「最新が最高」描き方を追究し続ける江口寿史の現在地となるイラストとは?
2021年3月30日、新宿LOFT/PLUS ONEにて江口寿史美人画集『彼女』(2021年3月10日発売)の刊行を記念して、江口寿史先生、美術評論家の楠見清先生、タレントのぱいぱいでか美さんによる配信トークイベントを開催しました。
今回は、10年以上Twitterでファンと交流しているという江口先生が感じるユーザーの変化や、『彼女』に収録されている作品の解説を実際のイラストともにお届けします。
(前回記事はこちら)
江口寿史流・Twitterとの付き合い方
ぱいぱいでか美(以下「で」):今年4~5月に青森市で開催の「江口寿史イラストレーション展 彼女」では、前回2019年の茨城・しもだてでの開催から40点以上の新作を追加展示されたということで。
江口寿史(以下「江」):そうですね。
楠見清(以下「楠」):巡回するたびに、新作が増えていくという状態ですよね。
で:ファンなら何回でも行きたいやつですよねえ。
江:来館者はわりと長く滞在されることが多いですよね。
楠:巡回先ごとに追っかけて来てくれる方もいるんですよね?
江:いますねぇ。
で:めちゃめちゃ追っかけ甲斐ありますよね。
江:最初の金沢の21世紀美術館のとき(2018年4/28~5/27開催)から比べると、100点くらい増えたんじゃないかな。
で:すご〜い。やっぱり、増やしていきたくなるんですか?
江:その間も普通に仕事してるんで、溜まるんですよね。
で:自然とそうなってくるんですね。展覧会に行かれた方からの直接の感想とか、見るタイプですか?
江:見ますね。まとめて、あとでもらったりして。
で:どういう声が多かったですか、最新のだと?
江:わりとみんな、喜んでくれてる声が多いですね。さすがにTwitterのアンチみたいな反応はないです(笑)。
で:(笑)。 アンチいますか、江口さんにも。
江:Twitterにはもう、もちろんいますよ、そりゃ(笑)。 たださすがに、展覧会にまで来て、その感想で悪口書く人はいないよね。
で:ファンですからね、来た時点で(笑)。
先生のTwitterを拝見してても、『彼女』が発売された日に、「今日は発売日だから、ちょっとうるさくしちゃうけどごめんね」みたいなツイートをされてたり、ファンの方にも引用リプライとか返してて、めっちゃフレンドリーな方なんだなって思いました。
江:いや〜、つうか、フレンドリーにしないとさ、炎上すんだもん。
で:(笑)。炎上することとか、なにもないのに。
江:いやいや。僕、Twitterは2009年に始めたんですけど、この10年以上のあいだにだいぶ変わったんですよ、社会が。漫画家のときは、「先ちゃん」っていうキャラを演じていて、それはわりとべらんめぇなキャラなんですね。「この野郎!」みたいな言い方をしちゃう。
でもそんな感じで、いまファンに「お前ら」とかって言うと、文句来ますよ。「なんでそんなに偉そうなんですか?」とか。「口の利き方が怖いです」とかね。いちいち来るわけ。
で:え〜っ!
江:だからもう、僕のTwitter、いまはものすごく丁寧ですよ。普通僕ら、有名な人のことは呼び捨てにするじゃん。
僕、ちばてつやさんの大ファンなんだけど、「ちばてつや」って言うでしょ。それで「ちばてつやが~」って書くとね、それだけでもう、来るのよ。「先輩に対して失礼じゃないか」って(笑)。
もうね、そういうバカな感じの正義感が横行していて。いまはだからもう、丁寧に丁寧に、同業者の方はみんな先生づけです。
で・楠:(笑)。
江:でもさ、お医者さんなんか「先生」って呼ぶじゃん、後輩に対しても。あれ「かっこいいな」とも思って、すごい歳下の漫画家さんにも「○○先生」って言うようにしてます(笑)。
あと、宣伝ばっかりリツイートすると、100人くらいフォロワーが減るんですよ。
で:わかります、それは。
江:だよね? そういうの、迷惑なんだなと思って。
それで画集の発売日なんかも「これからいっぱいリツイートするけど、今日はごめんなさい」と言ってからする。もうね、気を遣ってますよ私は、すごく。
で・楠:(笑)。
で:でも今日は有料配信なんで、江口先生のこと大好きな人が見てるはずですし、ぜんぜん気を遣わなくて大丈夫だと思います。
楠:むしろ、Twitterには現れなくなってしまった「先ちゃん」の声が聞きたいって人もいますよね。
で:面倒臭いですよね、至るところに◯◯警察がいるから。「呼び捨て警察」とかってことですよね。
江:そうですね。前ね、マスクを描いた絵でさ、こうやって(マスクを下げて)雪を見てる絵を描いたの、去年の暮れごろ。そしたら、「あごマスクはダメですよ」って(笑)。
で:絵じゃん、って思いますよね。
江:絵だし、いっつもマスクしてるところに雪が降ってきたら、ちょっとマスク外して息吸いたくなったりするじゃん。この女の子はいつもあごマスクしてるわけじゃねえじゃん。「そのくらい読んでよ、言わなくてもわかるじゃん」って思うんだけどね。
で:口から出た飛沫を描いたとかでもないのに、ですよね?
江:そうそう。深呼吸したくなる気持ちを表すのに、吐く息を描いたのね。そういう機微に対して、謎の正義を言ってくる。
で:ミュートしていきましょう、そういうのはどんどん。
江:そうだよね。日々ミュートしてます。でもブロックされたやつって喜ぶんだよね。だからそれさえもしてない。しかしこのマスクの批判はけっこうな量が来ましたね(笑)。
で:そんな人がいるんだなあ。(イラストを見ながら)でも、めちゃめちゃ素敵。仰ったようなことは想像できますけどね。
画集『彼女』の魅力――表紙について
楠:今日は画集『彼女』の刊行記念なんで、この作品集がどれだけすごいかっていうことを、話したいんですよ。
江口さんの作品集って、出るたび出るたび、一番新しいやつが一番良いんですよね。
で:「最新が最高」ってやつですね。
楠:その時々にしか作れないものを作り続けてるって感じがするんですよね。展覧会と連動してるってこともありますけども、さっきの雪景色の女の子の作品が入ってるみたいに、いまだからこその作品集だなって感じがします。
それで、何よりやっぱり、まずは表紙ですよね、いままでとはかなり印象が違うんですけど。
で:この流れで観覧者からの質問が届いてます。
「今回の『彼女』の表紙に、この絵を選んだ理由を教えてください。ある意味で、江口さんの得意技でもある、瞳や口元、鼻の表現を封印しているように思えます」とのことです。
楠:めちゃくちゃ良い質問ですね。
江:これは、僕の現状で一番新しい描き方なんじゃないかな、と思う絵だからですね。
横顔は何度も描いてきたんですけど、うなじ側にまわったこの角度の横顔はこの作品で初めて描きました。完成まで何度も何度も失敗してるんですよね。なかなか目と鼻の角度が決まらなくって、三、四枚は失敗したかなあ。
楠:目と鼻と口がちょうど一直線のライン上に並ぶっていうのが、難しいところですよね。ふつう横顔だと鼻の形とかに特徴があったりするんですけど。
江:横顔って、漫画家さんとかイラストレーターとかいろんな方がいろんなかたちで描いてきたんですが、僕は林静一さんの横顔が一番好きなんです。あの横顔をいつも意識してきた気がするんですけど、この表紙の横顔は林さんも描いてない角度だな、って。
で:だからこそ表紙にしようと。
江:そうですね。
で:すごくドキッとしますもんね、目が合ってないのに。こっち向いて欲しいような、向いて欲しくないような。
楠:そうそうそう。こっちを向くかもしれないし、そっぽを向いてしまうかもしれないっていう、次のアクションが見えてきそうな、そういう絵ですね。
で:「おれのことなんか興味ないんだろうな」って、私のなかの男性が言ってきます(笑)。
楠:こちらから何か話しかけなきゃいけない、そういうアングルですね。
江:観る人の思いを掻き立てる感じですね。バックにも何も描いてないしね。
ビニール傘という画題
楠:いろいろと見どころはあるんですけど、今回の青森展で初めて登場したなかでは、僕は傘の絵がすごく好きで。これ、ビニール傘ですよね?
江:ビニール傘ですね。
楠:ビニール傘を、ここまで画題として美しく描いた人って未だいないんじゃないかっていう部分でも、最先端だと思いました。
画集『彼女』の巻末に江口さんの作品について文章を寄稿させて頂いたんですけども、そこでもこの作品について書いています。
傘をさした女性っていうのは、西洋でも東洋でも、いろんな時代のなかで描かれてきたモチーフではあるんですが、ビニール傘を描いた人っていないと思うんですよ。
江:もっとビニールっぽくすればよかったかな(笑)。すごく難しいと思うけど、今度チャレンジしてみます。ビニールはもっと透けて見えるはずなんでね。
これはSEKAI NO OWARIのCDジャケット(『umbrella / Dropout』)なんですけど、メンバーのFukaseさんから「ワンピースを着てる女性が傘をさして振り向いてる絵にしてください」っていう、すごく明確なリクエストがあったんです。
僕は最初「言われたまま描くのもアレだな」と思って、後ろ姿の方(下)を渡したんですよ。そしたらやっぱり「顔、向けて欲しいな」ってFukaseさんが言ってきて、それでできたのがこっち(上)なんですよね。こっちがけっきょく、表ジャケになりましたけど。
だから僕はモチーフとして新しいとかは、それほど意識はしてなくて。ただまあ、「傘はビニール傘だな」って。ふだん僕はビニール傘しか使わないんで。
楠:江口さんの作品には、他にもヘッドフォンであったりとか、現代の生活のなかのプロダクトがいろいろ出てくるんですけど、ビニール傘って発想は僕もありませんでした。
同じ傘を描くにしても、ありふれた日常的な、生活のなかにあるものを描くっていうのが、すごく良いなって思いました。
時代を反映した作品として、いつかこの世からビニール傘がなくなったときに、真価を発揮するかもしれないですね(笑)。
で:たしかに。いまプラスチックの問題とか言われてるから、あり得ますね。
楠:これは、画集『彼女』のなかでも一番最初の方に出てくる醍醐味ですね。
――つづきはこちらからどうぞ!
『彼女』江口寿史
初収録作品40点以上を含む350点以上の作品を、
女性イラストのみで構成した美人画集!
定価:4,950円(10%税込)
仕様:B5判オールカラー 288ページ
ISBN: 978-4-7976-7385-2