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第10回 鏡を見続けると「ヤバい」わけ(後編)

(前編はこちら)

目の魅力を決める「ある部分」とは

次に目の魅力の話をしましょう。

目の中の小さな部分が、人の魅力を変える力を持っています。

日本人ならば「それは、一重(ひとえ)か二重(ふたえ)の違いのことかしら?」と思うでしょうが、それではありません。

ちなみに日本人はまぶたに敏感ですが、欧米人ではそうではないのです。
知らない人の顔を記憶する際に顔のどこを手がかりとして使うかを調べた研究によれば、欧米人は目の色を手掛かりとする一方で(考えたら、当たり前でした!)、一重か二重かを気にする人はいませんでした。一方の日本人は当然ながら、一重か二重かを手掛かりにしていたのです。

話を戻しましょう。

魅力が関係するのは「虹彩(こうさい)」(眼球の中の色がついている部分。日本人では黒ですが、茶色や緑や青もあります)の中にある「瞳孔(どうこう)」(瞳とも呼ばれます)の大きさです。

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青い目(虹彩)の中央にある黒い部分が「瞳孔」です

瞳孔は光に応じて、大きくなったり小さくなったりします。

それは猫を観察するとよくわかります。昼間は瞳孔が針のように細くなり、夜に好みのおもちゃを見せるとまん丸になります。実に変化がわかりやすい。
対する人間の瞳孔は、形は変わらず、大きさだけが変わります。

人の瞳孔は感情の「窓」だ

1965年、心理学者ヘスがこの瞳孔について、一連の実験を行っています。

それによれば人の瞳孔は、感情の変化に強く反応するのです。男性では男性誌のピンナップガールを目にしたとき、女性は赤ちゃんの写真を見たとき、瞳孔は大きくなりました。
一方でつまらないもの、当時はあまりなじみのない、現代美術作品を見た時に、瞳孔は小さくなったと言います。興味があって感情を揺り動かすような対象を目の前にしたとき、瞳孔は開く(大きくなる)のです。

この瞳孔の動きから、商品を目の前にした時の消費者心理をつかもうとする研究も行なわれています。
また、支持する政治家の写真を見る際にも、瞳孔は拡大しました。

そこで政治的なキャンペーンの効果は、瞳孔の変化でわかるかもしれないということで、研究が行なわれています。自分が同意する意見を聞く前後で、政治家の写真への瞳孔の変化が調べられました。

現代で言うところのマーケティングや世論調査に、瞳孔の変化が役立つかを探っていたようで、ヘスが1965年の「サイエンティック・アメリカン」誌でそのことを説明しています。

結局のところ、「目は心の窓」で、その人の気持ちが表れるところなのでしょう。

中世イタリアで使われた「誘惑の目薬」

とはいえ、瞳孔の変化はわざわざ機械で計測しなければわからないほど、目視で確認できるかどうかのわずかな変化なのです。

にもかかわらず、この瞳孔の大きさに魅力を感じるということは、古くから知られていました。

中世イタリアでは、ベラドンナというアルカロイド系の薬物を使って女性の瞳孔を拡散させ、男性を誘惑していたとか。散瞳剤(さんどうざい)として使われたベラドンナの名は、イタリア語では〝美女"を意味するといいます。

瞳孔がほんとうに魅力にかかわるのかを科学的に裏付けるべく、女性の顔写真の瞳孔部分を塗って大きくして見せる実験が、1960年代のサイエンティフィックアメリカン誌に載っています。この加工を施すだけで、女性の顔はより女性らしく、かわいく、ソフトな印象があると男性に評価されました。

またこの瞳孔の大きさの変化には誰も気づかなかったことから、瞳孔の変化は人の評価を無意識に変える力があると考えられています。

しかもこの効果は異性愛者だけに効き、同性愛者では効果がなかったことから、女性に対する情動的なモチベーションが前提としてあることが重要だということもわかったのです。

つまり瞳孔が大きい女性が(異性を愛する)男性にとって魅力的に見えるのは、「自分に関心があるのかも?」ということを意識下で読み取った下心があってのことともいえそうです。

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日本のアニメや漫画で、瞳孔が開いた少女が多いのもそのせい?

これほどわずかな変化を無意識のうちにしっかり読み取って判断するとは、なかなか興味深いことです。

結局のところ目は心の窓であり、感情が露出され、そんな感情を意識下で積極的に読み取ろうとしている、そんな人間どうしの営みの奥深さを感じさせられます。

「白目があるのはヒトだけ」である理由

魅力とは直接関係しませんが、瞳孔の周りの虹彩を取り囲む白目についても触れておきましょう。

人のような白目を持つ動物は他にいません。

そもそも白目を持つ動物は少ないのですが、たとえ白目があっても、人のように外から見える白目の領域が極端に大きいのは特別です。
その上、人の目は横長の楕円形になっていて、視線の方向がはっきりしているのが特徴です。

たとえば猫の目は丸く、白目と思っていた部分は実は虹彩で、外国人の目のように青や緑の色が着いています。
白目に黒目ではなくて、虹彩に瞳孔が見えていたのでした。

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猫にも白目があるように思われがちだが、
よく見ると瞳(瞳孔)とその周囲の虹彩しかない。

また犬をよく観察すると、目の際(きわ)に白目らしきものが見えることがありますが、白目はほんのわずかです。

犬や猫にはない、白目のはっきりした楕円形の目のおかげで、人の目はどこを見ているかがわかりやすいのです。

この白目の進化こそが、相手が何を見ているのか互いに気にしあって細かいかけひきをする、人特有の関係性を作りだしたと言えましょう。

白目があってこそ「人間らしく」見える

白目の効果は、それだけではありません。現在のようなデジタル写真ではなくて、現像するフィルムが使われていた80年代に、「ネガ効果」と呼ばれる顔認知の現象が知られていました。写真を白黒反転したネガにすると、写真の人物は特定しにくくなるというものです。

フィルムを使っていた時代、現像する前に写真の仕上がりをネガでチェックしていたカメラマンだけが、ネガの顔がわかったようです(このエピソード、研究とは関係ない『サザエさん』の漫画にありました。ネガでもらった見合い写真で、「自分の好みの色白美人」とカメラマンが判断した話でした)。

ところがところが、このネガの、目の部分だけを反転して、普通にすると、とたんに人物がわかるようになるのです。
この現象を発表した論文に載っていた、顔写真を見てみましょう。アメリカの歴代大統領の写真が並んでいますが、ネガ写真では誰が誰だかわかりにくいです。

10 白目のネガ・ポジ

写真出典 "Role of Ordinal Contrast Relationships in Face Encoding", Richard M. Held et al. Proceedings of the National Academy of Sciences Vol. 106, No. 13 (Mar. 31, 2009)

ところが目の部分だけ反転にしてみると、それぞれ誰だか認識できるのです。肌の色をはじめ顔の大半の特徴はわからないにもかかわらず、目がポジに戻っただけで顔全体の印象がわかるようになるとは、なんとも不思議です。

しかも逆に、目だけをネガのままにしておくと、その人の雰囲気がわかりにくくなるという効果も発見されています。目の白黒が反転した顔は、まるで宇宙人かバンパイアになったように不気味に映ります。つまり白目は白くないと、人間らしく感じられないのです。

私たちの実験室でも、赤ちゃんを対象にこの白目の効果を調べてみました。その結果、赤ちゃんも大人と同じ、ネガの顔で目だけ白目だと顔を学習することができました。一方で、白目だけネガにした宇宙人みたいな目を持つ顔は、学習できませんでした。赤ちゃんでも人らしさはわかるのかもしれません。

顔を見続けると「美の基準」が崩れる!


私たち人は目にこれほど敏感なのですから、自分の目の形や、一重や二重かが気になることは、しかたのないことなのでしょう。

しかし小さな鏡で目にばかり注目して見ていると、顔を見る基準がずれていくかもしれません。

顔を見続けることは危険なのです。同じ顔を見つめ続けると、脳神経が「順応」するのです。脳神経は順応し、麻痺(まひ)します。麻痺するのは、顔を見る物差しです。順応によって、顔を見る基準が崩れるのです。

顔を見続けることによる順応の効果について、数多くの実験が行なわれています。

私たちはそれぞれ、これまで見てきた顔経験に従って、顔を見る基準(物差し)を作り上げています。
それは必然的に、平均に近い顔だちとなります。

ところが実験で同じ顔をずっと見続けると、この顔の基準が、見続けた顔の方に歪(ゆが)むのです。たとえば太った顔ばかり見続けると基準は太った側に、痩せた顔ばかり見続けると基準は痩せた側へと歪みます。

しかも、よく見ている人種(日本人だったら日本人の顔)だとその歪みは大きくなると言われています。
つまり、よく見ている自分の顔を見続けることによって、基準がどんどん歪んでしまう可能性があるのです。

ハリウッドスターがモンスターに見える「動画」

美しいハリウッドスターの顔をながめているうち、醜く見えるという錯視の動画をご存じでしょうか(Shocking illusion - Pretty Celebrities turn ugly! And, Pretty Girls turn ugly)。

動画の中央にある➕マークから視線を動かさないで見ていると、次々と左右に現われるスターたちの顔が、時々、モンスターや宇宙人のように見えてくるのではないでしょうか。

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YouTube:Shocking illusion - Pretty celebrities turn ugly! (TangenCognitionLab)より

ハリウッドの美男美女の顔でさえも人の顔に見えないほど歪んでしまうということは、顔に対する基準が簡単に変わってしまうことを示しています。顔の順応を軽んじることはできないのです。

ちなみに、誰にもすぐに覚えてもらえる、特徴のある顔こそが芸能の世界で生き残るために必要なことだと思われます。たとえば万人に好まれる、平均的な顔は、たとえ整っていても記憶に残りません。とっかかりのない顔は、「弱い」のです。

その点、どこか記憶に残る特徴を持つ顔こそが、スターの条件といえるのではないのでしょうか。そしてそれは、顔を見る基準からちょっとずれた特徴を持つことがポイントだと思うのです。そんな特徴が、この動画によって強調されているような気がします。

鏡の見過ぎにご用心!

さて話を戻します。

自分の顔を鏡でながめてばかりいる人には、過度の順応が生じている可能性があります。基準が一方の方向に歪んでしまうばかりでなく、目や鼻のサイズや形など、細かな点ばかりが目に付いて、全体で見る視点も失ってしまうことでしょう。

これまでの連載でも書いてきたように、日本人はふだんの生活から、互いに視線を気にしあいながら無言の空気感でコミュニケーションをとりあう傾向があります。
そんな繊細なコミュニケーションのあり方が、空気感を作り出す「目」の整形へと結びついているといえましょう。

自分の顔が気になり過ぎて、自分の顔がおかしく見えてしまう。その結果、どんどん美容整形を重ねていってしまう──それは顔の見方の歪みによるものかもしれません。

客観的な目線で自分の顔をよい顔に作りこむためには、顔の見方を麻痺させないことが必須なのです。自分の顔だけを見過ぎて、顔の見方にずれが生じないよう、注意を払うことが大切なのです。

次回は9月17日公開の予定です(第1・第3金曜日掲載)

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
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