人物スケッチをする江口寿史が見ているもの
2021年3月30日、新宿LOFT/PLUS ONEにて江口寿史美人画集『彼女』(2021年3月10日発売)の刊行を記念して、江口寿史先生、美術評論家の楠見清先生、タレントのぱいぱいでか美さんによる配信トークイベントを開催しました。
江口先生がでか美さんをライブスケッチをしながら、人物を描く時の手順や、マンガの描き方の変化について語ってくださいました!
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人物スケッチはどこから描くか
楠見清(以下「楠」):江口さん、いまみたいに目で見て描くのと、何も見ないで描くのだと、やっぱり描く順番って違うんですか?
江口寿史(以下「江」):違いますね。
楠:前髪から始まって、両目を描かれて、そのあと輪郭に行かれましたけど。
江:普段モデルなしで描くときは輪郭からなんですけど、生身の人はその都度動いたり変わったりするので、比較的動きのない箇所から描くかもしれないね。口とか目とか、しょっちゅう動いてるんですよね。
ぱいぱいでか美(以下「で」):動いちゃいますね。
江:ね。話しながら描くんで、こっちの言うことに対して返事するときに必ずこっち向くんだよ(笑)。だから「あ〜じっとして、声だけで返事して」とかって言うんですけど、難しいんだよね。
で:反応しちゃいますよね。いまの私みたいに、「畳のあの線を見る!」って決めたりしないとどうしても動いちゃいそう。
楠:逆に、モデルの人とお話しすることによって、描きやすくなったりということもあるんですよね?
江:あるある。その人の表情が出てくるんで。最初はみんな表情が硬いからね。「あ、そっちの顔の方がいい」っていうのがね、途中で出てくるんですよ。
それで「そっちの顔して」って言ったりするんだけど、本人はどの顔のこと言ってるかわからないから、それもまた難しいんだよね。
欲しい表情がまた出てくるまで服の模様を描いたりするのは、ある意味逃げてるっていうか(笑)。
で:ははは(笑)。
江:模様はさ、似てなくてもいいじゃない?
それを描く間に、ペンを慣らしてるっていうのもあるんですよね。安全パイのところを描くことによって、ペンを慣らしている。
楠:決めのパンチを打つんじゃなくて、ジャブを打ってる感じですね。
江:そうですね。様子を見ているというか。真剣勝負なんで、こっちも緊張するんですよ。
楠:ライブスケッチに使うボールペンって、失敗が許されない画材ですからね。画材っていうか文房具ですよね。
江:そうなんですよ。
楠:もともと文字を書くために設計されているから、絵を描くためのものじゃないですよね。でもひょっとしたら、そこが良いんじゃないですか?
江:そうですね。
楠:それってなぜなんでしょうね。均一に線が引けるから、とか?
江:そうそう。あと最近のボールペンはボタらないんですよね。だから絵を描くのにも使えるようになってきて。昔は必ずと言っていいほどボタってたじゃないですか。
楠:インクがダマになって引っかかっちゃう、みたいなね。
江:そうそう。今やボールペンでマンガ描く人もいますからね。
で:へぇ〜、すごいですね。
楠:考えてみたら、カブラペンも元々は文字を書くための筆記具ですよね。
江:そうですね。そもそも絵を描く人なんてさ、特殊な人しかいなかったじゃない。
楠:歴史的に、絵は筆で描くものだったんですよ。字にしたって筆で書いてた時代があるわけですよね。
そう考えると、絵を描くときのツールと字を書くときのツールは、もともと一緒だったわけだから、いまも一緒でいいんですよね。あるときから分かれていってしまったということでしょうね。
変化した「マンガ家入門」
江:昔は「ボールペンで描くなんかとんでもない」って言われてましたからね。「必ずつけペンで描くように!」みたいな。
楠:「マンガ家入門」みたいな本を読んでも、「まずつけペンに慣れる」とか、そういうところからでしたよね。
江:そうですね。いまは自由でいいですね。
で:基礎として「つけペンから始めろ」っていうのは、なぜだったんでしょう?
江:手塚治虫先生の時代からの、ただの慣習だと思います(笑)。最初にそれを破った人がいたんですよ。
鳥山さんが『Dr.スランプ』でミリペンで描いた週があって、コソコソ言ってましたからね。「内緒にして。今回ミリペンで描いちゃった」って(笑)。
で・楠:(笑)。
江:それを聞いて「マジで!?」って驚くような時代でしたからね。あと、あるとき秋本治先生が、僕がヒィヒィ言ってんのを見かねて手伝ってくれたことがあって。秋本プロ総動員で手伝ってくれたんですよ。
そのときに秋本先生が、おれの原稿のベタの部分をマジックで塗りはじめて、すごいビックリして。
「マジックで塗っていいんですか?」って訊いたら、「大丈夫、印刷すると一緒だから」って(笑)。そんなこともありましたね。
楠:「マンガ家入門」には書いていない、本当のマンガの描き方ですね。
江:当時は原稿にマジックなんてとんでもないって言われてたからね。
で:でもきっと、基礎をやってきたからできる、みたいなことですよね。
江:それはあるでしょうね。
で:いま20代のマンガ家さんとかも、おんなじようにやってるんですかね?
楠:いや、もう最初からタブレットでしょう。
江:この前『ジャンプ』の賞取った子は、すべてスマホで描いたって言ってたよ。
で:え、スマホ!? iPadとか、タブレットですらなく?
江:タブレットですらなく。指でっていうか、アイビスペイントで全部描いたって。
楠:小説にしたってスマートフォンで書く人もいますよね。この流れは止められないと思いますよ。むしろそれがいまの現実っていうか、リアルですよね。逆にスマートフォンじゃないと書けない作品とか、出てくると面白いと思いますけどね。
江:単純にもう、パソコンで打つよりiPhoneでフリック入力する方が速いとかも、きっとありますよね。
楠:これまでとは違う文章になってると思うんですよ。キーボードで書いてる文章は。
「現実」をどこまで描くか
江:緊張してますね。
で:緊張してますかね(笑)。
楠:横で見てる方も緊張してます。ちょっと声を掛けられない。鼻と口を描いている局面で、じっと黙って見てしまいました。
江:いよいよ、ずっと逃げてきたところをいま、描いてます。
で:ここまでライブスケッチの手元を撮られることって、ありますか?
江:「彼女」展でやった時のは、毎回撮ってるはずなんですよ。
楠:そうですね。毎回記録で、撮影してますね。
江:あまり公開はしてないと思いますけどね。
で:じゃあファンの方が、生配信で観れるっていうのは……
江:初めてじゃないかな? 「この部分は描いた方がいいのか描かない方がいいのか」って描きながらも考えてるんですよね。
あんまり見たまんま描くと、情報過多になっちゃうことがある。絵と現実は違うんで。一方で、省略してもこの絵がでか美さんって伝わらないといけないんで、たとえば目の下の涙袋を描くかどうかで悩むんですよね。
描くと似るのか、余計な情報になるのかっていうのが、初対面だとなかなかわかんないんだよね。知ってる人だとわかるんですよ。
で:やっぱ会ってる回数が多い方が、全然違うんですか?
江:うん。「ここを描けばこの人になる」っていうのがわかってくる。
で:あ、ここが特徴だ、みたいな。
江:そうそう。初対面の方を描くときはね、そこを探りながらっていうのが、あるんですよ。
楠:知ってる人の方が描きやすいっていうのは、目に見えない部分を描いてるんじゃないですか? いままでの経験とか、目じゃないところで感じているものとか。
江:そうかもね。声とかね。
楠:あと細かく描きすぎないっていうのは、絵をどこで止めるかっていう問題ですよね。それは、あらゆる作品に関わってくると思うんですけど。
写真じゃないですから、完全に写し取っても意味がないのであって。むしろ描き記してないところがあるから、絵を見てる人は想像をかき立てられたりとか、感情移入しやすかったりとかするわけですよね。
江:そうなんですよね。
楠:その意味で、江口さんのスケッチって「線を選んでる」って感じがするんですよ。目で見えてる線と、そこから選んでスケッチしてる線っていうのが。
江:どれを省くかってところだね。あ、紙がギリギリまできてしまった(笑)。
楠:見ることはみんな見ているし、描くこともみんなできると思うんですけど、「どの線を選び出すか」みたいな、そこがすごく、作家としてのセンスが現れるところですよね。単なる似顔絵じゃないところだと思いますね。
江:ふふふふふ。ここまでジロジロ見られたこと、ないもんね。
で:そうですね、ここまで顔を見てもらうことも、なかなか(笑)。
江:それはみんな、驚きますね。「すごい見るんですね」ってね。
楠:美術館でのライブスケッチも、みなさんモデルになるのは初めての方が多いわけですよね。でか美さん、モデルをやってる側としては、絵が見れないから、どうなってるかめっちゃ気になるんじゃないですか?
で:そうなんですよ。めちゃめちゃ気になります(笑)。私、一切見えてないんですよ、なんかこう、すべてを見透かされてるような感じがしてくるというか。ついさっきまで気にもしてなかったんですけど、「私、ここにいまニキビできかけてるんだよな」とか浮かんできてます(笑)。
江:どうでしょうか?
で:おおっ!
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『彼女』江口寿史
初収録作品40点以上を含む350点以上の作品を、
女性イラストのみで構成した美人画集!
定価:4,950円(10%税込)
仕様:B5判オールカラー 288ページ
ISBN: 978-4-7976-7385-2