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#030 「一生やらない」と決めたのに、いつのまにか国代表のヘッドコーチに【カンボジア】/世界ニホンジン探訪~あなたはどうして海外へ?~

お名前:荻原雅斗さん
ご職業:ソフトテニスコーチ
在住地:プノンペン(2013年~)
出身地:岐阜
エースマネジメントのHP:
https://aasmanagement.com/

ソフトテニスで日本一になるも、「自分探し」に海外へ

――ソフトテニスで日本一になったことがあるそうですね。

 はい。小学4年から大学までソフトテニスをやっていて、小学生の頃はなかなか上達しませんでしたが、中学でようやく勝てるようになり、高校からはソフトテニスの名門校に入りました。結果的に高校時代に2回、大学では4年の春に1度全国優勝できました。

――すごい! でも、大学卒業後にカンボジアに渡ったんですよね。どんなきっかけがあったのでしょうか?

「自分の魅力はソフトテニスだけなのではないか」と不安になったんです。当時、ソフトテニスの実績を売りに就職活動をしたので、内定もいくつかもらっていました。でも、ソフトテニスという看板を降ろした自分は何者なのか、一人の人間としてどんな魅力があるのかを知りたくなったんです。
 そんな時に、「カンボジアで起業したい若者を募集している」といった話を知人から聞いて、当時の僕は「これなら自分を試せるかもしれない」と思ったんです。今考えたらすこし胡散臭いですよね(笑)。でも、衝動的に日本での内定を辞退して、カンボジアに向かったんです。

1カ月でラーメン屋を立ち上げ、黒字化

――カンボジアでは、なにから始めたのでしょうか?

 ラーメン屋の立ち上げですね。当時はプノンペンにあるお店の物件だけが確保されていて、それ以外はすべて未定でした。現地で同僚になる日本の仲間たちと合流したものの、そもそも僕は英語もできませんし、カンボジアもはじめて。どこになにがあるかすらわからないので、「今日は俺、北の方行くわ」って自転車を走らせて、「ここにマーケットがあって、スプーン売ってたよ」というレベルの情報収集から始めました。行く先々で情報を仕入れて、まるでRPGゲームみたいでした(笑)。

――それで、無事に開店できたんですか?

 結果的に1カ月でオープンできました。でも、従業員を雇うのを忘れていたので、あっという間にお店が回らなくなって、ひと月採用期間を設けてから、再度オープンしました(笑)。当時(2013年)はカンボジアに日本食ブームがくる直前で、競合も少なかったので、無事に初月から黒字化することができましたね。

――すごいですね! ラーメン屋を立ち上げたあとはなにをされたのでしょうか?

 バーの立ち上げを行ったあとに、フリーランスとして独立することにしました。当時はブログブームでもあったので、ブログ発信とリサーチ業務などをする生活をしばらくしていましたね。

バーテンダー時代の荻原さん。

「一生やらない」と決めたソフトテニスと再会

――現在はどんなお仕事をされているのですか?

 カンボジア代表のソフトテニスチームでヘッドコーチとして指導しています。あと、自分の会社(エースマネジメント)でソフトテニス大会の開催や講習を行っています。今でこそカンボジアと日本でソフトテニスに関わる仕事をしていますが、もともとソフトテニスを仕事にするつもりは全くありませんでした。

――何かきっかけがあったのでしょうか?

 本当に偶然です。2015年頃、独立したばかりの時期に、知人から「子どもたちが使えるテニスコートを作ってよ」と言われて、プノンペンから3時間ほどの土地にボランティアでテニスコートを作ったんです。丸太をポールにして、網をネットにした、本当に手作りのコートです。それから不定期で子どもたちにテニスを教えるようになったんですが、当時は運動をするために顔を出すくらいの気軽な感じでした。でもある日、そうした活動がカンボジアのオリンピック委員会の人の目に留まったんです。 
 当時のカンボジアはオリンピック委員会がソフトテニス連盟をつくったばかりだったので、「なにか手伝ってよ」と言ってもらって、連盟の練習場に足を運ぶようになりました。そこからあれよあれよという間に話が大きくなって、気づいたら代表のヘッドコーチになり、今では大会を開くまでになりました。カンボジアに来た時は「もう一生ソフトテニスはやらない」と思っていたので、人生なにが起きるかわからないですね(笑)。

選手たちに指導中の荻原さん。

”学習”に慣れていない選手の指導

――カンボジアでコーチをする中で、日本との違いを感じることはありますか?

 まず、日本の教え方は通用しないですね。カンボジアでソフトテニスをしている子は、あまり裕福ではない子が多いです。貧しくて学校には行けないけれど、運動能力は高い子を国が支援しているんです。そんな子たちはあまり教育を受けていないので「学び方を知らない」子が多い。つまり、教えられたことを自らに落とし込む経験に慣れていない。例えば、「ボールはこう打つといい」と伝えても、「俺はこうしたいんだ!」と言われて、おしまいです。このように、日本ではあまりないディスコミュニケーションが起きることがよくあります。

――それは困りますね。どのように改善されたんですか?

「知りたい」という学習意欲をつくっていくプロセスから始めました。まず、僕のプレーを見せました。「自分はできなくて悔しい、でもコーチはできている」という状態にしていくんです。すると徐々に「どうやるんだろう」という感覚が芽生えていきます。そこではじめて、「知りたい、教えてほしい」と答えを求める姿勢が生まれます。足りないことを教えるのではなく、足りないことに気づいてもらい、求められたら答えるという方法に変更していったことで、徐々にうまくいくようになりました。

子どもたちにボランティアでソフトテニスを教える荻原さん(黄色Tシャツ)。

1日コーヒー1杯で凌ぐ日々に触れた優しさ

――生活をする中で感じる文化の違いはありますか?

 仏教国ということもあって、とにかく優しい人が多いことに驚きました。お金に困っていると知らない人がご飯を奢ってくれるなんてこともよくあります。

――実際に助けられたこともあるんですか?

 たくさんありますよ。独立して最初の数年はものすごく貧乏で、短期の仕事で食い繋いだ時期がありました。食い繋いだといっても、家賃を払ったら手元に残るのが50ドル(当時6,000円程度)くらいでした。とはいえ、糖分を摂らないと体も動かないじゃないですか。だから当時は、毎朝甘いアイスコーヒーを買って、それを1日かけてちびちび飲んでいましたね。その時期は随分道端の知らない人にご飯を食べさせてもらいましたね。

――「道端の知らない人」?

 こちらでは道端で音楽をかけながらビールを飲んだり、ご飯を食べたりしてる人が結構いるんです。本当に困った時にはそうした人に助けを求めたりしていたんです。日本だったら不審者ですよね。でも、いざ声をかけたら「一緒にご飯食べよう!」って言ってくれるんです。当時はそれでお腹を膨らませてもらうことがよくありました。

――その経験はいまもカンボジアで活動を続けている理由にも繋がっているのでしょうか?

 そうですね。この時期に受けた恩は今でも忘れていませんし、今後もずっと恩返しをしていきたいと思っています。僕はカンボジアに骨をうずめても良いと思っています。今は自分の強みであるテニスの活動をしていますが、今後もカンボジアと深く関わる方法をいろいろと考えていきたいと思っています。

プノンペンの道端で飲み食いをする人々。

挑戦者に向いている国

――カンボジアに興味がある日本の方にアドバイスがあれば教えてください。

 何かに挑戦してみたいと思っている人におすすめですね。「日本で活躍できる人」と「海外で活躍できる人」はイコールではありません。カンボジアに限らず、日本でうまくいかない人は海外に行ってみるのもいいと思います。カンボジアには過去に不幸な歴史があり、現在の国民の平均年齢は非常に若いです。悲しい過去ですが、それでも現在は国全体がエネルギーに溢れています。自分と同じような年齢のライバルたちと切磋琢磨して、何かを成し遂げたい人にとっては面白い国かなと思います。

――今後について教えてください。

 ソフトテニスを教育の一環として世界に広めていきたいと思っています。カンボジアでソフトテニスに関わるなかで、この競技は「他者との関係構築」や「ルール遵守」など、教育的な学びが多く含まれていると感じるようになりました。実際に、2022年にカンボジアの高校体育の指導要領を作る経験をさせてもらいました。それ以降、カンボジアの高校では体育の選択授業でソフトテニスが導入されるようになったんです。今後はカンボジアを中心にしながら、これを世界に展開していきたいと思っています。

取材:2023年○月
写真提供:荻原雅斗さん
※文中の事柄はすべてインタビュイーの発言に基づいたものです

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聞き手

おかけいじゅん
ライター、インタビュアー。
1993年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住者と交流する。趣味は、旅先でダラダラ過ごすこと、雑多なテーマで人を探し訪ねること。

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