっとした断面は、包丁人の腕の良さの証だ。猫でなくても、我慢ならない、けしからぬ佇まいに、電光石火と箸をのばし、パクリ。一噛みしたそばから、イサキはねっちりとした歯ごたえのなか、出汁たっぷりの汁をあふれさせる。爽やかながらグッと輪郭のはっきりした味わいは、上品な脂のなせるわざ。良い魚をあつかっている。先代の頃から、ずっと懇意にしている魚屋から仕入れているそうだ。伝統、とはこういうことを言うのだろう。
〆さばは、こちらも、今風ではなく昭和のしっかしたシメ加減。さりとて酸っぱすぎて酒の邪魔をするなどということもない。寄り添うような〆さばである。他の食べ方をしたら、じゅわっという脂が飛び出しそうなむっちりしたさばをしっかりシメて、さっぱりと仕上げたそれは、瞬く間に残りのジョッキを空にさせた。
「七十何年やってて、全然変わってないのは、もつ煮込みと肉どうふですね」
なるほどと頷いていると西澤さんが、「あ!」と、つづけた。
「前はカウンターのなかの寸胴でずっと煮込みを温めてたんですけど、コロナで厨房にひっこめちゃいました。ここは変わりましたねえ」
たしかに、カウンターのなかで湯気をあげていた記憶がある。疫病は、マスク姿をはじめ街の景色を一変させたが、コの字の内側まで変えてしまっていた。ただ、西澤さんは、そういうことを口にするとき、ちっとも沈んだ顔を見せない。あくまで軽妙なのだ。こっちまで気分が明るくなる。
■日の基のお客さんは、ぜんぜん様子が変わらない
運ばれてきたもつ煮込みは、これぞ煮込みという姿をしている。濃すぎない味噌の色。よく煮込まれて、軽く色づいたモツ。いくつかの部位が一緒にはいっていて、窮屈そうにしている。要するに盛りが良いのである。ありがたい。真ん中に綺麗に盛られたネギもいい香りをたてている。相棒には芋焼酎のソーダ割りをたのんでおいたので、こちらも準備万端。レンゲでネギごとごっそり口へと運ぶ。ほのかな味噌の香りのなか、ネギの刺激がはじける。そして、口にふくんだモツをぎゅっと噛むと、あっさり、ホロホロと崩れていく。崩れながらほとばしる汁には、野趣がありながら後味は意外なほどあっさりしていて透明感がある。モツを噛むとモツから出たスープと煮汁とが混然一体となる。旨い。やおら、芋ソーダと口内でペアリング。思わず、ビューティ・ペアの「かけめぐる青春」を歌いたくなる。
ついであらわれた肉どうふ。昭和の肉どうふというと、すぐに宮崎駿監督の『風立ちぬ』で主人公たちが食べていたのを思い出すが、ここの肉どうふは丼ではなく小鍋にはいっている。薄切りの豚肉、木綿豆腐、ネギ、えのきだけ、それにかまぼこがのっている。このかまぼこが、紅い蒸し板で、一気におめでたい気分になれる。まずはレンゲで汁を味わう。すうっと出汁と醤油のバランスのいい味が広がり、背後にほんのりと甘みが顔をだす。豚肉とえのきをいっぺんに口に運べば、えのきから汁気があふれ、むにゅっという豚の、そして、しゃきっとしたえのきの歯応えが最高に心地いい。ネギは、やわらかく万病に効きそうな仕上がりで、これだけでも、冷やで二合は軽い。
こうなると、もう一つの主役、木綿豆腐への期待もいやますばかり。やおら箸で半分ほどに割ってパクリ。熱い。表面に煮汁のいい味がしみている。なかは、豆腐の素朴な香りとコクがさえる。良い。で、満を持して大切な紅いかまぼこをいただく。あたたかい汁のうえでちょっとだけ柔らかくなっている。かまぼこはプリンプリンこそ正義である。だが、雑煮や煮物に入ったかまぼこにかぎって、思いきって麩ぐらいに柔らかくなっていてもイケる気がするから不思議だ。で、このかまぼこは、そこまでふにゃりとはせず、いい塩梅。バントが上手い2番バッターみたいに肉どうふというチームのなかで、良い仕事をしている。西武の田辺徳雄や奈良原浩を思い出しながら、私はこのかまぼこを咀嚼した。
つくづく良いコの字酒場である。
開店の5時からすぐに客がはいってきて、いつの間にかいっぱいになっている。一人で来た若い女性は、さっと飲んで夜の有楽町へ消えていった。また一人でやってきた常連の女性は、3本のった春巻きを平らげ
「朝昼抜きだったんで」
と笑った。肩の力がぬけた飲兵衛がそれぞれに楽しんでいる。かといって手練ればかりというのでもない。初めて来たというフレッシュな雰囲気の人もいて、そういう人も、この店のなかに入ると、どこかベテラン風な所作に自然になっている。おもしろい。知り合いは会釈をし、時に会話をかわす。折々に西澤さんがやってきて、一言二言、言葉をかわす。ちょっと笑い声がおこる。恬淡としながら快活、そんな雰囲気に満たされている。
しみじみとしていたら、同行した編集のKさんがサワーのコップをたおした。別に声をあげたりせず、すぐに二人でタッチアップしたのだけれど、こういうことがあると、なぜか店中が気づいて静まり返ることがある。ところが日の基のお客さんは、ぜんぜん様子が変わらない。それでいて、黙っておしぼりだけ差し出してくれたりする。西澤さんも全然あわてないし、カウンターのなかで、忙しくしているスタッフの女性もニコニコしながら片付けてくれるだけ。こういうところが、また、この店のいいところである。
常連さんが食べていた春巻きだが、メニューを見ると漢字ではなく平仮名で「はるまき」であった。春巻きも平仮名表記にするだけで、どこかおばんざいっぽくなる。そんな平仮名はるまきを常連さんが食べる姿があまりにおいしそうだったので、これも追加した。すぐに出てきて熱いのをガブっとやる。あんは、オーソドックス、皮はパリパリ。正しい。思わず相棒に生ビールを注文して流し込む。
一段落したようなので西澤さんにコロナ禍のことを聞いたら、
「継いだときに、いきなり地下鉄サリン事件があって、そのときも客足がガタッと落ちたんですよね。リーマンショックも、このあたりはもろに影響がありましたし、そのあとは、震災でやはり人が来なくなって。それでコロナが来たわけですけど、まあ、大変なときってこうやって、時々やってくるんですよね」
あかるくふりかえるが、きっと想像を絶する苦労があったはずだ。もともと、この店が開くまでも紆余曲折があったらしい。西澤さんも直接見聞きしたわけではないが、創業者である祖父は、三重から上京して、もともと浅草界隈で飲食店を開いていたという。何店舗かやっていたらしいのだが、その後、いろいろあって、このガード下に落ち着いた。二代目に代替わりするとき、日の基と新日の基という2つの店にわけ、兄に新日の基を、弟である西澤さんの父に日の基をまかせた。隣もいまは三代目にかわったが、親戚同士仲は良い。ちなみに、新日の基は従妹の夫が店主を勤めていて、彼は英国・レスターの出身である。あの岡崎慎司が活躍してプレミアリーグを制覇したレスター・シティFCの本拠地だから、日本人にも最近は馴染み深い。
■「1つや2つじゃ面白くねえなあと思って」
だいぶお腹も満たされてきて、煮込みの残りの汁をツマミにしはじめたころ、
「でも、いまだに、むかねえなあと思いますよ、この仕事」
西澤さんは、意外なことをあっさり口にした。どう見ても天職という雰囲気なのだが、もちろん当人にしかわからない境地があるはずだ。だが、そんなことを言ってるそばから、あっちこっちの常連さんと、静かに談笑してまわっている。やっぱり天職である。
〆るにはまだ早いが、なにか口にしたくなって、また壁のメニュー札を見たら、すごいものが目に飛び込んできた。
「目玉やき(5玉)」
目玉焼きは酒場ではよくあるツマミだ。しかし、問題は「5玉」である。たいがいの目玉焼きは一つ目のサイクロプス。5玉なんて、百目とか百目鬼と呼んでもさしつかえあるまい。思い切って注文した。
こういうちょっと変わったメニューを注文すると大騒ぎになる店がある。そこまで騒ぎにならなくても、なんとなく店内が騒然とすることは珍しくない。ところが、やはり日の基は、小波も立たないのであった。平熱というのではない。すでに、あったまってほどよく賑やかな店内が、何ら変わらず同じトーンを維持しているのである。素敵だ。
落ち着いた店の雰囲気そのままに、あっさりと目の前に出された目玉やきは、想像通り5つ目だった。ちょうど梅の花のように5つの目玉がぐるりと輪を描くように1つの目玉やきを形成している。決して変わってはいない。だが圧倒的に存在感がある。見たら何かに変身してしまいそうだ。これを、1つずつわけて食べる。美味い。ごくフツーの目玉焼きだけれど、これをいっぺんに5つ食べるのは、やはり豪気だ。いつもの1つ目の目玉焼きが火縄銃ならこれはガトリング砲だ。迫力は味なのだ。なんだかとんでもなく旨いものを食べているような気がしてくる。このメニューは伝統の一品ではなく、西澤さんが開発したものだ。どうして、こんなにもパワフルなメニューを考案したのか聞いたら、
「いやあ、1つや2つじゃ面白くねえなあと思って」
やっぱりあっさりしている。
すっかり満足してお勘定をすませるとき、ふと、あの、半地下の、足元が見える入り口の景色を見た。もうすっかり陽が落ちて、景色の輪郭があいまいになっていて美しい。入り口の、その限られた景色にソール・ライターが宿っている。再開発はそこかしこでおこなわれているけれど、ここはずっと同じだ。
「ヨーロッパみたいに長いスパンでいろんなものが活かされるといいですけどねえ。有楽町もあちこち変わるから。ま、いろんなところが変わってしまうけど、うちはこのまま変えずにいきますから」
けっこう熱い話だけれど、やっぱり西澤さんは、ケロッとした表情で口にする。しみじみと良く、それでいてあっさりしている。その気風は、そのままこの日の基というコの字酒場の気風になっている。
こんなコの字酒場が東京のど真ん中にある。広い東京のなかで、ポツンと生き残っている。東京が再開発ばかりでのっぺり無表情になっていくなか、なんとか個性を保てるのは、こういう、活かしたホクロみたいな店があるからだろう。