「彼女」というテーマにこめた思いと、育ち続ける展覧会
2021年3月30日、新宿LOFT/PLUS ONEにて江口寿史美人画集『彼女』(2021年3月10日発売)の刊行を記念して、江口寿史先生、美術評論家の楠見清先生、タレントのぱいぱいでか美さんによる配信トークイベントを開催しました。
今回は江口さんが数多く手掛ける音楽アーティストのジャケットイラストや、「江口寿史イラストレーション展 彼女」が企画された当時のお話をお届けします。
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大森靖子のCDジャケット
ぱいぱいでか美(以下「で」):江口さんはCDのジャケットもたくさん手掛けていらっしゃいますが、私は大森靖子さんのジャケットがすごく好きですね。やってることはぜんぜん違うけど、いちおう私、大森さんの弟子を名乗らせていただいてまして。
このイベントの打ち合わせでZoomでお話しさせてもらったときに、江口さんが大森さんをすごく好きでってことをお聞きしたんですけど。
このジャケットイラストのオファーは大森さんからだと思ってたんで、江口さんからお願いされたと聞いて、びっくりしました。
江口寿史(以下「江」):大森さんはYouTubeで早い時期からいつも観てて。
で:これもけっこう早い時期ですよね。『MUTEKI』(2017年のアルバム)のとき?
江:『MUTEKI』ですね。僕はこれよりもっと前から大森さんを見てました。
昔、吉祥寺で僕の好きなアーティストを30人集めて、Tシャツを作って売るっていうイベントをやってて、そこに大森さんも参加してくれて。そのときから「いつかジャケット描かせてください」って頼んでたんですよ。
で:大森さんも、江口さんがCDジャケットを描いた銀杏BOYZの峯田(和伸)さんの大ファンだし、繋がる感じですよね。
楠見清(以下「楠」):これは、「こういう風に描いてください」っていうリクエストはあったんですか?
江:それはまったくなくて。大森さんがギターを持って立って歌う姿が僕、好きなんですよね。すごい格好いいと思う。
それとは別に、あるときどっかを歩いてたら、缶が山積みになってる自販機があって、「あ、ここバック(背景)にいいな」と思って、写真撮っといたんだよね。で、組み合わせて描いたんですけど。これも遅れて、ずいぶん迷惑を掛けましたね。
で・楠:(笑)。
江:これの中ジャケね、白いんだよね。アナログ盤を開くと、中が真っ白なんだよ。それたぶん、おれのせいじゃないかなって思うんですよね(笑)。ギリギリになって出しちゃって。
楠:デビルバージョンは?
江:デビルバージョンは、大森さんが弾いてるハミングバードというギターを描いてるときに、大森さんってわりと悪魔的な感じもするんで、そのピックガードを悪魔の羽根にしたら格好いいかなって思いついて。
本当は自販機の背景付きのだけでよかったんですけど。何パターンか渡したんですよね。
楠:そういう形で、依頼に対して江口さんなりの解釈でバージョンを増やしていくってパターン、多いですよね。
江:けっこうね。あと、3点でいいよって言われても、10点渡したりってときはありますね。「良い方使ってください」みたいな感じで。好きなアーティストのときは特にね。
で:それってやっぱり、思いついたら止まらないって感じですか?
江:「これはもう、描いとかないとな」と思っちゃいますよね。
で:これはCDだけじゃなくてアナログ盤も出たんですよね。
江:そうですね、デカいのね。
楠:開けると真っ白。
江:そう、アナログ盤は、開けると真っ白(笑)。
で:今回のお話を聞かなければ、見た人はきっと「あえて真っ白って、オシャレだな」って感じてたと思います(笑)。
画集『彼女』一番の見どころ――観音折り口絵
楠:この作品集の一番の見どころは、なんといっても観音折り口絵じゃないですか。
江:「これをつけてくんないと出さない」って編集者に言ったからね。
で・楠:(笑)。
江:「これは絶対に、つけてくんなきゃイヤだ」と。「彼女」展の雰囲気を、本で表現したかったんですよ。裏表で20点の作品がここに載ってます。
で:これは展覧会の絵が並ぶ感じを……?
江:そうですね。吉祥寺サンロードのキャンペーンで展示した絵なんですけど、「彼女」展ではこれをおっきくして、ずらっと並べてるんですよね。屏風みたいにしてね。
楠:会場で観ると、ほぼ等身大ぐらいですよね。でも実際に描いてるときの原稿のサイズってどれくらいだったんですか?
江:ものすごいちっちゃい。B4です、みんな。
楠:小さく描いたものを等身大に引き伸ばして、それでもプロポーションとかがぴったり合ってるって、すごいことだと思うんですよね。
で:たしかにそこまで引き伸ばしてっていうのは、あんまり聞かないですね。
江:デジタルで、ものすごい解像度を上げて描いてます。そうすると引き伸ばしても、線がそんなに荒れないんで。まあそこらへんが、デジタルの良いところかな。原画自体はほんと、小さい。
で:吉祥寺でこれ出てたときに、おんなじポーズして撮るのが流行ってました。私の友達とか、撮ってた記憶あります。おんなじ感じの服着て行く、みたいなことをしてた記憶があります。
江:中学生くらいの女の子が二人で撮ってたのを、通りかがりで見たけど、嬉しかったですね。その子たちは当然、僕が作者とは知らないんですよね。絵を「かわいいな」と思ってくれてるだけで。それが、良いなと思いましたね。誰が描いたか知らなくても、そう思ってくれるっていうのは。
楠:作者がすぐ隣にいるのに!(笑)。
で:ね! 言いたくなりません?
江:言いたくなるんですよね、たまに。ヘタすると変なおっさんになっちゃうから、言いませんけどね。
で:友達のイラストレーターは、「絶対喋りかける」って言ってて。不審者扱いされることもあるって言ってました。「このTシャツね、僕が描いたんだよ」って話しかけて、嘘ついてると思われることがあるって(笑)。
江:絶対そうだよね(笑)。 でも声かけたくなるよね。
で:そう。「それでも嬉しくて声かけちゃうんだけど」って言ってました。
「彼女」展開催のきっかけ
で:そもそも「彼女」展の開催のきっかけって何なんですか?
江:これは前、「KING OF POP」展っていうのをやってて、10カ所くらいでずっと回ってたんですけど、最終回を金沢の21世紀美術館でやりましょうってことになったんですよ。
ただ、都合でその年、会場が取れなくて、1年空いちゃったんですよね。それで、「KING OF POP」はもう僕のなかで終わってたんで、「あれはもういいな」って感じてたときに、何をやったらいいのかわかんなくて。
そしたら東京新聞の担当者が、「じゃあ『美人画』というテーマで、女性の絵ばかりを集めてやったらどうですか?」みたいに言ってくれて。「それだったらいいかも」って感じで動きだしたんですけど……。
でも企画を始めてみたら「美人画」という括りもあんまりピンとこなくて。その後「彼女」って言葉を思いついたときに「あ、これで大丈夫そう」と感じて、それから本格的に始まりましたね。
で:「美人画」だと、違和感あったんですか?
江:僕、美人画を描いてるって気はしてなかったから。ちょっと違うな、みたいな。
「彼女」っていうのは、恋人だけじゃなくて、いろんな意味の「彼女」って捉えられていいんじゃないか、みたいなことですかね。
「彼女」展を開催していくうちに、だんだんそういうテーマ性が固まってきたって感じなんですけどね。だんだん育っていくんですよね、展覧会って。
で:でもこの展覧会には、実は図録がなかったっていう(笑)。
江:そう、そうなんですよ。なかったので、「図録が欲しいな」っていう声がたくさん届いて、それで図録を作ろうってことになったんです。新しい絵もいっぱい入れて。
会場に来れない人でも楽しめるようにしたかったんですね。そうしたら結果的に、集大成みたいになりました。とくにこの重さがね(笑)。
で:そうですよね。本当、すごいボリュームなんですよ。
江:1キロ強。殺人ができるんじゃないかっていうくらいの(笑)。
楠:郵送するのも大変ですよ。ずっしりですよ。
で:私もイベント前に全部拝見したんですけど、ボリュームが過ごすぎて、読んだあとに「自分は何かを見落としてるんじゃないか?」みたいな気持ちになります(笑)。
「よし、今日はこの絵を集中して見てみよう」みたいな、そういう楽しみがある。
江:何度も楽しめる感じがしますね。
楠:見るたびに発見がある。
江:描く時期も長年にわたってるから。画材もそれぞれ違うし。
2次元作品の新たな可能性
で:展覧会ではグッズも大人気と聞きました。
江:そう。最初「彼女」展にグッズは全然なかったんですよ。2度目の巡回展になった2019年春の明石のときからアクリルスタンドとか、いろいろできて。
今回はオリジナルのTシャツを初めて作ったりして、グッズの豊富さがすごいですよ。
で:それってオンライン通販も?
江:そうですね。通販もやるらしいですので、お待ちください。
(※2021年6月1日現在、下記の東京新聞オフィシャルショップにて販売中。販売期間限定商品もございます。)
楠:今は会場販売だけなんですね。
江:明石のときなんかは転売がすごくてね。
で:やっぱ最初にこっちから一言あるだけで、転売めっちゃ減りますもんね。どこにでも悪いやつはいますねぇ。
江・楠:(笑)。
で:江口さんご本人のアクリルスタンドは出さないんですか?
江:僕のですか? そんなもの、欲しくないんじゃないですかね(笑)。
で:アクリルスタンドってもともと、アイドルオタク文化っぽいというか……。
江:ああ、ですよね。
で:私、ハロープロジェクトがすごい好きなんですけど、ハロプロの子が流行らせはじめて、プロレス業界とか、イラストレーション業界とかもアクリルスタンドを作るようになって、グッズの定番になったというイメージがあるんですけど。
そうなってくるとオタク心で、よりニッチなものが欲しくなってきて。私、吉田豪さんのアクリルスタンド持ってるんですよ(笑)。
江:それ、嬉しいんですか?(笑)。
で:嬉しいんです。去年初めて一人暮らしの家にクリスマスツリーを買ったんですけど、てっぺんの星を買うまでのあいだ、星の代わりに豪さん飾って(笑)。
たぶん、江口さんのアクリルスタンドを売ってたらみんなめちゃめちゃ欲しがると思いますよ。けっこう、マジでみんな買うと思います(笑)。
楠:アクリルスタンドってもともとアイドルとか、実在人物の写真なんですよね。で、2次元のものだと、従来のフィギュアなんですけど、江口さんの作品って、アクリルスタンドが非常に向いてるなって思いました。
全身のプロポーションがすごいしっかりしてるっていうか、ポーズに1点1点バリエーションがあって、カッコいいんですよね。ほんと、本棚とかに是非置いておきたいような感じがします。
2次元のキャラで2次元のアクリルスタンドに向いてるって、意外とあんまりないんじゃないかな。
で:確かに。アニメとかのグッズでもアクリルスタンドってありますけど、「普通のキーホルダー」としか思ったことなかったです。本当に、平面。
でも江口さんのグッズを拝見して、自分が普段買ってるアイドルのグッズに近い感情が湧きました。「ここに置きたい」とかって感情が。
平面の感情じゃあんまりなかったかも。「2Dのものを2Dに」って、言われてなきゃわかんなかったです。
江:じゃあ、今度は「先ちゃん」のアクリルスタンドを……(笑)。
で:そうそう! 私は確実に買いますから!(笑)。
江:ちょっと安くしようかな。(笑)。
――つづきはこちらからどうぞ!
『彼女』江口寿史
初収録作品40点以上を含む350点以上の作品を、
女性イラストのみで構成した美人画集!
定価:4,950円(10%税込)
仕様:B5判オールカラー 288ページ
ISBN: 978-4-7976-7385-2