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【世界は「プランB」で出来ている 第4回】ロシア発エネルギー危機:日本のプランBはどこに?

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ロシアのウクライナ侵攻開始から半年が経過した。この暴挙が世界の政治、経済、文化に与える影響は短い紙面ではとても語り尽くせないが、ここでは「エネルギー問題」に絞って語りたい。
 

ロシアへの経済制裁で「返り血」を浴びる日本とドイツ

 ロシアは天然ガスの大産出国であるが、西側の経済制裁によって大量のロシア産ガスが市場から締め出されて、取引価格が暴騰している。天然ガス火力発電に依存している日本やドイツなどにとって深刻な事態だ。冬が厳しいドイツは今年の暖房対策を真剣に考えなければならない。
 
天然ガスと同じ化石燃料でも、カーボンニュートラルの観点から石油や石炭は嫌われる。これらはCO₂排出量が多いし、サウジ、イラン、ベネズエラなどの産油国が政治的な駆け引きに石油を使うからだ。石油や石炭よりCO₂排出量が少なく政治リスクが少ないという理由で、先進国に好まれているのが天然ガスである。
事実、天然ガスの産出国としては米国がトップで、カタール、マレーシア、豪州など西側の友好国に天然ガスの産地が多い。だから、これまで天然ガスは安心して調達できる燃料だった。
だがそれも、ロシアが天然ガスを政治的な恫喝の材料に使い始めるまでのことだった。中でも、国内に資源が少ないドイツや日本への影響が最も大きい。
 

「オール再生可能エネルギー」では江戸時代に戻る?

 国際政治の現実を考えると、化石燃料などさっさとやめて「すべて再生可能エネルギーにすれば良い」と思っている人がいるが、それは乱暴な意見である。太陽光、風力、バイオマスだけで地球上のエネルギーを賄えるという「机上の計算」もあるが、そこには「誰が電力供給の責任を負うのか」という重要な観点が抜け落ちている。
 
再生可能エネルギーと電池だけを使って生活するのは、江戸時代の「ロウソク生活」に戻るようなものだ。灯りのロウソクが風で消えたら自分で点ければ済む。だが、現代の大規模かつ複雑な電力システムでは、そうはいかない。誰かが責任持って電力網の需要と供給をマッチさせないと、頻繁に大停電が起きてしまう。例えば夜中に停電が起きれば太陽光は何の役にも立たないが、太陽光発電企業に停電の責任が問われることは理屈に合わないし、また現実的にもありえないだろう。
 
100%再生可能エネルギーに変えるのは、大停電の責任を取る人がいなくなることを意味する。そうなると、夜中に街の灯が消えて電車が止まり、ATMや携帯電話が使えなくなり、病院で手術ができなくても、政府や電力会社は「早い復旧を望みます」としか言えない。先日KDDIが引き起こした長時間の通信ダウンでさえ大騒ぎになったのに、こんな不便な「ロウソク社会」に戻れるはずがない。消費者が払う電気料金に発電や電力網のコストを付け回しできるので何かと評判が悪い電力会社だが、重要な社会的役割を持っていると考えればそれはいたしかたないだろう。
 

日本が採るべき「プランB」とは

 さてロシアの天然ガス供給制限が原因で、短期的に化石燃料の重要性が増しているが、一方でカーボンニュートラルの国際公約も生きている。
はっきり言ってこれはウクライナ問題がなくても、もともと両立困難な目標である。だが、それでもエネルギー安全保障とカーボンニュートラルという、相反する課題を両立させるのが、先進国の一員としての日本の責務である。このウクライナ侵攻を受けての「プランB」にはどのようなものが考えられるだろう?
 
「プランB」①      原発を本格的に再稼働させること
実はこれが最も効果的な「プランB」といえる。
福島第一原発のメルトダウンゆえに、日本政府が原発を再稼働させにくいことは国際的に知られている。したがって、日本は原油や天然ガスの売り手に「足元」を見られて、資源を高く売りつけられやすい。世論では原発は再稼働させ「ない」ことが当たり前になっているが、一方で国のエネルギー計画に原発はしっかり組み込まれている。「3.11」以来、原発の再稼働を口にする政治的リスクを恐れて、歴代政権はこのテーマを見て見ぬふりをして来た。しかし、そろそろ放置する猶予がなくなりそうだ。
 
「プランB」②      石炭を活用すること
同じ火力発電なので、原理上、石炭は天然ガスの代替エネルギーになりえるし、国際的に供給余力もある。ただ、CO₂排出量が多く、悪者になりやすいのは既に述べたとおりだ。事実、EUが「やめる」と宣言した石炭火力発電を続ける日本は、国際的に批判されてきた。ただ、その批判は的外れなところがある。日本の石炭発電効率は世界一と言われている。言い換えるならば、CO₂の排出量が他国よりも少なく抑えることができる。この技術を新興国で活用して貰えば、世界のカーボンニュートラルに貢献できる。このことは、従来から日本が行ってきた主張なのに、EUから半ば無視されてきた。これを強く主張する機会と思われる。

「プランB」③      天然ガスの調達網を広げること
これも当然ながら有力な「プランB」であり、実際、ロシア以外での新たなガス田開発が検討されている。しかし、ロシアをめぐる国際情勢が変われば、今度はガスが余る可能性がある。そうなると開発投資は失敗するので、一見有力な「プランB」だが一筋縄では行かない。
 
「プランB」④      再生可能エネルギーを安定化させること
今の再生可能エネルギーはロウソクのようなものだと述べた。巨大な電力システムにはベースロード(24時間安定して稼働する電力)が必要である。それが可能なのは原発だけで、再生可能エネルギーはベースロードの調整役にならないことがこれまでの常識だった。その常識を考え直す時期に来ている。つまり、再生可能エネルギーを今より出力を安定させる技術開発をするのが急務と言える。
 
「プランB」⑤      カーボンニュートラルの「一時的封印」
カーボンニュートラルは「美しい理想」ではあるが、むしろ国際政治の道具に使われることが多い。日本の石炭火力を批判して「原発と石炭火力をやめる」と宣言していたドイツも、ロシアからのガス調達が難しくなったことを理由に前言を撤回する気配がある。カーボンニュートラルはエネルギー市場が正常化するまで封印するという、「プランB」は当然日本にとって有力なオプションである。
 
このように考えていくと、「天然ガスが高くなって大変だ」と頭を抱えるのではなく、やれることはいくつもある。
そこで気になるのはロシアの「サハリン2」である。これは、三菱商事、三井物産などが出資する樺太の天然ガス開発プロジェクトである。英国のシェルがロシアへの経済制裁を名目に撤退したが、日本企業は撤退していない。
それが理由で欧州から批判を浴びているが、ここは慎重に考えなければならない。日本がサハリン2から撤退しても、契約上日本のガス代金支払い義務は残るからだ。日本が買わなくても、余ったガスは中国が買うだろうから、日本が撤退しても経済制裁にならない。
 
ロシアに対する経済制裁はもちろん「正義」ではある。だが、その「正義」がかならずしも皆の利益になるわけではないのが国際政治の現実である。

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著者プロフィール
尾崎 弘之(おざき ひろゆき)
1960年、福岡市生まれ。1984年東京大学法学部卒業後、野村證券入社。ニューヨーク法人などに勤務。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、2001年にベンチャー業界へ転身。ベンチャー・キャピタル、複数スタートアップ企業の立ち上げ、エグジットに関わる。2005年より東京工科大学教授。2015年より神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、同大経営学研究科教授(兼任)。
政府で核融合エネルギー委員会委員などを務める。博士(学術)。著書多数。



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