第13回 日本人はいつから「日本人」になるのか(後編)
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第13回 日本人はいつから「日本人」になるのか(後編)

〈前編から続く〉

なぜ日本と欧米を比較対照するのか

さて、そこでこの連載の第1回を思い起こしてください。

相手の表情を見る際に日本人は目元に注目するのに対し、欧米人は口元に注目する──この違いはやはり生後1年前後で見られたことをお話しました。これもまた、赤ちゃんがそれぞれの社会に適応しようとして起きる変化と言えるわけです。

ところで、読者の中には「こうした研究はなぜ、いつも日本人と欧米人を比較するのか」と疑問を感じる人もあるでしょう。「白人コンプレックスでもあるんじゃないの?」と思う人もいるかもしれません。

しかし、それは大きな誤解というもので、日本人の赤ちゃんが育つ日本社会と、いわば対極にあるのが欧米社会だろうという仮定から、この両者を比較することが多いにすぎません。日本と欧米の社会の違いはとてもハッキリしているので、この両者で比較するほうが、日本の赤ちゃんの発達を理解するうえで参考になるというわけなのです。

日本人と欧米人(この場合は大人ですが)で、認知のしかた、つまり物事の見方が異なることを示した、ユニークな研究はいくつもありますが、そのうちのいくつかをご紹介します。

線の引き方にも「アメリカ人らしさ」が現われる

まずは一つ目のテストです。

このテストでは、大きな正方形(下図A)の中に描かれた縦線を見てもらって、小さな正方形に縦線を引いてもらいます。
ただし、このときに描く縦線の長さを、二つのやり方で決めてもらいます。

一つ目は、元の線とまったく同じ長さの縦線を引く(下図B)。
もう一つは、正方形の辺の長さとの比率が同じ縦線を引く(下図C)。

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たったこれだけのことなのですが、実際にやってもらうとアメリカ人と日本人では「正答率」に明らかな違いがあることが分かりました。

アメリカ人は最初のテスト、つまり同じ長さで線を引けた人の割合が多かったのですが、二番目のテストでは日本人のほうが得意だったのです。

その結果を示したのが下のグラフです。

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このグラフでは線の長さが何ミリ間違っていたかの平均、要するに「誤差」の比較をしています。
日本人は絶対的な長さの正しさのほうが誤差が大きいのに対して、アメリカ人では同じ比率の線を引いた場合のほうが誤差が大きくなっていることが分かるでしょう。

こうした違いが「なぜ」起きているかはさておいて、日本人は比率の正しさについてセンシティブで、アメリカ人は長さの正しさにセンシティブだということがお分かりになるでしょう。

「ウチとソト」では、なぜ日本人は態度が違うのか

もう一つのテストは、魚の動画を見て、そこに何を見たかを答えてもらう、というものです。

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上図のように、魚やカエル、水草、石といったさまざまな対象が並ぶ水中のシーンの短いビデオです。日本人とアメリカ人を対象にしたところ、ここでも対照的な違いがみられました。

アメリカ人が、大きいものや早く動くもの、とにかくはっきりして目立つ対象(たとえば魚)から順に答えだしたのに対して、日本人は動きの少ない背景(たとえば水草)に関して、アメリカ人よりも倍以上の答えを出したのです。全体として、日本人はアメリカ人よりも60パーセント多く背景の情報を報告することができました。

さらにこの実験では、こうした報告の後に動画に出てきた要素の写真を個別に被験者に見せて、それが動画の中に出てきたかどうかを質問したのですが、その際、写真の背景をそのまま残したパターンと、背景を変えたパターンで記憶の成績を比較してみました。

するとアメリカ人のほうは背景が同じでも違っていても成績が左右されることがないのですが、日本人は背景が変わると、とたんに成績が悪くなるということが分かりました。

このことは、日本人は「背景を含めた全体」として物事を知覚し、記憶していることを示しています。しばしば日本人は「ウチとソト」、たとえば家庭の中と会社の中で行動や態度が変わるということを指摘されますが、この実験の結果はその指摘を裏付けるものであるとも言えそうです。

どっちが似ていると思いますか?

最後は少々複雑なテストです。下にある「ターゲット」の絵柄が、上の二つのグループのどちらに似ていると思うかを日本人と欧米人に問うものです。

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まずグループ2のほうを見てください。

グループ2は4つの花ともターゲットと同じ、まっすぐで太い茎〈くき〉を持っていますが、そのほかの要素(花や葉っぱ)などはまったく違ったり、なかったりします。ですから、ちょっと見ただけでは、なんだかターゲットとは遠い印象です。

一方のグループ1の4つの花には共通した特徴はありません。しかし、みんなそれぞれがターゲットと共通した要素を何かしら持っています。花が似ているのもあれば、葉の付き方が似ているものもあります。
言い換えると、グループ1のほうは全体としてはターゲットと似ていると言えます。

実験の結果、欧米人はグループ2、つまりそれぞれの花に違いがあってもターゲットと明確に共通点を持っているほうを「似ている」と選択しました。
一方、日本人はグループ1、つまりターゲットとの明確な共通点はないものの、全体からすると似たように見えるほうを選びました。

おそらく読者の多くも、グループ1のほうが似ているなと思ったのではないでしょうか。

世界的にもユニークな「渋谷スクランブル交差点」

筆者は、この両者の違いを見たときに欧米社会と日本社会の町並みの違いを連想しました。

日本と欧米では、街角の印象が正反対です。
アメリカやイギリス、ドイツなどでは街並みに使う色が制限され、整然とした街並みが続きます。アメリカの郊外の住宅地などはまったく同じ家がずらっと並んでいるかのように見えます。また都市部の下町のアパート群も全体に似ています。

それと比べ、日本をはじめ、東アジアでは雑然とした街並みが特徴です。
大きさや色や質感の統一感のない看板が混在して、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような乱雑さです。

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こうした東アジア独特の乱雑さを象徴するのが、渋谷のスクランブル交差点だと私は思っています。

有名な、あのスクランブル交差点では四方八方から同時に、雑然とした人のの群れが交差します。それは一見するとカオスのようですが、しかし、全体ではそれで問題もなく、みなが交差点を渡っている。これは世界的に見ても、実はユニークな風景だと思います。

話を戻せばこの実験は、共通したルールを重視するのが欧米社会で、そうした原則はあまり重視されず、全体として見たときに調和していることを重視するのが日本社会であることを示しているのだと解釈できます。

これ以外のさまざまな対照実験でも、規則よりも全体的な雰囲気を大切にすること、「文脈」(いわゆる「空気」や「雰囲気」)を大切にすること、相対的な判断をすることなどが日本人を含む東アジア人の特性であることが明らかになっています。

チアリーダー効果とは

さて最後にもうひとつ、日本人の特徴について話しておきましょう。

AKB48のような大人数のアイドルグループ、これも日本特有のものだと筆者は考えています。

チアリーダーのようにセンターにいると、それだけで魅力的に見える「チアリーダー効果」の研究が、2014年にアメリカで発表されました。一人で写った写真よりも、集合写真でセンターにいた時の写真のほうが、魅力度が上がるという結果でした。

チアリーダーはいつもグループの中心にいます。チアリーダーが魅力的なのは、客観的に見て魅力があるからなのか、それともセンターにいるからなのか──まるで「卵が先か、ニワトリが先か」という話に似ています。

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しかし、こうしたチアリーダー効果ははたして日本人にも当てはまるでしょうか。

たしかに、AKB48などでは「選抜総選挙」でメンバーの間に序列を決めていますが、そのトップになった人がかならずチアリーダーのようにセンターポジションを占拠しているかというと、そうではありません。

曲の流れの中でマイクを持って歌う子は変わっていきますし、またセンターにいるから絶対的な人気を誇っているかというと、そうでもありません。ファンはそれぞれに自分の「推しアイドル」を決めていて、1位にならないと人気急落、というわけでもありません。

さらに、グループの中の特定の個人を好むから応援するのではなくて、「このグループが好き!」と言うファンもいます。AKB48を始め、メンバーがしょっちゅう入れ替わっているアイドルグループは少なくありませんが、それでそのグループのファンをやめるというわけでもないのです。

これらを総じて言えば、グループのメンバーには統一感がなくても、全体の雰囲気を楽しむのが日本のアイドルファンのように思います。

これは欧米のタレントグループにはない特徴と言えるでしょう。

先ほど紹介した研究は、グループであっても評価の対象は個人の力量や魅力であり、その象徴がセンターポジションであるということを示しています。裏を返していえば、センター以外のメンバーはみんな脇役で、センターをもり立てるための飾りということになります。

同じアイドルでも、欧米と日本(と東アジア)ではこんなに受け止め方が違うのです。

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タイのアイドルグループBNK48(バンコク)2018年11月21日撮影

そう考えていくと、AKB48に代表される日本的アイドルグループは東アジア諸国に「輸出」できても、欧米のエンタメ業界に参入できないのは、当然のことなのだと言えそうです。誰がセンターポジションなのかはっきりと分からない、日本型のアイドルグループは欧米人には馴染みにくいものなのです。

なぜ韓国のアイドルグループは世界で人気なのか

そこで注目すべきは韓国のアイドルです。

同じ東アジア圏にあっても、韓国のアイドルの作り方は異色です。韓国のアイドルグループは、それこそ誰が誰なのか、容易に識別できないほど、統一感を重視しています。「みんな違って、みんないい」という日本とはまったく違うアプローチです。

その理由は今さら言うまでもありません。韓国は世界戦略を最初から意識したアイドル作りをしているからです。実際、最初は日本の模倣から始まったと思われる韓国のアイドルグループは、BTS(防弾少年団)を筆頭に、今や世界中で人気を集める時代になっています。

異国の地を旅しなくても、ネットでそれぞれの国のアイドルを検索するだけで、こうした文化的な違いを感じることができます。

また、インスタグラムを初めとするSNSで発信されている各国の写真を見ているだけでも、それぞれの国の暮らしぶりや住環境に触れることができ、そこからお国柄を推察できるというものです。

それこそ、日本人が得意とする背景を含めた「全体としての認知」能力を発揮して、写真の背後にわずかに写しだされた、その家の家具や壁紙やさまざま日常品の色使いや形、多様な住環境に着目して見ると、いろんな面白い発見があります。

コロナ禍の今は、残念ながら気楽に海外旅行というわけにはいきませんが、その今こそ、ネットを通じて、世界の文化の違いに触れ、興味を持つチャンスだと思います。そしてふたたび本当に旅に出る機会ができた時にこそ、この足でさまざまな国の人々に出会い、多様な価値観を認め合う機会を作っていただければと願うばかりです。

次回は11月5日(金曜日)公開予定です。

*本記事で紹介した実験関係の図版はすべて下記論文からの引用です。
"The influence of culture: holistic versus analytic perception" by Richard E. Nisbett and Yuri Miyamoto, TRENDS in Cognitive Sciences Vol.9 No.10 October 2005
*photo ©sepavo/123RF.COM, ©eyeofpaul/123RF.COM

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
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