連載 言語の天才まで1億光年 高野秀行

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混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (5)麻薬王のアジトでビルマ語を習う

混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (5)麻薬王のアジトでビルマ語を習う

日本語教師だったことが功を奏し、シャン人のアジト潜入に成功した高野さん、そこでシャン語を習おうという企てはだが、思わぬ方向に──。 シャン語を習いながらコネをつかむ。素晴らしい一石二鳥作戦のはずだったが、いきなりつまずいた。シャン語を教えられる人がいないのだ。 シャン語の読み書きができないシャン人  前述したように、この家(アジト)には社長のお兄さんの家族、親戚、そしてクンサー軍の兵士(少年兵)などが十数人、住んでいた。みな、シャン州に生まれ育ったミャンマー国籍のシャン人

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混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (4)麻薬王のアジトでシャン語に出合う

混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (4)麻薬王のアジトでシャン語に出合う

チェンマイ大学で「先生、いじわる〜」と女子学生に言われる日本語教師は、世を忍ぶ仮の姿だった!?  高野さんの野望が明らかに!  チェンマイで第二の青春を謳歌していた私だが、このまま日本語教師に落ち着くつもりは毛頭なかった。実はチェンマイに来る前からひじょうに明確な目標があったのだ。それは「ゴールデントライアングルに住み込んでケシ栽培を行ってアヘンをつくる」という端から見れば突拍子もないものだった。 世界屈指の暗黒地帯の全貌を明らかにするという野望  ゴールデントライ

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混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (3)「日本文学」でマンガ講読

混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (3)「日本文学」でマンガ講読

チェンマイで第二の青春を謳歌しながらも、熱心にタイ語の勉強に取り組んだ高野さん。日本語教師としても「話し言葉」を教えることに力を入れた。そのどちらにも役立った画期的なテキストとは。  現地に住みながら言語を学ぶのは言語好きにとって申し分のないシチュエーションである。チェンマイにはかつてなかったほど、いろいろな学習法の選択肢が揃っていた。私は片っ端からそれらを試していった。学習法を試すこと自体にも興味があったのだ。今回はそのうち2つを紹介したい。 語学学校のマンツーマンレ

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混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (2)チェンマイで迎えた第二の青春

混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (2)チェンマイで迎えた第二の青春

言語オタクとしてこの上なく充実していた学生生活に別れを告げ、タイ語短期集中講座を経て、タイの北部のチェンマイで社会人生活をスタートさせた高野さん。 そこで待ち受けていたものとは──。  刺激の強いアフリカのコンゴや南米を歩き回っていた私にとって、タイのチェンマイは新天地そのものだった。こぢんまりとして、町も人も気候も穏やかでのんびりしていた。 天国のような新天地  私が赴任したチェンマイ大学は旧市街から2キロほど離れたところに広大な敷地を有していた。あまりに広いので

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混沌のゴールデントライアングル言語群篇
(1)理想の語学学校

混沌のゴールデントライアングル言語群篇 (1)理想の語学学校

アフリカ、ヨーロッパ・南米に続き、今回からいよいよアジアに突入! タイのチェンマイ赴任前に、いつものようにまずは言語の準備から始めた高野さん。珍しく学校に通うことに──。  タイ語の学習を始めたのはフランス文学専修の卒業論文が受理され卒業が決まった直後の1992年3月のことだった。超がつくほど自己中心的である私はあれほど7年間の学生時代を好き放題に過ごしていたにもかかわらず、卒業が決まると「学校という牢獄からようやく放たれた」という、先生方や親が聞いたら怒りを通り越して呆れ

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ヨーロッパ・南米篇(6)
フランス語との最後の闘い

ヨーロッパ・南米篇(6) フランス語との最後の闘い

理不尽なフランス人の言葉にあきれ、すっかりフランス語に愛想をつかした高野さんでしたが、フランス文学専修の学生として提出したのは、学生がそれを?! という、仰天の卒論!  タイでの仕事に就くため、どうしても大学(フランス文学専修)を卒業しなければならなくなったという話の続きである。  私は大学7年目の4月、単位を限界ギリギリまで登録し、4年ぶりに授業に出始めた。これが辛かったのなんの。まず、昼夜逆転の生活を送っていたため、朝起きられない。ようやく教室に着いても90分間じっと座

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ヨーロッパ・南米篇(5)

なんて理不尽なフランス語!

ヨーロッパ・南米篇(5) なんて理不尽なフランス語!

〈コンゴ〉や南米アマゾンと、世界をまたにかけてアルバイトをしているうちに、留年を繰り返した高野さんにも、進路を考えるときがきました。そこで、研究者を目指すため、フランス人の人類学者に会ったのですが──。  フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語とたどっていったロマンス諸語の旅であるが、最後に話は再びフランス語に戻ってくる。  前にも述べたように、私は具体的な目標があれば相当頑張るのだが、目標がなくなると、とたんにモチベーションメーターがゼロになるという悪癖がある。

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ヨーロッパ・南米篇(4)アンラッキーな言語の天才

ヨーロッパ・南米篇(4)アンラッキーな言語の天才

スペイン語の方言という認識で学んだポルトガル語。3カ月、しっかり準備したはずが、いざブラジルに行って耳にしたのは……。            コロンビア旅行の翌年、今度はアマゾン川を河口から源流まで現地の定期船を乗り継いで旅することになった(※1)。相変わらず一介の大学生(6年生)ながら、アマゾンのガイドブックを書くという仕事を請け負ったのである。取材スタッフは私のほか、カメラマンの鈴木邦弘さんとミヤザワという探検部の後輩の3人。  私と鈴木さんは河口から遡り、ミヤザワは逆

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ヨーロッパ・南米篇(3)コロンビア、魔術的リアリズムの旅

ヨーロッパ・南米篇(3)コロンビア、魔術的リアリズムの旅

 パロマ先生に習ったスペイン語を携えて高野さんが向かったのは、治安の悪い、南米コロンビア。未来が見えるという幻覚剤を求める道中、高野さんが身をもって経験したのは、ラテンアメリカ文学の世界でした。  私はスペイン語圏を旅したことが5回ある。最初は南米のコロンビア、次が同じくペルーとボリビア、そしてスペインにも2回行き、最後は2017年で、ペルーを再び訪れた。  中でも圧倒的に印象深いのは、スペイン語を習い始めて半年ほど経った1990年に訪れたコロンビアだ。今振り返っても、35

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ヨーロッパ・南米篇(2)スペイン語は「平安京的言語」

ヨーロッパ・南米篇(2)スペイン語は「平安京的言語」

南米アマゾンに向かうため、スペイン語を学び始めた高野さんは、その学習が快適なのに驚きます。高野さんが独自に分析し、わかりやすく解説する、スペイン語が世界で受け入れられる理由とは。  怪獣探査のために必要だったフランス語、雷に打たれたけど特に後遺症なしというイタリア語のあと、私が3番目に出会ったロマンス諸語はスペイン語だった。  アフリカ篇で述べた通り、なんとなく〈コンゴ〉のエキスパートになりたいと思っていたのだが、南米アマゾンが気になりだした。アマゾンとは世界最大の流域面積

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