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コロナブルーを乗り越える本 金原瑞人

翻訳家の金原瑞人さんは王城夕紀のファンタジー小説を紹介。登場人物がウイルスについて話す「突然変異に拡散する」「手ごわいよ」「偶然まで使って攻めてくる」などの言葉が、現在の状況に重なって心に響きます。

※この記事は、集英社インターナショナル公式サイトで2020年4月10日に公開された記事の再掲載です。

『マレ・サカチのたったひとつの贈物』

王城夕紀/中公文庫

金原瑞人1.bk

東洋を舞台にしたファンタジー『天盆』でデビューした王城夕紀の2作目が、これ。文庫の解説を書いたことがあるので、それを少し引用しながら紹介してみたい。

全世界、全地球を舞台にした近未来小説。主人公は、マレ・サカチ、坂知稀。彼女は世界中を飛び回っているのだが、好きで旅行をしているのではない。ある場所からいきなり消えて、ある場所にいきなり姿を現す「量子病」に冒され、本人の意志にまったく関係なく、ランダムに世界のあちこちに出没するのだ。
そのうえ、この作品の舞台は資本主義を沸点寸前まで煮詰めたような世界。超裕福層と超貧困層がぶつかり合うなか、連鎖的な企業破綻と激しいデモがくり返し起こり、最初のワールドダウンはなんとか食い止められたものの、セカンド・ワールドダウンが始まる。いよいよテロと戦争の違いが消滅していく。
主人公、マレ・サカチの目に映る、めまぐるしく変わる危機的な世界。それが細切れにされ、切り詰めた文章で、鮮やかに描かれていく。あるときはニュースの解説ふうに、あるときは簡潔に数行で、あるときはラップの歌詞のように、あるときは独り言のように。
この作品のなかで最も気に入っている部分は、88章の野戦病院における中年の医師と若い女医の会話だ。

「ウィルスの進化は、手ごわいよ……つまり、同一に抑制することと、突然変異に拡散することがセットになっているシステムなんだ。これはね、手ごわいよ。奴らは偶然まで使って攻めてくる。俺たちはそれを全部迎撃しなきゃいけない。圧倒的不利だ」この言葉に、女医は「じゃあ、さっさと国に帰れ」と言い放って背を向ける。残された中年医師は、せっかちだなあと顔をしかめ、こういう。「俺は負け戦が好きなんだよ。負け戦こそ、本当の戦だ。だから医者になったんじゃないか」

かねはら みずひと 翻訳家。法政大学教授。
1954年岡山県生まれ。翻訳書籍の面白さを紹介するブックレット「BOOKMARK」編集・発行人。
『アティカス、冒険と人生をくれた犬』(井上里との共訳)など、手がけた翻訳書は、550冊以上にのぼる。編著に『翻訳者による海外文学ブックガイド BOOKMARK』など。国内外のヤングアダルト作品に造詣が深く、書評や解説なども多数手がける。

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