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#020 自作のパンツ片手に、飛び込みでスーツ工房に弟子入り【イタリア】/世界ニホンジン探訪~あなたはどうして海外へ?~

お名前:新井健吾さん
ご職業:テーラー
在住地:ナポリ(2018年~2023年)
出身地:神奈川
オーダーメイドスーツのご依頼・ご相談はこちらまで:
kengoaraisumisura@gmail.com

飲み会の帰り道、「スーツをつくろう」と決めた

――いまはナポリでテーラー(スーツの仕立て人)をされているとのことですが、この職業に就こうと思ったきっかけは?

数年前、日本でのとある飲み会の帰りに、ふと「スーツをつくろう」と思ったんです。
当時のぼくは大学4年生で、留学から帰国したばかり。その時期には大学の同期のほとんどはもう就活を終えている状況でした。ぼくは特別なにかやりたいことがあったわけでもなかったので、地元で友達とぶらぶらして、けっこう暇してたんです。そんなとき、よく飲みに行っていたお店のシェフから「料理人の友だちが火星に行くプロジェクトの最終選考に残ったから、知り合いを集めて決起会やるよ」という誘いがあったんです。

――なんだかすごい集まりですね…! その飲み会の帰りに、テーラーになる決意をしたということですね?

そうです。はじめは「新しい出会いがあったらいいな~」という軽い気持ちで行ったんですが、そこにいたのはみんな自分のやりたいことを仕事にしている人ばかりでした。みんな何気なく「俺最近こんなことやってるんだ~」と話していて、その様子が凄く楽しそうだったんです。素直に「自分もこんなふうに働けたらいいな」と思いました。
その帰り道、終電もなかったので家まで3時間くらいかけて歩きながら「自分の興味のあることってなんだろう」と考えていたんです。そのとき、「服をつくってみたい」と思ったんです。とくにスーツが好きだったので「じゃあスーツかな」と。それと、スーツには大きく分けてイギリス風とイタリア風があるんですが、イタリア風が好きだったので、もうそこで「スーツをつくるためにイタリアに行く」って決めました。

――即断即決! 凄いですね!

ここで働かせてください!

――イタリアでテーラーになるために、まずなにから始めたんですか?

さすがに技術ゼロのまま現地に行ってもしょうがないので、まずは日本で半年間ほどお金を貯めつつ、洋服づくりの学校に通いました。一本のパンツを自分の手でつくるコースだったので、針の持ち方からはじめて、ほんとうに基礎的な勉強をしました。無事にパンツを一本つくり終えたタイミングで、それを持ってイタリアのナポリに渡ったんです。2018年のことでした。

――ナポリではどうやって修行を始めたんですか?

事前にナポリのスーツ工房をリストアップしていたので、ホテルに近いところから全部回って「ここで働かせてください!」とアピールするつもりでした。日本でつくったパンツも持参するので、技術ゼロではないことはわかってくれるかなと。
ただ、イタリア語はほとんどできなかったです。でも、学生時代の留学先がメキシコだったので、スペイン語は話せた。イタリア語とスペイン語は似ているところもあるので、どうにかなるかなと。
そしたら、奇跡的に一番最初に訪れたお店のオーナーの息子さんがスペイン語を話せたんです。それで「ここで働かせてほしい」と伝えたら、「いいよ、いつから来れるの?」って。「今日からいけます!」ってことで、ナポリでの生活が始まった感じですね。
これは後から知ったことですが、昔はぼくみたいに飛び込みで弟子入りする文化があったそうなんです。ただ、今はもうほとんどない。きっと親方も「いまどき珍しいから入れてみるか」っていう感じだったんだと思います。こんな感じで、給料ゼロの丁稚奉公から修行がスタートしました。

――いやあ、すごいです。そもそもイタリアの中でナポリを選んだ理由は?

気候的に住みやすそうだったからと、スーツ工房がイタリアで一番多いからですね。ナポリは他の都市に比べて古風な街なので、まだ手仕事が残っているんです。

古風な趣を残す、ナポリの街並み
ナポリのスーツ工房の様子

イギリス風とイタリア風の違い

――移住して5年、現在のお仕事はどうですか?

ナポリの「Sartoria Solito」というお店のテーラーとして、紳士服をつくっています。仮縫い、中縫い、本縫いなど、スーツ作りにはさまざまな工程があるんですが、生地の裁断だけは親方が行います。ぼくはいま生地の裁断以外すべてをやらせてもらっています。

――すごいですね! 他国と比べて、イタリアのスーツの特徴はどこにあるのでしょう?

スタイルや文化の違いがわかりやすいので、イギリスとよく比較されます。たとえば、イギリスのスーツは硬くて型崩れがあまりなく、イタリアのスーツは軽くて柔らかいのが特徴です。もともと、イギリス人がバカンスでナポリを訪れた際に、こちらのテーラーに頼んでナポリの気候に合った軽いスーツを頼んだのが起源とも言われています。肩肘張らないで着れるスーツが、イタリアのスタンダードなスタイルとして定着していますね。
あと個人的におもしろいと思ったのは、店舗のスタイルです。ロンドンでは、オーダーメイド紳士服店が路面に立ち並ぶ「サヴィル・ロウ」という通りが有名です。でも、イタリアのお店は外からだと一見わからない場所にあることが多いんです。9割くらいはマンションの一角みたいな、一見さんにはわからない場所にあります。大々的にお店を構えるんじゃなくて、顔見知りの地元の人たち相手に服をつくってきたんだろうなと思います。

作業中の新井さん(左)

スーツと白Tシャツは同じ!?

――本場イタリアで学ぶ過程で、スーツに対する意識の変化はありましたか?

スーツの捉え方が変わりましたね。イタリアに来た当初は、スーツは「その人を飾る」ものだと考えていました。身にまとうことで強くなれる、甲冑とか鎧のようなイメージですね。ただ、スーツをつくれるようになっていく過程で、スーツは「その人の魅力を引き出す」ものではないかと思うようになったんです。スーツはその人に何か新しい要素を加えるのではなく、その人が本来持っている魅力を引き出すものではないかなと。力を高める甲冑や鎧ではなく、その人のキャラクターを際立たせる、むしろ無地の白Tシャツの方が近いように感じています。

――白Tに近いという感覚は、驚きです。そうなるとつくる過程で「人を視る」目が必要になってくるのではないでしょうか。

まさに、観察することはテーラーにとってとても重要な行為です。以前お世話になっていた親方には「occhio (目) を使え」「お前はただ見てるだけ、もっと観察しろ」と繰り返し言われていました。観察することはつまり、考えることでもあります。常に考えながら人と生地を見て、スーツをつくっていかなければならない。イタリアでは、こうしたテーラーとしてのあるべき姿勢をいくつも学ばせてもらいました。

新井さんの仕立てたスーツ①
新井さんの仕立てたスーツ②
新井さんの仕立てたコート

イタリアで学んだ「家族を大切にすること」

――今後について教えてください

日本で自分のお店を開きたいと思っています。イタリアに渡ったときから、いつか自分のお店を出したいという想いはありました。そこから修行を始めて、働き、5年経過した今、やっと技術と覚悟が整った感覚があります。

――イタリアではなく日本でお店を開きたい理由はなんですか?

「家族の近くで暮らしたい」という思いが芽生えたからですね。もちろんヨーロッパでお店を出すのもいいと思うんですが、イタリアで生活をしていくなかで、「家族は大切な存在だ」という価値観が身近になったんです。イタリアの人は、仕事の最中でも家族と電話をします。話題は本当に些細なことなのに、1日に何回も電話するんです。同僚たちが家族と電話しているのは何気ない風景ではありますが、「大切な家族と密に時間を共有する豊かさ」のようなものに気付かされました。そこで、ぼくも彼らみたいに、家族の近くで過ごしたいと思うようになったんです。これが日本でお店を開きたいと思う理由です。

ナポリの友人たちと(右から2人目が新井さん)

過去の自分に届けたい2つの言葉

――「イタリアに渡る前の自分」にアドバイスができるとしたらなにを伝えますか?

親方に教えてもらった2つの言葉、「Provare per credere.(なにかを信じる為にはまず試してみろ)」と、「Non è mai troppo tardi per cominciare qualcosa.(なにかを始めるのに遅すぎることはない)」を送りたいです。もとはイタリアの喜劇俳優トトの格言で、親方もそれに感銘を受けて、ことあるごとにぼくたちに言ってくれていました。
なにか新しいことや知らないことがあっても、とにかく試すしかない。ダメだったらまた別の新しいことを試せばいい。ぼくもそんな姿勢をこの言葉から学びました。ぜひ新しいことを始めようとしている方に、この言葉が届くといいなと思います。

取材:2023年8月
写真提供:新井健吾さん
※文中の事柄はすべてインタビュイーの発言に基づいたものです

新井さんはすでに日本に帰国されており、オーダーメイドスーツの依頼を受付中とのこと。ご興味を持たれた方は、kengoaraisumisura@gmail.comまでご連絡を。

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聞き手

おかけいじゅん
ライター、インタビュアー。
1993年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住者と交流する。趣味は、旅先でダラダラ過ごすこと、雑多なテーマで人を探し訪ねること。


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