第9回 顔と身体が「分離」するポストコロナ時代(後編)
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第9回 顔と身体が「分離」するポストコロナ時代(後編)

(前編こちら)

インターネットの弱点は「身体性」の欠如だ

 写真での「つながり」は問題があるとすれば、動画ならどうかと言えば、それも五十歩百歩です。 そもそもインターネットは“双方向”とはいえ、実態は一方向の通信の重なりで、“同時”に話すことはできません。
 Zoomなどで大勢でつながってみるとこの不便さは歴然です。まるで会話の順番を待っている感じで、同時にわっと騒ぐことができないのです。相手と同調しているかどうか、タイミングがうまく合っているどうかが分からない。昔に比べて高速になったとはいえ、インターネットにはそうしたタイムラグが付き物です。
 もちろん身体も映し出せないので、身体を使ったコミュニケーションが取れないということになります。

 実は、私たちの対話は身体の細かなそぶりや同調といった、意識の外で気づくようなやり取りによって支えられています。
 ところがオンライン会議のカメラは全身を映し出せないせいで、「はい、次は〇〇さんですね。どうぞ」と明示的に場をつなぐルールが必要になってきます。「あうん」の呼吸で発言者の交代がなされている、日常の会話ではいかに身体的コミュニケーションが役割を発揮しているかが思い知らされます。オンライン会議で「疲れる」のは、このためもあるでしょう。

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 映像を介してコミュニケーションの形態は取れているものの、身体的なつながりが欠いたコミュニケーションには、どこか感情的なつながりが希薄となっているように思えるのです。

 コロナ禍で私たちの生活にZoomなどのビデオ会議やチャットが普及しているわけですが、このような意識下にあるために気づかない齟齬(そご)が、人々の間にストレスとして蓄積しないかが心配です。
 ネットを介してのコミュニケーションで、他人のふるまいにふだん以上にイライラしてしまったり、考えが違う人を排除したくなったり、様々な問題へとつながるのではと思うのです。

次世代SNSにネットの未来を見る

しかし、このギャップを埋めるように、バーチャルリアリティ技術(VR技術)を用いたSNSが登場しています。
バーチャルな空間の中で、自分の好みのキャラクターの外観を分身とした “アバター”を介して人々とつながる。つまり、自身の身体の分身がサイバー空間の中でつながりあうという、まさしく身体性を伴ったSNSです。
まだまだオタクの使うものという雰囲気ではありますが、2018年にスティーブン・スピルバーグ「レディプレイヤー1」の映画の題材にもなっています。

 アプリでつながるバーチャル技術は、コロナ下の学祭や、オープンキャンパスなどにも利用されています(2020年にはバーチャル東大も登場しました)。

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VRChatは数あるバーチャルチャットの老舗。2017年にリリースされ、今では全世界で40万人以上の会員がいると言われています。こうしたバーチャルチャットは他にもいくつかあるようです。

 
 こうしたバーチャルチャットでマニアはお金と時間をかけて自分好みの外観のアバターを作りこみますが、普通は既存のアバターが使われます。ほとんど全員がロボットのアバターで登場しているために、誰が誰だかわからない集団は不気味にも見えるのですが、若者にとっては自分の感情を表現するマークであるエモートを飛ばしあっている(アバターのロボットの頭から、ハートマークが飛びまくるのです!)あたりが「エモい」らしのです。

ちなみにここで考えるに身体性とは、顔のように自身の姿かたちよりは(そもそもバーチャルチャットでは、姿かたちをアバターとして変えています)、動作に重きが置かれます。その理由は後ほど脳の話で説明しましょう。

VRで体験する「体外離脱」

 私もバーチャルリアリティ技術にチャレンジしてみました。ゲーム経験のある若い人ならば楽なのでしょうが、回線の問題もあり(家庭回線では、通信が途切れがち)正直なかなか難しいと感じました。アバターを自分の分身とするまでは、なかなか行きつきません。

 ちなみにバーチャルリアリティはアプリによって、“1人称視点”で身体を動かすものと、“3人称視点”で身体を動かすものに分けられます。後者の方がヘッドマウントディスプレイなどの特別な機材がなくてもパソコンだけで使えることもあり、バーチャル東大をはじめとした大学の行事でも使われています。しかし3人称の客観的視点では、まるで体外離脱して自分の姿のアバターを含めた世界を外からのぞき込んでいる傍観者のようで、どうもしっくりこないのです。

 その点、1人称視点はバーチャルリアリティの醍醐味ともいえますが、私には難しくて途中リタイアしてしまいました。自分の視点で仮想世界の中を歩くことはとてもリアルなのですが、自分の動きにあわせて画面が動くため、うまく動かせない上、酔いが生じて気分が悪くなってしまうほどなのです。

 四苦八苦する中で、「体外離脱」をめぐる最近の認知科学の一連の研究が思い出されました。

 身体から離れたところからの1人称の視覚情報をヘッドマウントディスプレイで見せながらその人の身体を刺激すると、離れたところに自分の身体があるように感じる「体外離脱」を体験できるというのです。

 また、巨人やミニサイズの人形の身体の映像が触られている映像を見ているとき、それと同じ、自分の身体の部分を刺激されていると、自分が人形(あるいは巨人)の身体を持っているように感じ、それと同時に、周囲の風景までも巨人やミニチュア人形の視点で見えるようになり、風景のサイズもそれにそって変化するという報告がありました。

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 まるで鏡の国のアリスの世界、バーチャル世界への適応を示すようですが、こうした錯覚を産み出す、脳のメカニズムもわかっています。

 視覚に基づいた身体イメージにかかわる「側頭」と、身体感覚と空間にかかわる「頭頂」、この二つの働きの接点である「側頭頭頂接合部」が肝なのです。

 この部分は、「体外離脱して天井から自分の身体を眺めている」という状態を想像するだけでも活動するのですが、ここに軽い電気ショックを与えてその活動を抑制すると、今度は、自分の身体を動かすという想像すらできなくなるというのです。

 このことから、自分の身体をイメージする(側頭部の働き)だけでは自分の身体を心の中で動かすことができないということが分かります。体性感覚、分かりやすく言うと、身体を動かしていると肌で感じる、その情報こそが身体を動かすことにとって重要だということが分かります。

まだまだ続く「顔と身体の乖離」?

 バーチャルリアリティの話に戻すと、こうしたサービスを誰もが使いこなせるまでには課題が多いようにも見えます。

 しかし使いこなしている人達に話を聞くと、“バーチャル酔い”を解消する手段としては、他者がその場にいることが必要だったとする声も多く、やはり他者とのやりとりなのだと思わされます。

 一足先にバーチャルチャットを楽しんでいる人達の世界は、想像以上の豊かさです。愛用されるアバターはぬいぐるみやボーカロイドロボットのようなかわいらしい容姿が多いのですが、本格的なバーチャルチャット愛好者ともなると、男女複数のアバターを所有していることもあるとか。コスプレに似た雰囲気を感じますが、自身の身体性(自身のジェンダーを含めた)を軽く超えて、複数の自己を設定する自由さがそこにあるのでしょう。

 没入感の威力は、Zoomをはるかにしのぐようです。バーチャルチャット世界を現実世界と並行した別世界としてとらえているようで、「バーチャルチャットの中で暮らしている」と表現する人も多いのです。
家に戻るとバーチャルチャットの世界に没入し、そのまま仕事をし、そのまま眠る。バーチャルチャット世界の中で起きて、他人のアバターに朝の挨拶をすることに心地よさを感じるそうです。バーチャルリアリティの中で結婚をすることもあるそうで、こうなると、バーチャルチャット世界と今生きている世界の重みづけが逆転していると言ってもいいかと思います。

 ただしここでも顔と身体が乖離しています。

 なぜならばバーチャル世界ではアバターを使うため、自分自身の顔は登場しないのですから。むしろ自分の顔を含めた容姿を捨てて、今日の気分で洋服を選ぶように姿かたちを変える。そこでは顔よりむしろ身体中心の世界となっているのです。コロナ以降のこれから先、私たちの顔と身体はどうなっていくのでしょう。

次回は9月3日公開の予定です(第1・第3金曜日掲載)

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
〈山口真美研究室HPはこちら〉

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