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第6話「美人とは何者か」を考える(前編)

心理学者にとって、美人とは「謎」に満ちた存在です。

漫画やドラマなどで、美容整形をしたらまったく別人の超モテモテとなったという話がありますが、そんなことはあるのでしょうか。誰もが羨むような、そして誰もが共通して「美人だ!」と納得するような人は、この世に存在するのでしょうか。

昭和の時代であれば「吉永小百合」など、日本人の多くが認める美人像が思い浮かびます。しかし時代は変わり、令和の今日、美人像も多様となっているように思います。

かつての吉永小百合さんのように、日本人の誰もが認める美人は今の時代、存在するでしょうか。単に整った顔、上品な顔が美人であるという時代ではなく、プラス・アルファとして強烈な個性も求められているように思います。

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今度は世界に目を向けてみましょう。

1920年代から始まったといわれるミス・ユニバースやミス・インターナショナルは、今も続いています。文字通り、世界が認める美女を選ぶイベントです。その背景にあるのは、世界共通の美人像の存在です。

確かにハリウッド・セレブたちは、日本人の目から見ても美人と思える人は少なくありません。ミスコンテストで選ばれる人たちも「美女」の名にふさわしい容姿の持ち主です。

しかしこの手の国際的なコンテストにいる日本代表を見ると「世界で勝負するために選ばれた美女」と納得するものの、はたして日本人好みの美女と言えるのだろうかと感じさせるのも事実です。

そう考えていくと、時代や地域によって、「美人の基準」は変わるようにも思えてきます。

はたして「美人」とはどういう人のことを言うのでしょうか。

動物たちにとっての「美人」とは


人間社会は複雑なので、まずは話をシンプルにするため動物の話から始めてみます。
動物たちの世界にも“魅力”的な存在はいます。

というよりも、動物の世界では人間の世界よりも、魅力がもっと重要なファクターです。なぜならば、自分の子孫を残せるかどうかという生存競争に勝つためには「魅力」がないといけないからです。

動物の世界で魅力的な個体を見つけるのは、簡単です。

猫で言えば、ボス猫でしょう。
ボス猫は単に強いだけではありません。メスをどれだけ引き付け、子孫をどれだけ残せるか。その頂点にいるのがボス猫です。魅力があればパートナーとして選ばれ、自分の遺伝子を次世代にたくさん残すことができます。
動物界ではパートナーを選ぶのはメスなので、オスの魅力が重要なのです。

猫好きの筆者から見たボス猫の特徴は、大きな顔と大きな身体です。こうしたボス猫にはメス猫が惹きつけられます。

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というのも、大きな体格をしていたら喧嘩に強いはずで、その丈夫な肉体は子孫にも遺伝する可能性が高いからです。動物にとっては、自分の子孫をどれだけ残せるかが重要な使命ですから、健康で力強いオスは、生物としての魅力に満ちていることになるのです。進化的な観点からは、このように考えるわけです。

ただ、実際のことを言うと猫の場合、身体の大きさよりもむしろ顔の大きさの方が重要だと言われています(猫好きのサイト情報より)。

ボス猫の顔には特徴があります。彼らの顔は横に広がってエラが張っています。顔が大きいと、遠くから見ても体も大きく見え、威圧感を与えるのでしょう。かならずしも体が大きければいいというものではないのです。

筆者が飼っているオス猫は、ほおのあたりの毛を逆毛だて、エラを水増ししているようにみえます。この毛を寝かせて小顔にすると嫌がり、前足で顔を洗って一生懸命毛づくろいをし直します。顔の毛を再び立たせて、大きな顔を演出しているようにすらみえるのです。

ボス猫から発想したわけではないでしょうが、10年ほど前に、ヒトの男性の顔で、エラのはり具合を計測する研究が流行りました。エラが張っている男性のほうが、エラのない男性よりも男らしさを感じさせるのではないかという仮説に基づくものです。

その結論を書く前に、まずは人の男性の体格がどれくらいのものか、動物界で比較してみましょう。

動物界ではオスの身体が圧倒的に大きいものもいれば、そうでない種もいます。人が属する霊長類でも多様です。


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シルバーバックと言われる、ゴリラのオス

たとえば、ゴリラのオスの体格は圧倒的です。ゴリラは一匹のオスがたくさんのメスを率いて暮らす習性があります。成熟したゴリラのオスは、背中に白い毛を生やしているせいで「シルバーバック」と呼ばれますが、群れを率いるオスのゴリラは、リーダーをめぐる厳しい生存競争の勝者であり、メスとは比較にならない、立派な肉体を持っています。強いオスはより強い個体の子孫を残せる可能性が高く、だからこそ複数のメスを率いることができるのでしょう。

一方、オスとメスが複数共存する群れを作るチンパンジーでは、ゴリラとは対照的に、オスの体格はそれほどメスと差がありません。そして、ヒトもチンパンジーと似て、男女の体格差がそれほど大きくありません。ゴリラの群れに比べて、生存競争が厳しくないせいでしょう。

しかし、ヒトのメスもチンパンジーのメスも、ゴリラのメスと同様に、元気で強い子孫を残すことが重要であるはずです。では、いったいヒトやチンパンジーのメスは、オスのどこを見て相手を選んでいるのでしょう。

「横幅」仮説とは?

そこで出てきたのが「顔の横幅」という仮説というわけです。

2007年の研究で、男女の頭蓋骨を比較したところ、思春期以降に頭蓋骨の男女差が大きくなり、男性の顔幅が広くなることが発見されたのです。顔の横幅こそが男性の象徴だということで、進化心理学者たちは色めき立ちました。

さっそく、イギリスの進化心理学者の主導のもと、男性の顔の魅力と顔の横幅の相関関係を調べる、大規模な国際比較が行われました。

と言っても、ヒトの場合、単に顔の横幅や体格の良さだけで相手を選んでいるわけではないのは言うまでもありません。

かつて「三高」という言葉が日本で流行りました。高身長、高学歴、高収入が理想の男性の条件というわけですが、知的能力が高く、収入が多いことは女性が男性を選ぶ際の有力な基準の一つになります。身長が高い、つまり体格がいいことも重要ですが、それだけで相手を選ぶわけではないのです。

そこで「男らしい顔を好むのは、腕っぷしが必要な、近代化されていない地域ほど強いのではないか」という仮説のもと、研究が行われたのですが、結果は意外にも近代化された都市部の方が、男らしい顔、つまり横幅の広い顔が女性に好まれることがわかりました。

さらに、2009年にカナダで発表された論文は「攻撃行動の鍵となる顔の構造」という少々衝撃的なタイトルで「顔幅の広い顔は攻撃的という印象に直結する」という結果を出しています。横幅が広い顔の持ち主は、攻撃的で、アグレッシブであるという印象を与えるというのです。そのような男性は生物学的に強い印象を与えるので、異性からモテるのではないかという推論がが提案されたのです。

しかし、実はこうした研究のほとんどは、写真に写った男性の顔で、魅力を判定するというものでしたので、かたよりがあるのではないかといった批判が寄せられました。

そこで実際の魅力を調べるために、出会い系のパーティー風の状況を作った実験が行われました。
イギリスやシンガポールの進化心理学者のチームが、150名を超える20代の独身の男女に3分間のカップリングパーティに参加してもらうという手の込んだ実験を行ったのです。
カップリングパーティとは、3分ごとにお相手を変えて、そこで印象に残った相手を最後に指名するというものです。

この実験では、出会った相手を長期的なパートナーとして、あるいは短期的なパートナーとして評価してもらい、その評価と顔の幅との関連が調べられました。
その結果、顔幅の広い顔は長期的なパートナーではなく短期的なパートナーとして選ばれやすいことがわかりました。著者らによれば、顔幅の広い顔は攻撃的であるという印象が強いため、長期的なパートナーとしては選ばれにくいとのことでした。

なぜ「寅さん」はモテて、最後には振られるのか?

これは2014年に報告された研究ですが、これを読んで思い出したのが、昭和の松竹映画「男はつらいよ」の主人公「フーテンの寅さん」です。

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柴又駅前の「寅さん」像

寅さんを演じた渥美清さんはエラのはった顔が印象的でした。顔幅の広い顔は、腕っぷしが強そうな印象です。

フーテンの寅さんの職業は露天商、いわゆるテキ屋です。知らない土地で商売をするのですから、何かもめ事があったときには、顔で威嚇することもあるでしょうから、渥美さんの顔はぴったりです。

その寅さんはいかつい顔でありながら、実は情にもろく、愛嬌があるというギャップがあるところに魅力があるのですが、映画ではいつもヒロインと最初のうちはうまく行くのですが(短期的な相手としては魅力的)、最後は結局振られてしまうというのが、「フーテンの寅さん」シリーズのお決まりの展開でした。これはまるで2014年の研究を地で行くような話ではないでしょうか。

顔の幅についての研究はそれだけではありません。

顔幅の広い顔が攻撃的な印象を生むとしたら、顔の持つ威圧感は、スポーツ競技になどにも役立ちそうです。フルコンタクトスポーツである、アイスホッケー選手を対象としたカナダの研究があります。

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ところが、この研究の結果、横幅の広い顔の選手は「攻撃的で信頼性が低い」と判断されやすいため、審判から反則を取られてペナルティボックスにいる時間が多いことがわかりました。
人間社会は動物界ほど単純ではなく、横幅の広い顔は凶暴な印象まで与え、かえって不利になる結果となったのです。

しかし、本当に横幅の広い顔を持った人は、凶暴なのでしょうか。

ある研究によれば、横幅の広い顔は攻撃的で、優位で怖いという印象を持たせるものの、実際の性格はそうではないと報告しています。顔の幅と性格は関係ないのですから、当然の結果ですが、そうなると、横幅の広い顔の人はモテるどころか、かえって生きていく上で不利なことが多いのではないかと思えてきます。

こうして調べていけばいくほど、「美人」とは何かという問題はますます謎めいてくるのです。(後編に続く)

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
〈山口真美研究室HPはこちら〉

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