第14回 記憶の中の顔(後編)
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第14回 記憶の中の顔(後編)

〈前編から続く〉

人が記憶できる顔の数は最大、何人?

身体から切り離された顔は、ある意味で身体よりも“名前”に近いものなのかもしれません。しかしながら顔は名前と決定的に違います。中でも、記憶の仕方と記憶の量に大きな違いがあるのです。

たとえば人が記憶できる顔の数は、記憶できる名前の数をはるかに超えます。名前は出ないけれど知っている顔がたくさんあることは、誰もがなんとなく感じていることでしょう。しかしいったいどれくらいの数が記憶できるかは、長年の謎でした。

メディアを通じて大量な顔にさらされる現代人の話もしましたが、おそらく現代人はこれまでにない大量の顔を記憶しているはずなのです。しかし、具体的にどれくらいの数、顔を覚えられるのかは、なかなか実証できなかったのです。

なぜならば予測される数に匹敵するほどの、大量な顔を選んで用意することが難しいからです。単に顔写真を集めるのではなくて、「この人の顔なら知っているだろう」と思われる、政治家やセレブなどの写真を何千枚も片っ端から集めるというのは並大抵のことではありません。

それが2018年、顔の記憶研究で有名なイギリスの研究室が総出で、有名人の顔写真をあらいざらいかき集めた実験を行ったのです。自分たちの知っている、あらゆるジャンルの「有名人」3400人ほどを、大学院生も学部生も全員参加でリストアップし、さらにそれぞれの人物に該当する顔写真をグーグル画像検索で複数枚かき集めたのですから、努力の賜物〈たまもの〉です。

まずは「思い出せる顔の数」を調べる実験が行われました。実験室の中で1時間、個人的な知り合いを思い出せるだけ頑張って思い出してもらい、その顔の数を数えるのです。また別の実験室では、同じように有名人の顔を思い出せるだけ思い出してもらいました。
実験の結果、個人的な知り合いで平均362人、有名人では平均290人を思い出せることがわかりました。

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ただしこの結果は1時間という限られた時間のものだったので(それ以上拘束して、思い出させるのは苦痛を伴うことになるので、実験倫理上、問題となります)、実験時間の5分ごとに思い出された顔の数の推移から算定した結果、人はおおよそ500人の知り合いの顔を思い出せると算出されたのです。

次に、頑張ってかき集めた有名人の顔写真をもとに実験が行われました。
先の実験は知り合いの顔を思い出す実験でしたが、こちらは有名人の顔を写真から思い出せるかを調べました。

実は知り合いの顔に関しても、実験参加者が「思い出せるよ」と言ったとしても、ほんとうに思い出せているかどうかは、当人の顔写真で確認すべきなのですが、知り合いの顔では不可能です。もしそうしようとするならば、前もってそれぞれの実験参加者の知人の顔を集めなければならないわけですが、そもそも知り合いのリストを作ってもらった時点で実験の内容はバレバレになるからです。

しかし、誰もが共通に知っている有名人の顔ならば、あらかじめ写真を集めて実験できるというわけです。

さて有名人の実験では、「写真を見て、『この人、知ってる!』とわかる顔の数」を調べました。しかし、「知ってる」とその人が思っていても、本当に分かっているかの保証はありません。そこでそれを確認するために同じ人の複数の写真を見せ、正しく回答できたかを1時間の制限時間内で調べました。

こちらも実験時間に限定があるので、先に行なった「思い出せる顔」の数を参考にして、「写真を見てわかる顔」の比率(recall-to-recognition ratio)を算定しました。この比率が1:4.62であることがわかったことから、計算上、4,240人の顔写真を「知っている」と認識できることがわかりました。

人は何人と「知り合い」になれるか?

1人の人が5,000人にも届くほどの顔が認識できるということは、予想を超えた、驚きの結果でした。

この論文に出会う以前、「人は、どれくらいの顔を覚えられますか?」と聞かれた際には、漠然と「300人くらいでは」と筆者は答えていました。

幼稚園から大学までの人間関係の規模を思い起こすと、身近に直接出会える人の数はそれくらいが限界ではと考えていたのです。そんなこともあって、思い出せる個人的知り合いの数が300人から400人の間という、この論文の最初の実験結果は、まったく腑に落ちたわけです。

ちなみにこれは、Facebookの友達の数の上限にも符合するようです。もちろん1000人以上の友達を登録している人もいますが、「直接会った人だけ登録しています」というタイプのアカウントを見てみると、「最大数は300から、せいぜい500くらいだろう」という私の直感と一致していたのです。

おそらく「知り合い」として記憶にためこめる顔が、この程度が限界なのでしょう。
あるいは普通に生活していて直接、知り合える人の数も、この程度なのかもしれません。もちろん個人差も大きいことがこの論文の主張だったので、たくさん記憶している人もいれば、そうでない人もいるわけです。

既知選好と新奇選好

とはいえ一方で、写真を見て知っているとわかる人の数が5000人というのは、想像をはるかに超えるものでした。

顔以外の記憶量と比べると、複雑な人の顔をこれほど記憶にためこめることはほんとうに不思議なことですが、それには慣れ親しんだものを好むという人の性質が大いに貢献していると思います。

一般的に、人には慣れ親しんだものを好む “既知選好”があります。

選好とは聞き慣れない言葉ですが「選〈よ〉り好〈ごの〉み」という程度の理解で、ここは読んでください。

テレビや雑誌、ネットの広告でも洗剤や歯磨きなど、価格や機能に差がない商品に関しては、見慣れた方を好んで選択する、つまり既知選好があることが知られています。そうした商品について、メーカーが大量の広告を出すのはその原理を知っているからなのです。

顔の場合は慣れることに重要な意味があります。顔を見る基準(物差し)で話したように(第6話・後編)、人は見慣れた顔を元に美しさの評価の基準を作りだします。さらに言えば、「見慣れた顔を好きになる」という研究報告もあります。

この “既知選好”の成立をたどってみると、生まれてから発達していく記憶の不思議をのぞくことができます。 

実は生まれたばかりの赤ちゃんには“既知選好”がありません。むしろ新しいものの方が好きで、これを“新奇選好”と呼びます。これは発達途上の脳に刺激を与えるためと言われています。

胎外に出て光の刺激を受けてから発達する、視覚を支える脳の部位である視覚野は、生後8ヶ月の間に劇的に発達することが知られていますが、その間になるべくたくさんの人やモノを見ることが脳の発達において大事なのです。

小さな赤ちゃんが「新しもの好き」である理由

この新奇選好は赤ちゃんの発達を調べる実験で活用されています。

実験の中で同じ対象を赤ちゃんに何度もしつこく見せたあと、その後に別の対象を見せるのです。そこで赤ちゃんが最初に見たものより、後に見たものを選好したら、この2つは別ものとして認識していると推定できるというわけです。言葉が通じない赤ちゃんでも、この方法なら彼らの心の中がのぞけるのです。

ところがこの実験は、1歳を過ぎたら通用しないと言われます。そのころには動き回るので、おとなしく対象を見続けてくれないということもありますが、新しもの好きの新奇選好が弱くなっていくからです。

そもそも記憶を持たずに生まれた赤ちゃんですので、大人と同じように慣れ親しんだものを好きになるには、まずは記憶を蓄積せねばなりません。そして、その記憶を蓄積しておくためには、記憶を処理する脳の部分を発達させねばなりません。

実際のところ新しいもの好きの時期にある赤ちゃんは、記憶することがまだおぼつかない状態です。

赤ちゃんに関して、こんな「あるある話」があります。

友達の赤ちゃんに会いに行ったものの、目を合わせるたびに泣きだされ、仲良くなるのに四苦八苦。時間をかけて、ようやく仲良くなれたものの、赤ちゃんは疲れてお昼寝。赤ちゃんが起きたところで「よく寝たね」と声をかけたら、「この人、誰?」という感じで大泣きされてしまった……眠っている間、記憶はリセットされてしまったのでしょう。幼い赤ちゃんの記憶は、それくらい曖昧なものなのです。

「生まれたときの記憶」は本物か?


新奇選好から、大人と同じ既知選好に切り替わる時期を調べた実験があります。幼児を対象におもちゃを与え、新奇選好と既知選好どちらに傾くかを調べたものです。個人差も大きいのですが、早い子では2歳くらいから、平均ではおおよそ3歳か4歳くらいで見慣れたものの方を好む傾向がみられました。
興味深いことに、この年ごろと一致しているのが、自分の記憶をさかのぼる限界です。たいていの人にとって、幼い頃を振り返って記憶をさかのぼることができるのは、3歳か4歳くらいまででしょう。

この話を授業ですると、必ずといっていいほど「自分は、生まれた時の記憶がある」と主張する学生が出てきます。中には「胎児のころの記憶がある」と言う学生さえいます。

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夢を壊すようでしのびないのですが、意識を司〈つかさど〉る大脳皮質が機能し始めるのが生後2ヶ月頃といわれているので、それ以前の段階で、大人と同じように意識や記憶を持っている可能性は薄いのです。こうした記憶は、周囲の大人の思い出話などを聞いて後から作った「誤記憶」である可能性が高いでしょう。

話を戻すとこの既知選好が始まるころから、懐かしいエピソードにあふれた記憶が形作られるようになるようです。

「採用マニュアル」はなぜ生まれたのか


その一方で大人が持つ既知選好は、時として注意が必要です。特に会社の入社面接で、人を選ぶ際には気をつけなければなりません。既知選好によって、つい自分たちと似た人、似たタイプを選んでしまうことになるからです。

新入社員などの面接で「わが社の社風に合うか否か」という基準を設ける、日本らしい考え方も、それに拍車をかけているかもしれません。

異文化比較研究によると、日本人は欧米人と比べ、自分の属する集団そのものを自己と一体化する傾向があると言われています。そのため「人間関係が円滑に進むほうがいい」という大義名分のもと、自分の属している集団がより均質になることを好み、結果的に自分たちと似た人ばかりを選ぶことにつながる可能性があるのです。

そう考えると就職活動で身に着けるリクルートスーツも、その象徴のように思えてしまいます。

日本人からすると、なじみのリクルートスーツの就活学生の集団は、外国人の目からみると異様にすら映るようです。慣れたものへの好み(既知選好)に加えて、日本人好みの均質性もあいまって、人と違う格好をすることに抵抗が出るのでしょうか。しかし、個性を出せない就職活動時の学生の姿を見ていると、なかなか苦しそうです。彼らもリクルートスーツを好んで着ているわけではないのだろうと思います。

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実際のところ、採用面接は古くから悩ましい問題だとされてきました。それは20世紀初頭のアメリカですでに「採用マニュアル」が開発されてきたことから分かります。そのマニュアルは、採用希望者の外見から性格を推測して、「科学的に正しい採用」をすることを目的にしたものでした。

アメリカでこのようなマニュアルが20世紀の初めに開発されたのは、それまでのアメリカ社会では家族や親族単位で商売を営むのが当たり前だったのが、産業化や都市化によって、縁故のない、見知らぬ人間を雇う必要が出てきたからです。そこで客観的で、合理的な採用マニュアルが求められるようになったというわけなのです。

言い換えると、ちょうどそのくらいの時代から私たち人間は「見知らぬ人たち」と付き合うことになったということでしょう。それまでは顔見知りの、身内だけで暮らしていたのが産業の発展によって社会が広がり、見知らぬ人たちの顔をも覚えなくてはならなくなったのです。

産業の発展から情報通信の発展へと社会は進化し、見ず知らずの人の顔をますます記憶しないといけない時代になってきました。さらに加えて、今ではAI技術が発展して、ディープフェイクと呼ばれる技術を使って偽の顔画像(現実には存在しない人の顔画像)を大量に作ることができるようになりましたから、ますます話はやっかいです。

つまり実在しない人の顔も含め、さらに多くの顔に触れる機会ができているのです。これほどたくさんの「他人の顔」を覚えなくてはならなくなった人類は、この先どこに行くのでしょう。そんなに多くの顔を覚えることができるのでしょうか。顔の記憶がパンクしたりしないのでしょうか。

社会の変化、通信環境や技術の革新により、社会生活は広がり便利になりました。その一方で、人が顔を記憶する卓越した能力への挑戦は続いているのです。

次回は11月5日(金曜日)公開予定です。

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
★山口真美研究室HP
★「顔・身体学」HP
★ベネッセ「たまひよ」HP(関連記事一覧)

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