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第11回 人相占いは当たるのか?(後編)

(前編より続く)

なぜ人相研究は批判されるのか

このように、人相学や観相学は、批判されながらも何度も流行を繰り返しています。

人相学に対する最たる批判は、顔は表情のようにくるくる変わる側面があるのだから、人相なんてものはないというもの。顔はその時々の感情を伝えるものであり、顔の違いは二の次という理屈です。
しかも表情だけでなく、成長によっても顔は変わります。また、太ったり痩せたりもします。

その点、コルマンの相貌学(前編参照)の「成長して変わっていく部分が性格を作り上げる」というストーリーは、骨格や血液型のように生まれついての性質(形質)が性格を決定づけるという話よりも、受け容れられやすいようにも感じます。

とはいえ顔から推定されるのが「性格」ということは問題となります。

なぜならば性格とは生まれついて持っているもので、自分の力では変えられないもの。しかも、顔だけから自分の一生の運命までも決まるというのは、少々行き過ぎだと考えるのは私だけではないでしょう。

「第一印象」で選挙の当落は決まる!

最近の人相学研究は、骨相学のように一生の運命が決まるという、深刻なものではなく、もっとライトになっているのですが、その一方で、顔が他人に与える影響力は科学的な証拠で裏付けされるようになりました。それは一種、衝撃的でもあります。

アメリカのプリンストン大学のアレクサンダー・トドロフ(後述)たちは、選挙の結果が顔で決まることを報告しました。
実験は、2006年の上院議員と州知事選挙選挙の際に計画されました。

それぞれの選挙区で、有力とされる候補者の2つの顔を100ミリ秒という短時間で並べ見せて、「どちらが有能か」を判断させます。

実験は選挙前に行われ、しかも、候補者の政治信条が知られない、選挙区とは離れた地域で行なわれています。

ところが、実験の結果、大学生たちが一瞬で判断した「有能さ」から70%の確率で選挙の当落を予測できることがわかりました。

政策が問われるべき選挙にまさかの「顔」が介入するとは、誰もが予想もしなかったことでした。しかもそれが具体的な数値で示されたのです。それも、しげしげと観察するのではない、ほんの一瞬の見た目の判断がキモだったとは!

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候補者選びは「第一印象」が大きなファクターになる

「顔マネジメント」を工夫する

これは、人の判断は印象に左右されるのだという、決定的な証拠です。ある意味でこれは「現代の人相学」ともいえましょう。ただしそこで大事なのは、顔の形状というよりは、印象だというのがポイントです。

つまり顔が決めるのは第一印象で、それはあくまでも個人的な経験に基づく感想です(「これは個人の感想です」と、よくコマーシャルで流されるように)。

しかも第一印象とは確定されたものではなくて、後に修正されることは多々あります。たとえば初対面では近寄りがたいと思っていた人が、話してみたら意外に気さくだった、などとといったように。

一方で、たとえ第一印象であったとしても、自分のことを「見た目」で決めつけられることは、心外かもしれません。

とはいえしかし、私たちひとりひとりが、見た目で相手を決めつけて生きているのも事実でしょう。

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人は名刺の肩書きよりも第一印象で相手を判断する?

たとえば見知らぬ土地に一人置かれたとき、道行くたくさんの人々の中から、誰を選んで助けを求めるでしょうか?・・・それは見た目の第一印象なしには、ありえないでしょう。見た目から得る先入観なしに生きることは、むずかしいのです。

つまり見た目とはその人のものではなくて、第三者のもの。

第一印象でどのような先入観を持たれるかは、相手の自由なのです。どのような第一印象を持つかは相手が決めることなのです。

しかし、第一印象を作り上げるポイントを把握してしまえば、それによって相手の印象を操作することも可能です。
たとえば就職先に提出する履歴書に貼る顔写真、希望する職種で好印象を持たれるにはどうすべきかを工夫する。これらを考えることは「顔マネジメント」といえましょう。

美女・美男子は「得」なのか?

では、顔から受ける印象として重要な次元はなんでしょうか? 

『第一印象の科学』(みすず書房)を著わしたアレクサンダー・トドロフによると、顔の印象を決定するのは、「信頼性 (trustworthiness)」と「支配性(dominance)」だと言います。その他の印象要素は、この二つからの派生ともいえます。

たとえば「かわいい」という印象は相手から格下にみられること(「支配性」が低い)、かっこいいは格上にみられること(「支配性」が高い)などになるわけです。

知らない人から急に声をかけられ、お金がないのでちょっと貸してもらえないかと言われたとき、貸すかどうかは第一印象が判断材料になります。そこでのポイントは、「信頼性」がおけるかどうかです。

あるいは、これから一緒に過ごすクラスメートたちとの初対面の場では、第一印象で相手が集団の中で、自分より格上か格下かをそれとなく確認するものです。
そして、相手が格下だと判断すると、人によっては会話の中でいきなり自分の自慢話をして、マウントを取ろうとします。こうしたことは、第一印象で相手の「支配性」を判断しているから行なえることです。

このように考えてみると、第一印象は、損得の判断に直結していることが分かるでしょう。相手が自分より格上か、格下かの判断をミスしたり、信頼性を見誤ってしまうと、自分自身が損をしてしまいかねません。

そこでは、相手が美人や美男子であるかはあまり関係ありません。相手の容貌がよくても、その人と付き合って得をするかどうかは別の話です。みんな、美女や美男子に憧れますが、社会生活ではそれほど役に立たないのです。

第一印象を決める「信頼性」と「支配性」

トドロフらの研究の興味深い点は、「信頼性(trustworthiness)」の高い顔と低い顔、「支配性(dominance)」の高い顔と低い顔をコンピュータグラフィックスで実際に作り出している点にあります。なるほどそうして見せられれば、第一印象の違いは、一目瞭然です。

実際に、そうして作られた顔を観察してみると、第一印象は、年齢や男女、表情などが微妙に関係しているのがわかります(下図)

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縦軸が支配性、横軸が信頼性。
上に行くほど大人の男性に近く、右に行くほど、若い女性に見える
 Oosterhof and Todorov (2008)

図をみるとわかるように、支配性の高い顔は、男っぽくて大人のような顔で、支配性の低い顔は、女っぽくて子どもっぽい顔です。

信頼性の低い顔は怒ったような表情で、信頼性の高い顔は微笑みのような表情です。つまり支配性の印象は、男性的で年上とみられると上がる。一方の信頼性は、表情を作るだけで変わる。いずれもちょっとした工夫で印象を操作できそうです。

第一印象に占める「信頼性」がどれくらい重要なのかを調べた研究はさまざまに行なわれています。

信頼性の高い顔をよい人と選ぶのは、なんと3歳や4歳の子どもからという結
果もあります。

社会心理学では特定の場面を設定した実験も多いのですが、お金を貸してもらうというシチュエーションでは、信頼性の高い人はそうでない人よりも低い利率でお金を借りることができるという結果があります。この場合も、外見的な魅力(美人であるか、美男子であるか)はたいして関係ないそうです。

「第一印象」の基準が変わりつつある現代

信頼性は、罪状判断の鍵ともなるようです。

フロリダの矯正局の死刑囚と終身刑700名あまりの顔写真を大学生に見せて印象を判断してもらった研究の結果があります。その結果、信頼性が低いと判断された顔は、死刑判決が多かったというのです。第一印象で判決までが左右される可能性があるとすれば、背筋が寒くなるというものです。

最後に、選挙で選ばれる顔の話に戻りましょう。
今の世界では、リベラルと保守、右派と左派の関係は複雑になりましたが、右派(保守)と左派(リベラル)とで投票の決め手となる印象の要素が異なるという結果があります。

これはアメリカの研究なのですが、右派と左派の人たちに、写真を見せ、どのような人ならば投票するかどうかを顔から判断してもらいました。

実験の結果、右派では、男っぽくて支配性の高い顔に投票する傾向があり、一方左派では、女性っぽくて支配性の低い顔に投票する傾向がありました。ただしこれが当てはまるのは男性の顔で、女性の顔では、左か右かにかかわらず支配性の高い顔を悪い印象と受け取ったそうです。

しかし、女性の顔に対する、この印象判断の結果は、今日のようにジェンダーバランスを気にする以前のようにも感じます。

今のアメリカの副大統領カマラ・ハリスの顔を見れば、支配性の印象の強い女性が今や選ばれるようになったことが分かります。選ばれる顔は、地域や時代によって変わるのです。しかも時代の急速な変化にあわせて、顔の印象判断も変わっているようです。

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カマラ・ハリス米国副大統領
ⓒSipa USA/amanaimages

それぞれの国が選ぶ政治家の顔、それぞれの国の映画などで選ばれる俳優の顔と配役から、お国柄が垣間見えるのではないでしょうか。たとえばアメリカやヨーロッパ、東アジアで、どのようなタイプ(第一印象)の政治家や俳優が人気があるのかを考えてみると面白い発見がありそうです。

また、人気のある政治家の顔を観察すれば、自分の国を客観的に考えるきっかけになるとも思います。たとえばアメリカの大統領は支配性が強そうだけれど、日本の首相はそれほどでもないようだとか。

その顔を選ぶ背後には、それぞれの社会性があるのです。選ばれた顔から、私たちの社会について考えてみる。また、私たちの国をとりまくさまざまな国々の社会について考えてみるのはいかがでしょうか。

さいごに一言。相手の「見た目」が気になるのは人の本性なのですが、くれぐれも見た目で相手を差別する「ルッキズム(Lookism)」に陥らないようにご注意を。これについては、来月じっくり解説しましょう。

次回(第12回)は10月1日(金曜)掲載予定です。

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
ベネッセ「たまひよ」HP(関連記事一覧)

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