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第6話「美人とは何者か」を考える(後編)

ここまでの話

人々が「美人」や「ハンサム」と思うのは、いったいどういう特徴をもっているのか? この問題について、心理学者たちはさまざまなアプローチをしてきました。
そこでクローズアップされたのは男性の「顔の横幅」です。
美人=魅力だとすれば、メスにとってオスの魅力とはどこにあるのかといえば、やはり健康で強い子どもを残せそうな相手であることが第一条件にあるはずで、オスはそうしたメスの感じる「魅力」を発するために強さを演出するはず。
その点、顔が大きくて立派であることは、体の大きさを予想させるはずですし、また、顔によって相手を威嚇することもできるので強さの指標になりそうです。
しかし、その仮説をヒトに当てはめるとどうなるか……心理学者はそれを検証するためにさまざまな実験をしてきましたが、それはけっして簡単な話ではありませんでした。


「顔の横幅」研究がすたれた理由

顔の横幅が男性性の象徴だとすれば、男性ホルモンや筋肉量が顔の横幅に影響するのでしょうか。

男性ホルモンが顔の作りに与える影響をシミュレーションしてみたところ、ホルモンの影響は顔の長さと顎の突出に関係し、顔幅には関係ないことがわかりました。筋肉量も顔の長さとは関連があるものの、顔の横幅には関係ないことがわかりました。
さらに調べてみると、顔の幅は肥満と関連していたのです!
これを契機に顔幅の研究は減っていきました。

今では、ヒトは男性の顔の横幅から体格を予想すると考えられています。
つまり顔の幅は顔や強さの印象を左右するものではなかったわけです。こうなってみると、横幅は顔の魅力だとは主張できない雰囲気になってきます

左右非対称の顔のほうが魅力的?

では、もっと純粋で、普遍的な「顔の美」の尺度というものはないものでしょうか? 

有力な仮説の一つは、ギリシャ人によって定義された「黄金比」が、顔の美にもあてはまるというものです。
黄金比とは、長方形で言うと長辺が短辺の1.68倍であることを指すのですが、この縦横の比率を持つ顔を最も美しいと感じるというのです。黄金比に美を感じる感覚は生まれつきであるという仮説に基づいて、赤ちゃんを対象に黄金比を持つ顔への好みを調べた研究もあります。

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黄金比の長方形からは、さまざまな法則が見いだされている

もうひとつが、顔の「左右対称性」です。
左右対称の身体は遺伝子表現が完全に遂行され、健康でよい遺伝子を持つ証と解釈するものです。
ただ左右対称は身体能力として優れている証だとしても、顔の左右対称が実際の魅力とにつながるかというと、それほど単純にいかないところもあります。
なぜならそこには、表情が介在するからです。嘘偽りのない真の表情は、顔の両側に等しく現われるのではなく、非対称的に表出されるというデータがあるのです。それによれば76%の人が、顔の右側に表情が強く出るというのです。

顔を見る時に働く脳のメカニズムからも、人の表情が左右非対称であることは説明可能です。顔を見るときに働く脳の部位は、脳の右側にあるからです。この右脳には、視野の左側にある顔(相手の顔の右側)の情報が入ります。つまり自分の目の前の左側に見える、相手の顔の右側が、顔の印象をより強く作り出しているのです。

これは言い換えると、左右非対称の表情を持つ人のほうがより人間味があって、左右対称だとむしろ不自然に見える、ということになります。

大事なのは、顔の形よりも肌の色?

このように見ていくと、顔の形状に魅力を追求することは難しそうですが、顔色に着目した研究では、そこそこの結果が出ています。

健康なパートナーを得ることこそが進化的観点から重要であるとすると、健康な相手に魅力を感じるという進化心理学の考えに基づいた研究です。たしかに顔の色はその人の健康状態を表わすので、これは説得力があります。

しかし、ここでも話は簡単ではありません。顔色の好みは、時代による変化もあるからです。

1980年代、イギリスの著名な動物行動学者デズモンド・モリスが主張したのは、赤い唇やほおの赤さが血色のよさを示す健康的である印で、白い肌に赤い紅を引いて頬を赤く染めるという化粧が、これらを際立たせる演出だと主張しています。

しかし、2000年代にイギリスで行われた研究では「白い肌に赤い紅」というのがかならずしも魅力的ではないと示しています。
この研究では、健康的な生活を送る女性とそうでない女性を大量に選びだして、それぞれの女性の顔写真をコンピューターグラフィックス(CG)で平均化しました。
健康な顔・不健康な顔を平均化することによって、それぞれの顔の特徴を強調してみようというのです。実験の結果、健康的な生活を送った女性を平均した顔の方が好まれることが確かめられたのですが、健康的な顔の特徴は肌の色にあらわれることがわかりました。
健康的な生活を送った女性の肌は、どちらかというと赤黄色がかった色で、不健康な女性の肌は白かったのです。

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カロチンの多い食材

さらにこの肌を作り上げる原因を調べるため、それぞれの女性の食事や日常生活から健康度が調べられました。
その結果、カロチンを含んだ野菜(ニンジンやカボチャなど)をしっかり摂取した量と肌の色に関連があることもわかったのです。

美白好きの日本人からすると意外に思うかもしれませんが、白い肌よりも赤っぽい肌の方が好まれるという結果は、白人だけでなくアフリカ系、アジア系の顔でも一貫していました。健康的な意識の高い生活が魅力に結びつくという、いかにも現代人らしい結果でした。

顔の「鋳型」とは

最後に、顔を評価する側の変化についても触れておきましょう。

今日では顔の評価は、経験により蓄積された顔の「鋳型(いがた)」によるものと考えられています。鋳型という言葉は「物差し」という意味だと、ここでは思ってください。
人は生まれてからたくさんの顔を見て、その経験にあわせた顔の「鋳型」を作り上げています。顔の区別はこの鋳型をもとに行われます。

日本の映画やドラマを見た時と比べて、海外の映画やドラマを見た時では、登場人物がわからなくなることはありませんか。日本人の顔をたくさん見た日本人は日本人の顔に基づいた鋳型を持ち、日本人の顔の区別は得意でも、鋳型から離れた特徴を持つ白人の顔や黒人の顔を区別するのが苦手なのです。

顔の評価の判断にもこの鋳型は使われていると言われるのですが、この鋳型、時代的な変化で急速に変わっていると思うのです。
さかのぼると鎖国していた江戸時代、日本人の顔の経験は極めて限られていました。せいぜいが身近の知り合いの顔だけでした。

それが明治の近代化によって新聞や雑誌などのメディアの発達により、知らない人たちの顔を印刷物でたくさん見ることになります。映画が登場すると、さらにさまざまな顔を、今度は動画で見ることができるようになりました。テレビが登場すると、有名人をワイドショーなどでも見て、より身近に感じるようになりました。
もちろん、洋画で海外の人たちの顔を見ることも多くなりました。これが現代になると、インターネットの登場で、ほんとうにたくさんのさまざまな国のセレブの顔を画像や動画で見慣れるようになっていったのではないでしょうか。

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 つまり現代人が目にする大半の顔は、現実にはほとんど出会わない、テレビやインターネットや雑誌に登場する顔ばかりです。ハリウッドスターから韓流スターまで、これまでの社会ではありえないくらい、多くの美男美女の顔を見ている状況です。私達の美の基準は、史上これまでにないほど厳しくなっていると考えたほうがよさそうです。

そしてもう一つ、メディアの洪水により、魅力の基準となる顔の鋳型は平準化されているようです。

顔の魅力の異文化比較調査によると、異文化間での顔の美醜判断の一致率は90%もあるそうです。顔の魅力のグローバル化は、ミスユニバースやミスインターナショナルといった、一部の組織や国主導で起きるものではなくて、さまざまな顔の映像にさらされることによって生じるのです。

インターネットに頼るようになった日常を考えると、「はたしてそれでいいのか」と複雑な気持ちにさせられます。しかし、たとえインターネットを介したグローバル化の圧力があったとしても、(今はコロナ禍でむずかしいにしても)私たちはそれぞれが自分の足で旅に出て、自身の体験として異なる文化を楽しむことができます。

多様に咲く美しい花々の違いを自らの経験で感じることによって、むしろ自分の属する文化も維持されるのではないでしょうか。多様性を認め合うこと、これこそが、私たち人類の持つ最大の特徴ともいえるのではないでしょうか。

次回は7月16日公開予定です。

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
〈山口真美研究室HPはこちら〉

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