【世界は「プランB」で出来ている 第1回】カーリングと企業経営の共通点とは?
「プランB」とは何かを理解するためには、スポーツにおけるそれを知ることが分かりやすい。『「プランB」の教科書』の著者である尾崎弘之氏(神戸大学)に、カーリングの「プランB」を語ってもらった。
前回記事はこちら。
カーリング女子「ロコ・ソラーレ」の吉田知那美さんが7月27日に結婚を発表した。めでたいことだが、女子アスリートが結婚する時、マスコミはいまだに「A選手は結婚後も競技を続けます」といったコメントを入れる。男子選手の時には、こういうことは絶対に書かない。また、女性芸能人の結婚会見では「Bさんは妊娠していません」というコメントが必ず付くのは笑ってしまう。
一方、同じマスコミが「女性は結婚と仕事を両立させるべきだ」と当たり前のように報じる。そうであれば、吉田選手にしたような古臭い質問はもうやめた方が良い。
「氷上のチェス」
話をカーリングに戻そう。この競技の発祥は15〜16世紀のスコットランドと言われている。氷上のフィールド(シート)の内側で、取手が付いた丸い石(ストーン)を、シートの逆サイドにある赤と青の同心円(ハウス)目がけて投げ、ストーンが止まった位置で得点を競う。スピードやパワーがものを言うスポーツと異なり、年齢や男女によるパフォーマンスの差が小さいとされるのがカーリングの特徴だ。したがって、比較的高齢の人でも競技を続けることができ、その点は馬術に似ている。
カーリングは「氷上のチェス」と称されるように、頭脳を使った戦術や駆け引きが生命線である。ロコ・ソラーレが平昌、北京のオリンピックで連続してメダルを獲得したことが、日本のカーリング人気に火をつけたのはご存じのとおりだ。
「プランB」が不可欠のカーリング
カーリング競技中継の解説を聞いていると、「日本チームは『プランB』に切り替えました」といった表現が頻繁に使われるのにお気づきだろうか?
「プランB」とは「プランA」(当初の計画)がうまく行かなかった時に備えて用意される「次の一手」を意味する。カーリングにはまさに「プランB」が不可欠である。
カーリングの試合では1チーム4人のスローアーが交代でストーンを投げるが、氷上の狙ったはずのストーンに当たらない、避けたつもりのストーンに当たってしまう、氷の滑りが予想より早い(遅い)、ストーンが思った以上に曲がる(曲がらない)などなど、投げた後には不確定要素が多い。むしろ、一流選手でも狙ったところ(プランA)にストーンが行かないのは当たり前で、選手はそうなった場合の「次の陣形」(プランB)をつねに心に描きつつ、プレイをしないといけない。
カーリングでは、ストーンを投げた後、およそ10秒前後の間、チームは「プランA」か「プランB」かの選択ができる。選手たちは、ストーンが滑るスピード、曲がり方に合わせてブラシで氷を掃き(スイープ)、ストーンの行き先を調整するが、ここでの判断が勝敗を左右する。
野球には「プランB」がない!
「プランB」を考えながらプレーできることが、カーリングが他のスポーツと違う点だ。
たとえば野球の場合、投手は自分の指からボールが離れた後は何も出来ないし、打者はスイングを始めた後はバットがボールに当たることを祈るしかない。つまり、カーリングと違って動作が終わったら、あれこれ状況を変えることはできない。
ただ、野球は短いプレーの積み重ねなので、後で挽回する機会は多い。プロの打者は10打席中7回凡退しても一流とみなされる。失敗してもその度にクヨクヨしないことが長いシーズンを乗り切る必要条件である。
ところが、優勝がかかった大きな試合や、一軍に残れるかどうかの最終テストではどうだろうか? そこでも「失敗しても次があるさ」としか考えない選手は、プロとして生き残ることはできないだろう。
メジャーリーガーの大谷翔平選手がインタビューでしばしば「準備をしっかりして試合に臨みたい」と答えるのは、自分でコントロールできるのは準備までで、そこから先は「やってみないと分からない」の裏返しと思われる。ただ同じ準備でも、その質と量が一流選手とそうでない選手を分かつポイントだ。
投げて打ってから結果が出るまでのコンマ数秒の間に何もできない野球と違い、カーリングでは、ストーンを投げてからおよそ10秒間、「プランB」を発動するかどうかの選択ができる。
企業経営者はカーリング選手より時間的余裕がある
翻って、企業経営者が置かれている状況をカーリングと野球に当てはまると、どのように表現できるか?
投資金額が小さいテストマーケティングの段階なら、「三割打者」で十分だ。しかし、社運を賭けるような事業になるとそうは行かない。この時は「ヒットを打てば優勝、凡打ならクビ」といったギリギリの状況に等しい。そんな時でも、「結果はバットとボールに聞いてくれ」と祈っているようでは経営者失格である。
企業の場合、準備を万全にするだけでなく、ストーンを投げて結果が出るまで数ヶ月あるいは数年もの猶予がある。その間、ブラシのかけ方を変え、新素材のブラシを試すなど色々なことができるが、あれこれ理由をつけて「プランB」の発動を躊躇していると、ストーンはハウスを通り越して手遅れになってしまう。
いくら組織が大きくて方向修正に時間がかかると言っても、企業はカーリング選手より「プランB」発動に時間的な余裕があるのは間違いない。
「プランB」は単なる代替策や次善の策ではない。組織が必ず準備しなければならない「次の一手」である。さまざまな状況変化によって「プランA」は確実に破綻するので、経営者は「プランB」を必ず持っていなければならない。しかし、その「プランB」はなぜかなかなか発動されず、ダメな「プランA」が温存されることが多い。
なぜ「プランB」が発動されないのか、発動するためにはどうすれば良いのか、それがこの連載コラムのテーマである。
(以下に続きます)
「プランB」が発動できない背景と理由、その対策の分析について詳しく知りたい方は拙書『「プランB」の教科書』(インターナショナル新書)をぜひご参照いただきたい。
上記リンクより、立ち読みページもぜひご覧ください。
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著者プロフィール
尾崎 弘之(おざき ひろゆき)
1960年、福岡市生まれ。1984年東京大学法学部卒業後、野村證券入社。ニューヨーク法人などに勤務。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、2001年にベンチャー業界へ転身。ベンチャー・キャピタル、複数スタートアップ企業の立ち上げ、エグジットに関わる。2005年より東京工科大学教授。2015年より神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、同大経営学研究科教授(兼任)。
政府で核融合エネルギー委員会委員などを務める。博士(学術)。著書多数。