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第2回 なぜ幽霊は人の姿をしているのか(前)


この世に存在しない、死んだ人の姿を亡霊として見えるという人がいます。そう主張する人達は、それらの姿を“その目で見て”いるのでしょうか。

「幽霊特番」に夢中になって気付いたこと

私が子どもだった頃には、夏休みになると、テレビで幽霊特番が流れるのが常でした。
特に夢中になったのが、昼のワイドショーの時間に流される幽霊体験の再現番組でした。子どもたちも明るいうちは怖いもの見たさにはしゃいで見るのですが、夜になって暗くなると怖さがつのります。恐怖のシーンを再現する番組だけに、伸び続けてぐしゃぐしゃの髪形になった日本人形といった恐ろしげな映像が、目に焼き付いて離れないのです。怖くて、電気を消して眠れません。一人でトイレに行けなくなって、親に文句を言われたことも思い出します。

成長してから幼い弟と幽霊特番を見るようになって、ふと疑問に思ったことがありました。
なぜ幽霊は、わかりやすい人の姿かたちをして、人の声色を使って話しかけてくるのでしょうか。すでに身体を持たない幽霊なのに、なぜ人間と同じ姿かたちと声にこだわるのでしょう。

「霊体」なら、なぜ人間の形にこだわるの?

この世にいないのだから、身体から自由になってもいいのではと思います。まったく別の感覚器官を使って、生きている人にメッセージを送ってもいいはずではと思うのです。

SF映画の世界では、宇宙からの生命体はテレパシーで直接脳に交信してきます。幽霊が出る前にガタガタ机を揺らしたり、大きなラップ音を出したりとか、想像もしないような伝達方式の方がそれらしいとも思えるのです。
しかし大半の幽霊は、そして誰もが恐ろしがるのは、人の声と姿をもった幽霊です。

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死んだはずの幽霊が人の声と姿で出てくるのは、恨みを持った相手を脅すため、わざと相手が怖がる生前の自分の身体と声を使うのでしょうか。
「うらめしや」とあらわれる幽霊の姿が生々しかったように、人の身体と声が、人にとっては何よりも生々しいものなのでしょう。
幽霊はなぜ人の姿であらわれるのでしょうか? 

その謎を幽霊の側に置くのではなくて、幽霊を見る側に置いて考えてみようと思います。

「小人さん」が見えてくるレビー小体型認知症

たとえば妄想という状態があります。誰もいないはずなのに、人の姿が見えたり、人の声が聞こえたりするのが妄想です。

薬物中毒患者や精神疾患などでみられますが、認知症でもみられます。それは1976年に日本で発見された、レビー小体というたんぱく質が大脳に広くたまることによって認知症となる、レビー小体型認知症です。

有名なアルツハイマー型認知症のように、もの忘れは目立ちません。その代わりに、妄想が見えることが特徴です。
たとえば医者の白衣のポケットに小人が入って見えると言ったり、自分のベッドの上にいるはずのない子どもがいると言い出したり、人がいるはずのない廊下の片隅などに人がいると主張するのです。

この認知症患者に、顔を見るテストを行った研究があります。自然の風景や花といったありふれた写真の中に「顔」を見つけだしてもらうという実験です。
おかしな実験のように見えますが、顔とは全く関係ないところに顔を見つけることは、誰にでもあります。
子供の頃、布団に寝転がって見上げた天井の節穴が、顔に見えたことはありませんか? 
木目や蝶や虎の複雑な模様、ドアノブやコンセントのネジや穴の位置、雲や花の模様などが、たまたま顔のように見えることがあります。

ありとあらゆるところに「顔」が見えてしまう

しかし患者の顔の見方には、それを超えるものがありました。
実験では、誰でも顔に見える図と、誰が見てもどこにも顔が見えない図を見せました。すると、誰でも顔が見える図には、普通の人と同じように顔を発見したのですが、誰が見ても顔に見えない図にも、どんどん顔を探し出していったのです。
しかも、子どもの顔、男の顔、女の顔、動物の顔、犬の顔・・・と、どんな顔なのかも話題豊富に語りだすのです。通常は、顔が見えたとしても、どんな顔かをこれほど豊かに認識することは難しいのではないでしょうか。

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 レビー小体型認知症患者の妄想の原因は、顔が見えすぎることにあったのです。顔を検出する装置が通常よりも過敏に反応して、あちこちに誤反応しているような状態です。
つまり、顔を見る能力が過剰に反応した結果、顔が見えすぎしてしまうという事態に陥っているのです。しかも、想像力豊かにどんな顔かまでも認識してしまうようです。
おそらくレビー小体型認知症では、通常見ようもないところに顔が見えてしまい、顔があるところに人が存在しているとまで思い込むんでしまうという、常人には理解しがたい状態となっているのでしょう。

「パレイドリア」とは?

このような現象は、パレイドリアと呼ばれます。パレイドリアとは、視覚や聴覚の刺激を受けて、そこに存在しない、自分がよく知ったパタンを心に浮かべてしまう現象を指します。
もともと精神医学で使われていた用語ですが、パレイドリア(これは時としてシミュラクラとも呼ばれます)は、インターネットでは人気のコンテンツとなっています。試しにインターネット検索すると、たくさんの“顔もどき”の画像が掲載された様々な国のサイトがヒットします。それだけでなく、数々の本や絵本が、国内外で出版されています。

幻覚や妄想に近いあやしい現象がこれほどまでにもてはやされるのは、顔研究者からみてもなんとも不思議です。

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しかし思い返すと1990年ごろ、週刊誌で「人面魚」が掲載されて流行ったことがありました。魚の顔が人の顔に似ているのかと思って見たら、ニシキゴイの頭部の模様が人間の顔のように見えるのです。なんとなく気味の悪い魚でしたが、これも顔を見つけて楽しむことのひとつなのでしょう。

人は、人の顔を見出すことに長けているのです。人が生きていくうえで、いち早く人を見出すことは、生存上の重要な課題だからです。
群衆の中に親しい人を見つけ出すこと。暗闇にまぎれてこっそりつけ回す怪しい人の存在に気づくこと。
人は、人とかかわりを持って生きる存在なのですから、相手が誰であるかの顔を見出すことはなによりも大切なことなのです。(続く)


山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
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