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コロナブルーを乗り越える本 倉谷滋

形態進化生物学者、倉谷滋さんは病原体、病気、死に対し、17~19世紀、人間が科学の方面から試みたアプローチを描いた3冊を紹介。歴史の重みをもって語られる科学は今こそ読みたい。

※この記事は、集英社インターナショナル公式サイトで2020年4月10日に公開された記事の再掲載です。

『ヴァンパイアと屍体:死と埋葬のフォークロア』

ポール・バーバー、野村美紀子訳/工作舎

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1681年、哲学者ライプニッツがペスト対策のために記したという『エルンスト・アウグスト公爵のための覚書』が先日、工作舎ウェブサイトで期間限定公開された(※11月14日まで公開)。それを読むと、当時の状況が驚くほど現在の新型コロナウィルス禍と似ていたことが分かる。「見えない敵」に対する防御の技術、人情を犠牲にしても押し通さなければならない論理。蔓延阻止のための社会学的テクノロジーの基礎が、すでにしてかの天才の頭脳の中に完成していたことに驚かされる。

人類史は疫病との戦いの連続であった。いや、我々の祖先がまだ人類ですらなかった頃から病気はずっと我々とともにあった。この脅威に対し、社会学と科学のテクノロジーが応戦するようになったこと自体ごく最近のことなのだ。ポール・バーバー著『ヴァンパイアと屍体:死と埋葬のフォークロア』は、18世紀までの吸血鬼伝説が、当時における疫病の蔓延と、非科学的な「死」の認識に由来していたことを明らかにする。

『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』

ウェンディ・ムーア、矢野真千子訳/河出文庫

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯.bk

当時、病院は「死ぬためにゆく場所」であった。病人を一カ所に集めておかないと、健常な人びとまでが冒されてしまう。それが、「病気を治す場所」に変じるうえでの最大の功績者は、18世紀末期に活躍した稀代の外科医、ジョン・ハンター。その活躍は、ウェンディ・ムーア著『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(河出文庫 2013年)に詳しい。いま、当たり前のように行われているエタノール消毒を発明したのがそもそも彼だ。病の根絶のため、身を以てそれを体験せねば気が済まない彼は、梅毒を含めたあらゆる病原体を自分自身に接種した。種痘の開発者として知られるジェンナーは彼の弟子である。

『感染地図』

スティーヴ・ジョンソン、矢野真千子訳/河出文庫

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スティーヴ・ジョンソンの『感染地図』(河出文庫 2017年)も、科学的に病原体を封じ込める人間の戦いを綴った快作だ。コレラが襲った19世紀ロンドンではまだ下水道が完備されておらず、土壌から井戸を通じ、人びとの口にこの「見えざる敵」が入り込んでいた。コレラの犯人すらも知られていなかった時代、感染区域の広がり方からある傾向を見出した1人の「探偵」がいた。その名は、ジョン・スノー。彼は、綿密な調査と根気と直感で、犯人の移動経路が井戸であることを突き止めてゆく。これが切掛けとなり、ロンドンの下水システムは完備されるに至った。

病は常に文明とともにある。都市の成長や構造変化、そして人の動きが新たな病原体の蔓延経路を構築する。そして21世紀、我々はグローバル経済を享受し、都市の構造はかつてなかった広がりと複雑さを見せ、あらゆる情報や物資や人間が凄まじい早さで、途轍もない距離を移動するようになった。人類史を振り返るとき、それによって現在を認識するとき、我々は直面している困難の真の顔を知るのだろう。

くらたに しげる 形態進化生物学者、国立研究開発法人理化学研究所 開拓研究本部主任研究員。
1958年、大阪府生まれ。京都大学大学院理学研究科修了、理学博士。琉球大学医学部助手、ベイラー医科大学助教授などを経て、1994年、熊本大学医学部助教授。2002年より理化学研究所チームリーダー、2005年、同グループディレクター。著書に、『分節幻想』『怪獣生物学入門』『進化する形』などがある。

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