#009 国際協力で人生が変わった【バングラデシュ】/世界ニホンジン探訪~あなたはどうして海外へ?~
お名前:田中志歩さん
ご職業:企業代表/NGO代表
在住地:ダッカ
出身地:香川
NGO「Kolpona」のホームページ:https://kolpona.net/
X:https://twitter.com/shiho_arakan_bd
きっかけは一本のビデオ
――国際協力への関心はいつ頃から?
高校2年生のときに、担任の先生が見せてくれたビデオがきっかけでした。当時、文化祭でエコキャップ運動みたいな国際的な社会貢献に繋がるようなものをやろうとしていたんです。そのとき、先生が参考に「ドイツ国際平和村」というNGOのビデオを見せてくれました。そこでは、紛争地帯で傷ついた子どもたちを治療して、親元に送り返すなどの活動内容が紹介されていたんです。それを見た時に衝撃を受けて、「あ、わたしこんな職業に就きたい!」って思ったんです。
――担任の先生も素敵ですね! バングラデシュとの出合いは?
いま考えるといろんな巡り合わせというか、偶然ですね。当時、国際協力関係を学びたいと思いつつ、大学の進路を悩んでたんです。そしたらある先生が「静岡の大学に下澤嶽さんという、国際協力を教えていてバングラデシュに詳しい先生がいるよ」と教えてくれたんです。超ピンポイントですよね。ただ、香川県の田舎の高校生だったし、当時はネットも今のようにすごく身近な存在ではまだなかったので、先生にもらった情報がすべてでした。私は四国をほとんど出ずに育ちましたし、静岡県は馴染みがないのでどうしようかなとは思ってたんですけど、担任の先生も「いいと思うよ!」って後押ししてくれて、進学することにしたんです。そこから下澤先生の元で勉強しているうちに、あれよあれよとバングラに関わっていきました。
研究者としてバングラデシュと再会
――移住の経緯を教えてください。
博士課程のタイミングでバングラデシュに移り住んだんです。もともと大学時代にNGOを立ち上げて、約1年バングラデシュに暮らして現地の学生の進学支援や、少数民族の伝統工芸品を少しリメイクしたモノを作って販売する活動を行っていました。いまもそのNGOを続けているんですが、当時はNGOのあり方そのものに疑問を感じたり、お金も全然なかったりして大変でした。一度それが嫌になって日本に帰ったんですよね。そんな時に「少数民族やバングラデシュの研究」と出合いました。NGOの活動だけだと、お金を集めるためにポジティブなことや、感動的なことばかり発信せざるを得ない一面があります。そこにずっと違和感があったんです。ただ、研究なら調査して実態を明らかにした上で、現地のいいところも、ちょっとだめだなと思うところも見せることができる。さらに、研究・調査に基づいた結果を示しながら、その解決のために活動をしたり、支援を呼びかけることができるじゃないですか。「これだ!」と思ったんですよね。
――研究を日本ではなく、現地でしようと思った理由はありますか?
最初は日本をベースに研究していこうと思っていました。ただ、博士課程で広島の大学院に行ったんですが、地元でもないし、住んだこともない、さらに博士課程って人数が少なくて、びっくりするほど友人がつくりにくい。そんなときに「わたし、バングラのほうが友達多いじゃん」って。文系博士課程の研究なら別にどこでやってもいいですし、大学にいる必要もないので、それならバングラに住もうって思ったんです。研究員も3年の任期があるので「終わったらどうしようかな」とは思ってたんですけど、バングラデシュで会社つくればいいかなと思って、リサーチ会社を立ち上げたんです。
会社の利益をNGOの活動資金に
――いまの仕事について教えてください
研究やビジネスのリサーチを主に、通訳、映像などの業務を実施する Kolpona Ltd.という会社をやりつつ、そこで得た利益の2.5〜3割をNGO Kolponaの活動に還元しています。リサーチはほんとうに色々なことを調べるんですが、うちは村落調査が得意ですね。村に出向いて暮らしや困っていることなどをインタビューして回ったり、商業調査で化粧品のニーズを聞いて回ったりすることもあります。一方、NGOでは設立した学校の運営サポートや、少数民族の就職サポート、文化継承および伝統工芸品の販売、リサーチサポートなどを行っていますね。
――寄付に頼るのではなく、利益を還元する仕組みにしている理由は?
私が寄付を集めるのがあまり得意じゃないというのもあるんですが、やっぱり寄付ではなく、対価をもらって続けていきたいんですよね。NGOで教育支援をした子どもたちに自立してほしいという想いがあるので、私自身が自立している姿を見せたいんです。将来的にはその子どもたちがうちの会社で働いてくれたりすると嬉しいなって思ってます。
マナーを知らずにひたすら奢られる
――仕事をする中で、文化の違いを感じますか?
日本みたいに相手を立てる文化があることに驚きました。最初の頃は、自由で楽しくて、上下関係とかもそこまで気にしなくてもいいと思ってたんです。でもいざバングラデシュで仕事をしてみると、席に座るときに「お先にどうぞ」って言ったり、お茶をご馳走になるときも「いや、私が払いますよ」と一言そえたりするんです。それが本当に驚きで、「日本と同じじゃん!」って(笑)。最初に住んだ時はそんなこと全然考えてなかったので、ひたすら奢ってもらってたりしたんですが、いま考えるとそれは間違いでした。相手は見栄があるから払ってくれているだけで、お世話になることの多い私が払うのがマナーだと気がつきました。
――知らないと、ひたすら奢ってもらっちゃいそうですね。
そうなんですよ。今でもうちのインターン生とかが「みんないつもお茶を奢ってくれるんです!」って報告してくるケースがあるんですけど、いやそれは時々はお礼としてごちそうしてあげないとだめだよって伝えています。実際にあとからバングラデシュ人のスタッフや友人から私の方に「毎回ご馳走してるんだけど」ってクレームがきたりします(笑)。そんなの自分で言ってよって思うけど、日本と同じでなかなか相手に直接伝えられないようです。
ナチュラルな賄賂文化
――生活のなかではいかがですか?
「賄賂文化」に慣れるのが大変でした。日本では身近ではない慣習ですが、警察にお世話になったときにも普通に「Money please」って言われるんです。それが当たり前。こっちにきてから親切な行いにも対価が発生するんだなっていうのは学びました。
――賄賂文化にはどのように対応していますか?
最近は「え!? 賄賂!? まじで!?」って驚くフリをするようになりました(笑)。最初のお返事で「いやです」って拒絶するのはよくないので、「え、なにそれ!」みたいに驚くようにしてます。一応、国に賄賂撲滅局みたいなのがあるので「え!? 私公安に狙われない!?」「あなた、私を嵌めようとしてるんじゃないの!?」ってすこし世間知らずなふりをしています。そしたらめんどくさがられてなんとかなったりします。見当違いなことを言うのがポイントですね(笑)。
――なるほど(笑)。モノや対価に対する価値観は日本とはだいぶ異なりそうですね。
賄賂とすこし話がずれるかもしれませんが、ダッカのメトロが2022年末に完成したので乗りに行ったんです。その時に、私がボールペンをカバンの外ポケットにさしているのを見たバングラデシュ人男性に「そのボールペンいいね! ちょうだい!」と声をかけられました。そのボールペンは、亡くなった友人の形見なのであげられないことを伝えたのですが、「いいじゃん、ちょうだいよ」と食い下がられてしまいました。物をねだられることは時々あることなのですが、今回は大事な物なので、困ったなあと思い、近くにいた駅の警備員さんに助けを求めたら、警備員さんから「同じ物を買ったらいいじゃん。あげてやりなよ」と言われてびっくりしてしまいました。もう、なんというか、ただのボールペンなら折れてあげたかもしれないですが、大事な物だからあげられないと伝えてもダメなのか……と呆れるほかなかったですね(苦笑)。
日本人であるということ
――バングラデシュに移住して実感したことはなんですか?
どこに住んでも私は日本人ってことですね。海外に住んでいると遠い存在に見られることもありますが、全然そんなことはないですよね。日本から脱出したかったからここにいるんじゃなくて、むしろ日本の経済圏のなかに住んでいます。私の場合は仕事で話す言語の半分は日本語ですし、日本と関わりながら生きている。日本と疎遠になるどころか、より密接になっています。こちらで暮らしはじめてから「すごい」とか「突拍子もないね」とか言われることがたまにあるんですけど、なんてことない普通の日本人です。こっちに住んでてもお正月は嬉しいし、大晦日になったら1年を振り返ったりもする。海外のいろんな文化が自分に入ってくるけど、やっぱりベースは日本人であることに変わりはない。むしろ、日本人であることに、より意識的になりました。
――今後について教えてください
いつか北東インドに会社の支部を出したいなと思っています。北東インドは私たちのNGOの活動地の国境を挟んで隣なんです。そこには同じ民族の人たちがいるので、将来は2つの国に跨った少数民族の人達と一緒に仕事をしたいですね。私たちとしても両方の国から見た方が少数民族のことをよく理解できるし、彼らもお互いのことを知れば世界が広がるんじゃないかなと思ってるんです。これはNGOの活動としても、研究のリサーチとしても面白いかなと思っているので、いまみんなで話し合ってます。
取材:2023年2月
写真提供:田中志歩さん
※文中の事柄はすべてインタビュイーの発言に基づいたものです
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聞き手
おかけいじゅん
ライター、インタビュアー。
1993年東京生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人をひとりで探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら、500人以上の海外在住者と交流する。趣味は、旅先でダラダラ過ごすこと、雑多なテーマで人を探し訪ねること。