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コロナブルーを乗り越える本 北尾トロ

北尾トロさん(ノンフィクション作家)は「小説には手が伸びない」というコロナ禍での読書生活のなか、近所のカフェの本棚に刺さっていた、かつて読んだことのある本を再読。そこにはこの時期だからこそ見直すべき生き方、働き方が、誰もができそうな方法で書かれていました。

※この記事は、集英社インターナショナル公式サイトで2020年4月18日に公開された記事の再掲載です。

『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』

伊藤洋志/ちくま文庫

ナリワイをつくる.bk

新型コロナの感染防止のため自宅で過ごす時間が増えている人が多いと思う。本好きなら、この機会を利用して日頃なかなか読めない大長編小説を読むとか、積読を一気呵成に読破するといった目標を立てたくもなる。でも、リアルな世界が現実離れしているせいか、いまひとつ小説には手が伸びないという人もいるのではないだろうか。
僕もその一人で、何冊か買ってはみたものの全然ページがはかどらない。そこで、本を書棚にしまい、ツイッターで「本日の売り上げ700円です」とつぶやいていた近くのカフェまでコーヒーを飲みに行った。居心地のいい空間が消えてしまっては僕自身が困るからだ。
本書はその店の本棚に刺さっていたものだ。何年か前に買った記憶があるが、内容を忘れているということは、ロクに読みもせず手放してしまったのだろう。でも、なんだか今はこの本に呼ばれている気がして、店主に頼んで借りることにした。というのも、書き出しがいいのだ。

<個人レベルではじめられて、自分の時間と健康をマネーと交換するのではなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身につく仕事を「ナリワイ」(生業)と呼ぶ。これからの時代は、一人が生業を3個以上持っていると面白い。>(「はじめに」より)

自宅にこもる”自粛”がいつまで続くのか。先が見えない状況に置かれてみて、身の回りのさまざまなことをこなす能力の低さにガクゼンとしていた僕に、「ナリワイ」という言葉は新鮮だった。”自粛”の期間は、生き方を見直すのに絶好の機会かもしれない。
家に帰って読み始めると、著者は1979年生まれの元会社員。仙人みたいな暮らしをしている人でも、精神論を説く人でもなく、文章もエッセイ風ですいすい読める。内容も、「副業の紹介」や「小商いで稼ぐハウツー」をまとめたものではない。そういうことにも触れてはいるけれど順番が逆なのだ。
収入が足りない→空いた時間を使って稼げる手段を探そう、ではなく、自分で小さな事業(ナリワイ)を作る→仕事になって稼げることもある、なのである。お金になればいいが、ならなくてもかまわない。なぜなら、書き出しにあるように、ナリワイを持つと頭と体が鍛えられて技も身につくからだ。
ダメ元精神でいろいろやってみて、年間30万円くらい稼げるニッチな仕事をいくつか生み出す。では具体的にどんな仕事があるのか。著者が例に出すのは、自らが実践してきたナリワイの数々だ。「年に2回しか企画しないモンゴル武者修行ツアー」(それ以上やると仕事っぽくなってしまう)、「田舎で土窯パン屋を開く講座」(田舎暮らしを志す人のための実践的ワークショップがあればいいな)、「シェア別荘の運営」(京都が好きだが泊るところがないので仲間を集めて作ってしまおう)……、動機がすごくユルいのが特徴だが、結果として著者はモンゴルの遊牧民生活の実践、パン焼きの技術、家の解体や床張りなど、それなりの収入と合わせて、数々の技術と多士済々な仲間たちとの出会いをモノにしている。

では、著者の技術はどれもプロ顔負けなのか。全然そんなことはないし、そこを目指してもいない。基本的な考えは、なるべくお金をかけない小規模な事業を立ち上げ、手間をかけて育てること。講師に人気があって初回から満員御礼になるワークショップより、最初は参加者0人のワークショップのほうが将来性があるなんて書いてるもんなあ。ナリワイとは、いかにしてビジネスの匂いを避けておもしろいことを形にしていくかの実験。うまくいかなかったらやめて、つぎの事業をはじめればいいのだ。素人が思いつきで始めた事業でお金をいただいてもいいのだろうか、という読者の素朴な疑問に対しても明快な答えが記され、消化不良に陥ることがない。
とはいえ、誰もが著者のような生き方ができるわけじゃない。僕が参考にしたいのは、バックアップという考え方だ。メインの仕事のみの”1本足打法”ではなく、支えのある”タコ足打法”を意識していると、メインがぐらついたときの気の持ちようが違ってくるだろう。

好きなことを仕事にしようと意気込むと身動きが取れなくなりがちなので、嫌なことはしないくらいの気持ちでちょうどいい。お金についても、稼ごうとするとどうしても無理が出やすい。ナリワイをやってるとお金が減らない、ということでもいいのである。
たとえば畑を借りて行う趣味の野菜作りでは収入は1円も得られない。でも、季節ごとの食卓を自力で作った安全な食材でまかなうことができれば、それは支出を抑えながら豊かな食生活をすることでもある。これだって、自分にとってのナリワイといってもいいのではないだろうか。
坂の多い住宅地で犬を飼っているなら、ついでに散歩を請け負えば喜んでくれる高齢者がいるだろう。そこで金銭のやり取りが生じなくても、やっていくうちに頼まれごとが増え、地域からの信頼を得ながらナリワイに育っていく可能性もある。

本書のいいところは、こんなふうに誰でも一つや二つは自分なりのナリワイを考えつけそうなことだ。そうでなくても、いままで普通の働き方をしていると思っていた自分自身を少しだけ疑ってみるのは、この時期だからこそリアルにできることではないだろうか。ナリワイを念頭に置きつつ、いまメインにしている仕事について考える。それは、”自粛”で煮詰まった頭に養分を注ぐ時間になると思う。

きたお とろ ノンフィクション作家。
1958年、福岡県生まれ。2014年より町中華探検隊を結成。また移住した長野県松本市で狩猟免許を取得し猟師に。『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『山の近くで愉快にくらす』『夕陽に赤い町中華』、共著『町中華探検隊がゆく!』など著書多数。2020年3月より埼玉県日高市在住。

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