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第10回 鏡を見続けると「ヤバイ」わけ(前編)

人はなぜ美容整形をするのか

最初はプチ整形のつもりでも、いったん整形してみると、あちこちが気になりだして、顔をいじるのに歯止めがきかなくなってしまい、気がつくと全然別人の顔になってしまう──そんなホラーのような話をよく聞きます。実際、そんなことはよく起きるのでしょうか。

また、これは私見ですが、整形にこだわる日本人は目をいじりすぎるように感じます。二重まぶたにしたい、涙袋を作りたい、目元の形が気になる……なぜ、日本人は目が気になるのでしょうか。

今回は美容整形にまつわる、この二つのお話をしようと思います。

まずは目の話から始めましょう。

「視線恐怖」の正体とは?


人は、他人の視線とそれを発する目に敏感です。

電車や街角で、お母さんに抱っこされている赤ちゃんに、じーっと見つめられたことはありませんか? 

この連載でも以前に書きましたが、視力の発達していない小さな赤ちゃんでも視線を合わせることができる背景には、「目」の目立ちやすさがあります。

目は白黒のコントラストがはっきりしていて、視力が未発達の赤ちゃんでも注目できるのです。実際に赤ちゃん実験から、新生児でも目が開いた顔を目が閉じた顔よりも好み、視線のそれた顔と視線があった顔を区別できることもわかっています。

しかし、「白黒のコントラストがはっきりしていて目立つ」という目の特性は、他人の視線を怖がる「視線恐怖」にもつながります。

感覚過敏の特性を持つ自閉症者で、視覚が過敏なタイプの中に視線恐怖の人がいます。彼らの語る体験は、目の強烈さを如実に示しています。

「まるで目から光がピカーッと発しているようにも見えて、とても直視できない」と主張する人がいます。その一方で「あまりにも目は魅力的であるため一度見つめたらなかなか目をそらせなくなる」と主張する人もいます。

刺激的すぎて恐怖を感じるのか、あるいは目が離せないほど魅力的なのか(ひょっとすると、小さな赤ちゃんも後者に近いのかもしれません)、意見は真っ二つに分かれるのですが、いずれにせよ目はとても刺激的であるということは共通しているようです。

ちなみにトルコのお土産に目玉の形をした魔除けがあります(下写真)。目には魔除けになるほど、力があるともいえます。

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「モナリザ」の微笑みを心理学で考える

目が気になるのは動物一般に共通しています。目玉の形をした「カラス除け」などもあります。

ただし人の場合は、目そのものだけでなくて、目が向かう先の視線、特に自分に向けられる視線にも敏感です。

みなさんも、こんな恥ずかしい経験はありませんか? 人混みで挨拶されたと思ったら、自分の背後にいる人に向けられたことに気づき、気まずい思いをしたというもの。
その際、後ろの人とちょっとでも位置がずれると、自分に向けられた視線ではないことにすぐに気づきます。

1960年代の心理学実験では、目の前に実際に人を立たせて、自分のどこを見つめられているかを実験参加者に当ててもらう実験が行なわれています。そこでわかったのは、視線が横方向へずれたときの感度はとても高いものの、上下のずれへの判断は弱いということでした。

視線が合うと、ドッキリします。

目が合うことは感情をたかぶらせる、独特の効果があります。薄暗い部屋の壁にかけられた古い肖像画を見ている時に、こちらを睨んでいるような視線にヒヤッとしたことはありませんか。たとえばモナリザの謎の微笑みも、同じ部類に入るでしょう。

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「モナリザ」の魅力は見る人たちすべてに視線を向けているから?

あるいはこちらを向いてほほ笑むアイドルの姿のポスターを眺めてみると、どこから見ても視線が合います。視線に追いかけられているような気にすら感じさせられます。

実はこれは錯視です。

自分に向けられたと思った視線を勘違いして恥ずかしい思いをしたように、私たちの生きる3次元世界では、人の視線は一点に収束します。

たとえばあなたではなくて、あなたの横にいる親友が、マドンナから熱い視線を送られているのを感じてがっかりするように、3次元世界はシビアなのです。

そしてその逆に、ポスターのように2次元世界から私たちの3次元世界に向けた視線では、そこにいる誰もが皆同じように2次元アイドルに見つめてもらうことができるのです。
2次元世界との付き合いは好都合に解釈できる一方で、3次元世界のペアだけが一対一で視線を合わせられるのだと改めて認識させられます。

ちなみに大昔の1824年には、ワラストン(Wollaston)がこんな錯視を発表しています。

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上図にある左右の2つの顔、左の顔は右のほうによそ見をして、右の顔はこちらを直視しているように見えます。
ところが、この2つの図の、目の周辺はまったく同じです(目より下の部分を隠してみると、わかるでしょう=下図)。左右で違っているのは、鼻から下の輪郭の向きです。

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顔の向きを変えると視線の行く先が違って見えるこの錯視、私たちの研究室で行った実験では、生後8ヶ月以後の子どもだけがこの錯視の視線を認識できることがわかりました。
生まれて1年近くなると、ようやく2次元世界の微妙な視線の向きがわかるのでしょう。

(後編に続く)

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
ベネッセ「たまひよ」HP(関連記事一覧)

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