#029 生理用ナプキンでアフリカに雇用を生む社会起業家【タンザニア】/世界ニホンジン探訪~あなたはどうして海外へ?~
お名前:菊池モアナさん
ご職業:社会起業家、Borderless Tanzania Limited 代表取締役社長
在住地:キバハ(2021年~)
出身地:神奈川
HP:MOANA KIKUCHI - Instabio | Linkbio
きっかけは、16歳のシングルマザー
――タンザニアとの出合いを教えてください。
大学3年生の時に休学して訪れたのが最初の出合いです。
「トビタテ留学JAPAN」という奨学金制度を活用して、アフリカの子どもの退学率の高さについて調査するためにタンザニアを訪れました。現地に5ヶ月間滞在して、退学した子どもたちの家にホームステイをしながら、その子達の生活や家族との関係などの聞き取り調査をしました。
――調査の結果はいかがでしたか?
若いシングルマザー達の厳しい状況を知りました。記憶に残っているのが、学校ではトップの成績だったのに、妊娠したことで退学になり、自殺をはかったアナという女の子です。彼女は当時16歳。両親もそばにおらず、子どもの父親に助けを求めるも、タンザニアでは学生を妊娠させた男性は懲役30年という厳しい法律があるため、相手からは知らぬ存ぜぬで門前払いをされてしまったんです。そうして自分の居場所を失った彼女は自殺をはかってしまいました。一命をとりとめた彼女の話を聞くうちに、「この国のシングルマザーの課題を解決する方法を考えたい」と強く思うようになりました。
妊娠、出産、卒業、そしてタンザニア再訪
――その後、どのようにタンザニアと関わっていくのでしょうか?
当時考えていたのは、青年海外協力隊のボランティアをしながら自分ができる国際協力の形を探していくというものでした。
ただ、日本帰国の直前にタンザニアで出合った男性(その後の夫)との子どもを妊娠していることがわかったんです。はじめは産むかどうかすごく悩みましたが、「子どもがいてもできる国際協力の形はある」と思い、最終的に日本で出産することを選択しました。
この時はすぐに結婚のことを考えられる状況ではなかったので、彼とは遠距離恋愛をしながら日本の大学に通い、子育てをしました。もちろん大変なこともありましたが、教授や友人など、さまざまな人のサポートのおかげで無事に大学を卒業できました。
――その時の経験が、その後の活動にも繋がっていったのでしょうか?
まさしくそうですね。自分が親になったことで、なおさら「シングルマザーを助けたい」という想いが強くなっていきました。同時に、彼女たちは何を必要としているのか、もっと知りたくなったんです。それで大学卒業後にもう一度タンザニアに調査しに行くことにしました。
――再訪の結果、どのような発見がありましたか?
8割の女の子は「仕事がほしい」、2割は「学校に戻って夢を叶えたい」という希望を持っていることがわかりました。この結果を受けて、シングルマザーが安心して働く場所をつくることが、どちらにも必要であると感じるようになったんです。以降、そのための方法やアプローチを考えるようになりました。
生理用ナプキンの会社を起業
――タンザニアへの移住を決意した理由はなんでしょうか?
現地で会社を立ち上げたことですね。2回目の調査を終えた後、ボーダレス・ジャパンというソーシャルビジネスを通じて社会問題を解決する会社に入りました。そこでは、当時45社ほどがグループ会社として存在していて、その社長全員から承認を得ることができれば、資金提供を受けて新規事業を興せる仕組みがあったんです。それを利用して、入社1年後に生理用ナプキンをつくる会社をタンザニアに立ち上げました。この時にパートナーとも結婚しました。
――生理用ナプキンを事業に選んだ理由はなんですか?
全国で必要とされるモノだからです。若年妊娠はタンザニアの各地で発生していて、全国で3〜4人に1人の10代の女の子が妊娠している状況です。各地で女の子たちをサポートするためには、全国的に必要とされるモノやサービスを選ぶ必要があると思い、生理用ナプキンに辿り着きました。
シングルマザーを雇用し、性教育を実施
――現在の会社の状況を教えてください。
自社工場で生理用のナプキンを製造し、販売しています。最初の調査で知り合ったアナをはじめ、シングルマザーの方々に働いてもらっていて、機械で組み立てたナプキンを手作業でパッケージングしています。おおよそ1日に2000枚つくれるようになりました。
あとは性教育も行っています。そもそもタンザニアではナプキンを使う女性が少なく、代わりに布を使うのですが、不衛生な取り扱いが原因で尿路感染症になることが非常に多いんです。そのため、私たちは現地の小中学校を訪れて、ナプキンの使い方や生理中の安全な過ごし方、避妊に関するレクチャー、ナプキンの寄付なども行っています。
――販売業だけでなく、性教育の活動もされているんですね!
これにはふたつ理由があります。ひとつはそもそもタンザニアにはナプキンを使ったことがない女性が多いこと。「化学繊維だから身体に悪そう」という印象があったり、質が悪くて肌がかぶれてしまったりして、使用を避ける子もいます。そもそもナプキンが高くて買えない子もいます。そのため、売上の一部を使って質の良いナプキンの寄付をしながら性教育を行っています。
――もうひとつの理由はなんですか?
うちで働いてもらっているシングルマザーたちの自己肯定感の向上ですね。タンザニアの若いシングルマザーは、周囲から「恥晒し」などのレッテルを貼られ、自己肯定感が下がっている現状があります。そんな彼女達が前向きに自分の夢に向かって歩むためには、仕事をして収入を得るだけでなく、「誰かの役に立っている」と実感できる環境が必要だと感じました。そこで、彼女達がいま困っている学生に対して教える場として、性教育を行っています。彼女たちが経験から得た学びをシェアすることで、今後の若年妊娠の予防にもつなげていきたいと思っています。
自分のために、他人を助ける
――移住して驚いたことはありますか?
タンザニアには「カリブ精神」という、いわゆるおもてなし精神があります。私も大好きな文化です。遠路はるばるやってきた旅行者に対して、ご飯をもてなしたり、どこかに連れて行ったりと、とにかくホスピタリティに溢れた振る舞いをするので、日本から来る旅行者はみんなタンザニアを大好きになることが多いんです。ただ、実際に住んでみると、もちろん見返りを求めない人もいるんですが、意外と他者との関係性の中にギブ&テイクの感覚があるのだと驚きました。
――例えばどのようなときにそれを感じますか?
お葬式や結婚式などはわかりやすいですね。こちらの冠婚葬祭は、すごく遠い親戚まで、多くの人が参加します。その際に参列者はお金を渡すんですが、主催側は「誰がいくら払ってくれたか」をメモしておくんです。これはつまり、「あの人はいくら払ってくれたから、困ったら返してあげよう」ということですね。逆に言えば、「うちのお葬式に来てくれなかったら、自分たちも行かない」ということなので、お金を渡しておかないと、自分が困った時に助けてもらえないという、ある種シビアな面もあるんです。
――良くも悪くも相互扶助の社会ということですね。
まさにそうですね。日本であれば自分の稼ぎだけで自立的に生きていくことができますが、こちらはそうではない。その日暮らしで必死に生きている人も多く、貯金があっても急なトラブルでなくなってしまうこともあります。なので、自分が困った時に助けてもらえるように、他の人を助けておく。ある種の依存関係が大切なんです。私も今ではよそ者ではなくこの国に住んでいる身なので、ある程度それに合わせて生活をするようにしていますが、どこまでやるべきか、なかなかむずかしいですね。
子育てしやすい社会
――普段はパートナーの方と、お子さんの3人暮らしですか?
私と夫と子どもの3人に加えて、うちの会社でマネージャーをしている夫の弟さんと、仕事を手伝ってくれている日本人の女の子、あとは家事のお手伝いをしてくれている子も住んでいるので、6人暮らしですね。
――なんだかシェアハウスみたいですね! 生活面で文化の違いを感じることはありますか?
子育てがしやすいことですね。日本で子育てをしている時は、なかなかリフレッシュする時間をとれなかったり、育児サービスを利用しようにも価格が高かったりと、苦労することが多かったんです。一方、タンザニアは子どもは家族だけでなく、地域で育てるという感覚が強いので、知り合いのおじちゃんや、遠い親戚でも育児を手伝ってくれることが多く、気軽に子どもを預けることができます。これはとてもありがたいですね。
――自分の子どもをみんなが大切にしてくれるのは、親としては助かりますね。
そうなんです。タンザニアは、妊婦さんや子ども連れの人、高齢者を敬う文化がすごく強いと感じます。私も日本で妊婦になった時に初めて気がつきましたが、日本の電車はみんなスマホを見たりして自分の世界に入ってしまう人が多く、周囲に注意を払わなかったりするんですよね。でも、タンザニアでは電車に妊婦がいたら、絶対に席を譲ってもらえます。シングルマザーへの風当たりが強い反面、他者への思いやりについて学ぶこともたくさんあります。
読者にむけて
――今後について教えてください。
いま運営している工場を、タンザニアの各地に作るのが一つの目標です。シングルマザーは妊娠したことを周りに祝福されないケースがほとんどです。それはすごく苦しいし、悲しい。みんなが彼女たちに「おめでとう!」と言える場所、妊娠しても働いて自分の夢を追い続けられる環境を増やしていきたいですね。また、タンザニアで暮らしていると、シングルマザーだけでないさまざまな社会課題が見えてくるので、それらの解決にも取り組んでいきたいと思っています。
――昔の自分に近い境遇の人にアドバイスができるとしたら何を伝えたいですか?
シンプルですが、「英語が話せるようになると視野が広がるよ」と伝えたいです。私はもともと全く英語ができなかったのですが、大学時代にイギリスに留学したことで、いろんな国の人とコミュニケーションができるようになり、世界中の文化や考え方を知ることができました。それ以降、日本という国をより相対的に見られるようにもなりましたし、それが今の自分の活動にもつながっています。もしいまの環境で社会の意見と合わなかったり、苦しい感覚を持っていたとしたら、一つの手段として英語を学ぶこと、視野を広げることはおすすめしたいですね。
取材:2023年9月
写真提供:菊池モアナさん
※文中の事柄はすべてインタビュイーの発言に基づいたものです
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聞き手
おかけいじゅん
ライター、インタビュアー。
1993年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住者と交流する。趣味は、旅先でダラダラ過ごすこと、雑多なテーマで人を探し訪ねること。