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#035 興味本位で履修した言語に魅せられ、現地の大学教授に【韓国】/世界ニホンジン探訪~あなたはどうして海外へ?~

お名前:荻野晋作さん
ご職業:大学教授
在住地:ソウル(2010年~)
出身地:静岡

興味本位の履修が運命の出合いに

――韓国との出合いを教えてください。

 大学の交換留学ですね。私が静岡大学の学生だった2005年ごろ、ちょうど日本は第一次韓流ブームでした。韓国の映画やドラマがずいぶんと流行っていたので、興味本位で友達と一緒に韓国語の授業を取っていたんです。気軽な気持ちで始めたものの、韓国人の友人ができたり、先生や授業も面白く、徐々に韓国に興味を持つようになりました。そんな中、大学で交換留学の制度があることを知り、「韓国語ができるようになったら嬉しいかも」と思い、韓国へ留学に行ったんです。

――留学はどうでしたか?

 1年間の留学で韓国語とハングル文字の面白さに触れ、「将来、韓国語を研究したり、教える仕事につきたい」と思うようになりました。留学したての時は「暗号っぽくも見えるハングルを読めるようになったらいいな」という軽い気持ちでしたが、勉強をしていくうちに日本語と韓国語の共通点や相違点に面白みを感じるようになったんです。

――韓国語に感じた面白さとはどういったものですか?

 例えば、言語には「コロケーション」という、2つ以上の単語の慣用的なつながりがあります。例えば、日本語では「計画を立てる」ですが、韓国語では「計画を絞る」といった表現になります。他にも日本語の「タクシーを捕まえる」は、韓国語では「タクシーを掴む」であったりと、言い回しが似ているようでちょっと違うんです。大学卒業後は、ソウルの大学院に進み、修士論文では韓国語と日本語のコロケーションの違いについて書きました。
 これはいま教える立場になって実感していることですが、言語は単語を覚えることも大切ですが、コロケーションを学んだ方が覚えやすいんです。例えば、日本語だと「私はりんご”が”好きです」なのに、韓国語だと「私はりんご”を”好きです」になるので、みんなよく助詞を間違えます。この場合、助詞を覚えるよりも、コロケーションごとまとめて覚えると間違いが減るわけです。

ソウル大学で学位取得時の荻野さん。

パートナーからの「私が養う」提案!

――どのタイミングで韓国移住を決心されたのでしょうか?

 もともとソウルで博士課程を終えたら、日本の大学で研究職に就きたいと思っていました。でも、博士論文を書き上げる間にどうやって生活費を得るか考えていた時、友人が「南ソウル大学が職員を募集してるよ」と教えてくれました。そこに就職したことがきっかけで、論文を出した後も韓国に住み続けることになりました。

――日本に帰ることも考えていた中での就職。迷いはなかったですか?

 一切なかったかと言えば嘘になりますね。ただ、当時付き合っていた今の妻に苦労をさせたくないという想いが強かった気がします。というのも、生活費をどうするか考えていた時期に、彼女が「博士を取るまで私が養うから、ゆっくり論文を書いたらいいよ」と提案してくれたんです。当時は、その言葉に甘えて勉強に集中することも考えましたが、やはりそんな苦労をかけるのも嫌だと思いました。そんな時に大学就職という選択肢が出てきたので、これはいい機会だと思ったんです。

――現在も同じ大学にお勤めなんですか?

 はい。2015年から南ソウル大学で大学教授をしています。場所は天安市で、ソウルとの距離感は、日本だと東京―静岡間くらいですかね。ここで韓国人学生に日本語と日本文化、留学生には韓国語を教えています。あとは、日本の姉妹協定校の窓口として、日本人留学生の受け入れとマネジメントをしています。

――職場で文化の違いを感じることはありますか?

 ルーズさ、よく言えば臨機応変なところには驚きました。学生はもちろん、教授達でも書類の提出期限を守らずにズルズルとスケジュールがずれ込んでいくことはよくあります。私なんかは「期限や時間は守るもの」という感覚が強いので、そんな周りを見ていて「すごいな」といつも思いますね(笑)。

一時は養う提案までしてくれた現在の奥さんと荻野さん。
荻野さんの勤務先である南ソウル大学。

競争の中で生まれる「就職準備生」

――韓国の学生を見ていて、日本との違いを感じることはありますか?

 成績にとてもセンシティブですね。日本と違って、韓国では就職活動の際に大学の成績証明書(GPA)を提出する必要があります。つまり、GPAがそのまま就職にも影響を及ぼすので、私の生徒も「どうしてこの成績なんですか」と文句を言いにくることがよくあります。

――韓国の学生にとっても、新卒入社はその後のキャリアにおいて重要なのでしょうか?

 実はそうでもありません。韓国は日本に比べて実績を重視する社会なので、いろんな経験を積んできた人が評価されます。何も実績がない大学生はそもそも仕事があまりありません。なので「就職準備生」といって、大学を卒業した後、独学で資格を取ったり、場合によっては専門のアカデミーに通って、地力をつけてから就職する人も多くいます。いわゆる就職浪人ですね。

――やはり就職競争は厳しいのですね。

 そうですね。大企業に行きたい学生が多い一方、そもそも日本に比べても大企業の数が少ない。その上、大学進学率も高いので、必然的に競争率が上がっています。

授業中の荻野さん。

初対面からプライベートな話題

――生活面でカルチャーショックはありましたか?

 初対面で、年齢をはじめ、いろんな個人情報を聞かれることには驚きました。韓国は年齢に応じて言葉遣いが変わるので、歳を聞くのは理解できるんですが、結婚しているか、彼氏彼女の有無など、いきなりプライベートなことを聞かれるのはビクッとしましたね。

――それは驚きますね。どうしてなんでしょう?

 どうやら深い意味があるわけではなくて、日本人が言う「今日はいい天気ですよね」のような、話すことがない時にカジュアルに使う言い回しのようです。でも、日本人からすると、初対面の人にいきなり「恋人はいるのか」「結婚はしているのか」と聞かれたら、身構えてしまいますよね(笑)。

美容整形/フェミニズムの先進国

――韓国は美容整形が先進的なイメージがあります。実際に若い学生たちと交流の多い荻野さんから見て、いかがでしょう?

 韓国人、とくに女性にとって整形はとても身近で、人生を成功させるひとつの手段だと感じますね。韓国では就職や恋愛などで、外見の印象が重視される一面があるので、外見を変えることは、自分の意思で人生を変えるためのひとつの手段になりえます。実際に「パートナーに求めること」というアンケート調査で、男性が女性に求める項目で1位だったのが「外見」、女性が男性に求めることの1位は「経済力」という結果をみたことがあります。もちろん全員がそういうわけではないですが、傾向としては確実にあると思います。

――どのタイミングで整形をされる方が多いのでしょうか?

 女性の場合は、高校を卒業したタイミングで、卒業記念または親からのプレゼントとして整形する人が多い気がします。

――一方で、近年の韓国はフェミニズムも先進的な印象がありますが、実際に暮らしていて実感はありますか?

 ひしひしと感じます。日本に比べて韓国の方が、女性の独立意識や、社会進出への積極性が高いと思います。大学の進学率をみても、日本は男性の方が高いですが、韓国は男性が70%、女性が73%です。そこにはいろんな要因があると思いますが、ひとつは日本に比べてジェンダーの平等教育が小さい頃からされているので、社会的な性の平等意識が高い傾向があると感じます。

まずは外に出てみることから

――韓国語との出合いが人生を一変させたわけですが、そういったものに出合っていくためには何が大事だと思いますか?

 まずは外に出てみることだと思います。特に大学生には留学を勧めたいですね。4年間しかない大学生活。その限られた期間で、もし本当は行ってみたいけどお金がないから諦めてしまう人がいるなら、なんとか工面してでも行く価値があると思っています。海外では自分の知らない価値観や世界とたくさん出合うことができて、それだけで人生が変わっていくと思います。その上で「やっぱり日本が良いな」と思えることも素晴らしいことです。勇気をもって外に出てみてほしいですね。

――最後に、荻野さんの今後の展望について教えてください。

 やっぱり日本の大学で働きたいという想いは捨てきれずにいます。いまは韓国人の妻と子どもがいるので簡単な話ではないですが、博士の学位があれば日本でも韓国にまつわる仕事があるので、機会があれば……とは考えています。ただ、子育てを始めて知ったのですが、韓国は保育園も給食費も無料です。そもそも電気代やガス代といった生活コストも日本の1/3程度。この環境から日本に移って生活するのは勇気がいるので、引き続き検討中ですね。

今は奥さんとお子さんの3人で暮らしている。

取材:2023年9月
写真提供:荻野晋作さん
※文中の事柄はすべてインタビュイーの発言に基づいたものです

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聞き手

おかけいじゅん
ライター、インタビュアー。
1993年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住者と交流する。趣味は、旅先でダラダラ過ごすこと、雑多なテーマで人を探し訪ねること。


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