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【世界は「プランB」で出来ている 第5回】電気自動車(EV)を日本はしゃかりきに増やすしかないのか?

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環境破壊を防ぐ救世主「だった」ガソリン車

 
「環境破壊を防ぐためにはクルマの動力を変えなければならない。ただ、ガソリン車と電気自動車(EV)のどちらが今後の主力になるかの予測は難しい」
 
詠み人知らずのこの文章を読んだら、20年ほど前に書かれたものと思われるかもしれない。しかし、これは20世紀初頭の状況を反映して書かれたものだ。
当時はヘンリー・フォードの「T型フォード」自動車の生産が始まり、庶民でもようやく自動車を持つことができるようになった時代だ。面白いことに、今は環境破壊や温暖化の「元凶」であるガソリン車が、当時は救世主とみなされていたことだ。
 
20世紀初頭の大きな環境破壊源は馬糞ばふんであった。自動車が普及する前、都市の主要な交通手段はレール式馬車だった。ニューヨークでは路上に大量の馬糞が積み上がる悲惨な状況となり、馬車が馬糞を踏んでレールから脱線する事故も起きた。馬車に変わる輸送手段の構築は待ったなしだったことが分かる。また、当時は「ガソリン車よりEVの方が有望」という予測もあり、両者は競合していた。今と同じ状況だったことが興味深い。
 

世界を変えることができなかった日産「リーフ」

 
京都議定書発効後の2000年頃から「これからEVの時代が来る」という見方が強くなった。そして、日産自動車(日産)が「世界初」の量産EVである「リーフ」の販売を始めたのが2010年である。このまま日産が世界でEV市場の先頭を走るという見方もあったが、実際はそうならなかった。リーフに肩入れした日産社長(当時)のカルロス・ゴーンは力不足だったことになる。
 

テスラ驚きのビジネスモデル

 
世界のEVへの見方を大きく変えたのはテスラ・モーターズ(テスラ)創業者のイーロン・マスクだ。テスラ初期のビジネスモデルは驚きに満ちていた。まだ一台もEVを生産したことがないのに、予約販売で200億円近い資金を集めて、EVの開発・生産費に充てた。著名起業家マスク氏のパワーの賜物だが、リーフのような大衆車仕様でなく、テスラは富裕層向けに1,000万円を超える高級スポーツタイプEVを作ったことが新しかった。
 
また、筆者がカリフォルニアのパロアルトにあるテスラの本社を訪問した時、ガレージの裏庭のようなところでEVを手作りしているのを見たのが二番目の驚きだ。「こんなところで高級車を作っているのか」と。しかも、自動車修理工場特有のオイル臭が当然ながらない。
 

リーマン・ショックとGM破綻によってEV社会到来が早まった

 
テスラにとって飛躍のきっかけになったのは、皮肉にも2008年のリーマン・ショックである。ガタガタになった米国経済を立て直すためオバマ大統領(当時)が提唱した「グリーンニューディール政策」において、EV企業のテスラは重点的な支援対象となった。
 
この頃、名門自動車メーカーのゼネラル・モーターズ(GM)が経営破綻したが、これもテスラにとって追い風になる。GMとトヨタ自動車(トヨタ)は1984年にカリフォルニア州フリーモントに「NUMMI」という自動車メーカーを合弁で作ったが、GM破綻後にトヨタはその工場を閉鎖した。「カリフォルニアを見捨てるのか」と批判されて困っていたトヨタは、2010年NUUMI跡地をテスラに売って、両社共同でEVを生産することになった。トヨタにとっては批判をかわすことができ、テスラにとって念願の大量生産の環境取得である。NUMMI跡地が、テスラがEVメーカー世界一に飛躍する基礎となったのは言うまでもない。
 
もっとも、テスラとトヨタの共同事業自体は盛り上がらず、2017年に両社の資本提携は解消された。その後2020年にテスラの株式時価総額がトヨタを抜いたことが三番目の驚きである。短期間でここまで立場が逆転した例は珍しい。現在のテスラは全米各地、欧州、上海に組み立工場、電池工場を分散させている。筆者がパロアルトの「家内工場」を見学してからまだ15年しか経っていない。
 

EV社会を推進したい欧州と盛り上がらない日本

 
「本当にEV社会が来そうだ」と世界を実感させたのは、今年6月に欧州議会で成立した「2035年までに欧州でのガソリン車販売を事実上禁止する」法律である。こんな法律が出来たのはテスラの大躍進がきっかけだ。欧州は早くからEV社会を提唱していたが、それが可能なことを証明したのはテスラに他ならない。
 
確かに欧州はEV社会に移行しつつある。2021年の新車販売台数に占めるEV比率は11%もある。同じ時期の数字を見ると、米国は2.9%しかなく、日本に至ってはわずか0.9%である。リーフは低調で、日本のEV化は先進国内で圧倒的に低い水準である(*1 *2 *3)。ただ、日本ではEVの充電設備が整っておらず、消費者ニーズに応えていないので、普及率が低いのは当然と言える。
 
では、日本は欧州に追いつくために、しゃかりきにEVを増やさなければならないのか?
 
そういった「プランA」を叫ぶ人は多い。いや、日本には欧米とは違う「プランB」があるはずだ。それを考えてみたい。
 

プランB①: EVにこだわらないガラパゴス戦略

 
日本は欧州のEV戦略にただ追随するのではなく、日本独自の市場を作る「ガラパゴス戦略」が考えられる。欧州が定義する「EV」にハイブリッド車(HV)が含まれていないが、それは奇妙である。エネルギー消費効率を考えるとHVは立派なエコカーだからだ。ただ、HVをE Vに含めると、HV世界一のトヨタに、欧州は「塩をおくる」ことになる。そうなると困る欧州自動車メーカーが、HVをEVに認定しないよう議会でロビー活動をした可能性がある。EV社会は、崇高な理念ばかりで成り立っているわけではない。
 
日本で販売されているクルマは燃費が良い小型車や軽自動車の比率が高く、ガソリンをたくさん食う大型車が多い米国のクルマ社会こそ、地球温暖化の元凶と言える。日本は無理してEVを増やさず、ガソリン、HVのエコカーを維持して、CO2削減成果を世界にアピールするのが「ガラパゴス戦略」である。2035年に欧州でガソリン車の販売が禁止されても、日本メーカーは欧州、日本、米国で製造ラインを変えれば対応できる。
 

プランB②: EVを作らなくてもEV社会に貢献する

 
欧州が目指すような100%の「EV社会」が来たらどうなるか?今より膨大な数の電池が必要になる。そうなると、(A) 電池材料の枯渇、(B) 使用済み電池の廃棄・リサイクル、(C) 新たな発電所の必要性という問題が表面化する。
ここにおいて日本の「プランB」の余地がある。
 
(A)  電池材料の枯渇
EVに使われているリチウムイオン電池の材料であるリチウムの生産は、チリ北部の塩湖(Salares)に偏在している。EVが増えるともにリチウム需要も膨大になり、もはやチリだけに供給を依存するのは危険である。現在、豪州などの鉱山からリチウムを抽出することが検討されている。ただ、それでも足りなくなりそうなので、次に高濃度海水からのリチウム抽出などが研究されている。海に囲まれた日本に有利な研究テーマと言えるだろう。

(B)  使用済み電池の廃棄・リサイクル
大量に電池が出回れば、それらの廃棄やリサイクルが重要な課題になる。問題は、そのために膨大なエネルギーが必要なことだ。ガソリン車がEVに変われば、確かにガソリン消費量は減るが、同時に電池廃棄に必要なエネルギーが増えてしまう。それも加味して温暖化効果を算出するのがライフサイクル評価である。再生可能エネルギーにも同様の評価が必須となる。ここにも新しい「鉱脈」がある。
 
(C)  新たな発電所の必要性
EV社会で大量の電池が使われると、充電に必要な電力も膨大になり、今ある発電所では足りなくなることが懸念される。そうなると不足する電力を補うために、火力発電所や原発を新設する事態になる。これを加味したライフサイクル評価は、まだこれからの課題だ。
 
このようにEVの温暖化防止効果は見かけほど高くない。つまりEV社会は温暖化対策上、必ずしも良いことばかりではない。つまり、EVの数を競うだけでなく、このような課題に対応する技術開発によって世界に貢献することが、日本の「プランB」である。

本連載はこれで終了です。短い間でしたがご愛読ありがとうございました
 

*1 European Automobile Manufacture’s Association: ACEA, “NEW CAR REGISTRATIONS BY FUEL TYPE, EUROPEAN UNION
*2 National Automobile Dealers Association, “NADA DATA 2021
*3 一般社団法人日本自動車販売協会連合会,“年別統計データ「燃料別販売台数(乗用車)」


上記リンクより、立ち読みページもぜひご覧ください。
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著者プロフィール
尾崎 弘之(おざき ひろゆき)
1960年、福岡市生まれ。1984年東京大学法学部卒業後、野村證券入社。ニューヨーク法人などに勤務。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、2001年にベンチャー業界へ転身。ベンチャー・キャピタル、複数スタートアップ企業の立ち上げ、エグジットに関わる。2005年より東京工科大学教授。2015年より神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、同大経営学研究科教授(兼任)。
政府で核融合エネルギー委員会委員などを務める。博士(学術)。著書多数。


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