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最終回 自分の顔はわからない(後編)

前編より続く

世間に衝撃を与えた女性歌手の死

前編で「人間は自分の顔イメージについて、実際よりも理想寄りに認識している」、つまり、ややうぬぼれ気味に自分の顔を見ているという話に触れました。

人間は自分の顔を現実そのままに見ているのではなく、そこには一種の偏見が入っているという言い方もできるでしょう。

しかし、自分の顔に対する偏見=バイアスは時として病的なものになることがあります。そこで起きることの一つが、摂食障害です。

摂食障害が世間に知られたのは、1970~80年代、美しい歌声で世界を魅了したアメリカ人デュオ「カーペンターズ」のカレン・カーペンターが過度のダイエットで亡くなったことが最初でした(1983年没、享年32)。

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「カーペンターズ」は実力派の兄妹デュオとして世界的な人気を博していた
ⓒMary Evans/amanaimages

それまで、ダイエットで命を失うことになるなんて誰も思いもしなかったことでした。というのも、この時代、ダイエットは「健康のために行なわれるもの」という認識で、やせることが主目的ではなかったのです。それだけに、過度なダイエットによって死に至ったというニュースは衝撃だったのです。

今日、摂食障害の診断では、身体イメージのゆがみを測ります。

やせた女性や太った女性、中肉中背の女性などの複数の身体のシルエットを見せ、「あなたが思う理想的なボディイメージはどれか」を選んでもらうのです。選んだボディイメージが極端なやせの方へと歪んでいれば、摂食障害と判断されます。

摂食障害の人は、骨と皮ばかりになった自分の足を美しいと思い、標準体重よりも10キロ、20キロと少ない体重を理想と思いこんだりします。食が喉を通らなくなって緊急入院して、鼻から胃に直接、栄養補給をするためにチューブを付けるような状況であっても、太ることを恐れるあまり、病院から逃げ出す患者もいると聞きます。

摂食障害患者は「自分の理想」のためにやせたいのか?


「見た目の改造」の中でも、ダイエットで体重を減らすのは道具も要らないし、また整形手術のようにお金もかかりません。
手っ取り早い上に、健康的にも思えるため罪悪感はありません。しかも体重という“数字”で成果を目にすることができます。

このため、真面目なタイプほど数字の減少にやりがいを感じ、さらに体重制限を課すというスパイラルにおちいることが珍しくないのです。実際、この病気のために入院してくる少女たちの多くはごく普通の礼儀正しい優等生で、学級委員や運動部のキャプテンなども少なくありません。

そんな女子中学生たちを対象に、私の研究室では小児科と共同で、自分と他人の顔を見ているときの脳活動のようすを計測しました。計測するのは、顔を見る時に活動するみぎそくとうの働きです。
なぜ自分を見るときと、他人を見るときの脳の活動を比較したのかといえば、摂食障害の患者は自分の姿に敏感なのか、それともその自分を見ている他者(の視線)に敏感なのかを調べたいと思ったからです。

もちろん小児科と共同の実験ですから、摂食障害のなんらかの兆候をその脳活動から得られないかというもくもありました。そこまで行かずとも、脳活動を測ることで摂食障害の検査ができたらと考え、入院している摂食障害の人たちの協力で実験を行ったのです。

実験の結果、普通の女子中学生は自分の顔を見た時に右側頭部が活動するのに比べて、他者の顔を見た時の右側頭部の活動は低くなることがわかりました。一方で摂食障害の少女たちは、他者の顔を見るときのほうが右側頭部が活動することがわかったのです。

右側頭部の活動は、顔への関心が高まった時に活発になるので、摂食障害の患者は結果は周囲の人々の顔への関心の高さをあらわしています。周りの目を気にして頑張りすぎる、摂食障害の特性を表現しているようです。周囲の人たちの目線が、自身を苦しめているのかもしれません。

その一方で、摂食障害の患者は自分の顔イメージには過敏ではありません。

実験前の予想では、摂食障害の患者が歪んだ身体イメージを持っているように、自分の顔に対しても普通以上の関心を抱いているのではないかと考えたのですが、そういうことはないようです。

あくまでも患者たち自身の関心は、他者から見たときにやせて見えるかにかかっていたのです。

人はいつから「やせた自分」を理想にしたのか?


ほっそりした身体がほしいという欲望は比較的最近に生まれたものです。

過去を振り返ると、ルネッサンスの絵画に描かれた女性は、いずれも胸もおなかもおしりも立派なぽっちゃりタイプです。
さらに歴史をさかのぼってみても、ギリシャ彫刻の女性も豊満な姿で、縄文ビーナスと呼ばれる土偶もまるまるとした安産型です。これらの女性像と比べると、現代の雑誌に載っているモデルの女性が極端にやせているのがわかります。

女性たちが自分のスタイルに対して関心を持つようになったのは、19世紀に流行ったコルセットが始まりだと考えられます。といっても、コルセットはあくまでも腰を細く見せるもので、その分、胸や腰が強調されます。ですから、コルセットが流行しても、女性たちはやせることに関心は持っていませんでした。

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しかし、このコルセットの流行は女性の社会進出とともに終わります。外でアクティブに働くためにはコルセットは邪魔ものでしかありません。

そこで20世紀に入ると身体のラインが自然に出るファッションへと変化していきます。
しかし、これで女性たちが解放されたかと言えば、コルセットによって身体を締め上げる代わりに、身体そのものを無理矢理に服に合わせようという風潮が始まったとも言えます。その流れの延長線上に摂食障害という病気が生まれたと言えるでしょう。

「ギャルメイク」はなぜ画期的だったのか

ここで顔に話を戻しましょう。

摂食障害は、他者が自分のスタイルをどう見ているかが異常に気になるということが関係する病気ですが、顔について言えば、自分の顔を他人がどのように見ているのかは本当のところ分かりません。

鏡の前ではついついよそ行き顔をしてしまったりするので、普段の自分がどんな表情をしているのかは分かりません(動画に撮ればいいじゃないかという人もいるでしょうが、「撮られている」と意識した瞬間から人は演技をしてしまいますので、やはり素の自分ではありません)。

現代の女子中・高生たちは「見られる自分」を敏感に感じて過剰に反応し、その結果、傷つく一方で、うまくそのストレスを発散するはけ口を持っているようです。若い世代はいつの時代でも柔軟な精神を持っていて、流行に敏感ですから、自分の顔や身体を変える、さまざまなやり方を「発見」してきました。
たとえば、カラーコンタクトを入れて目の色を変え、たっぷりしたつけまつげと濃いアイライン引いてガンガンにぢからをつけた「ギャルメイク」はその一つです。

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ギャルメイクは1990年代、安室奈美恵の真似から始まり、だんだんと過激になっていきました。90年代後半には日焼けサロンで焼いたガングロの顔に茶髪を逆立て目の周りに白いハイライトを入れたヤマンバメイクが出現します。

そのトレンドを一変させたのが浜崎あゆみの出現です。長いまつ毛の大きい目に色白のお人形さんのような顔の白メイクが流行りました。近年では、2018年頃から韓国人アイドルにあこがれた韓国風メイクが流行りだしました。

流行に敏感な女子高生だけあって、茶髪になったり黒髪に戻ったりと時代によってめまぐるしく変化します。その美意識は同年代の間でしか通用しないスタイルであったりします。

しかし、私はこういう変化については肯定的に捉えるべきだと思っています。時として、過剰なほどに自分の姿を変える中には、“醜い”と言われた体験を克服したいという気持ちと同時に、自分を変えようとする、ポジティブな変身願望とつながっている部分もあると思うからです。

特に後者の要素が強く出たのが、ギャルメイクだったと筆者は考えます。そこには「自分たちの姿や形は社会の常識に合わせるものではない」「自分の生き方を追求したい」という表現があったように思います。

筆者は大学教員として毎年の就職活動の時期になると、それまで自由な髪形やメイクだった学生たちが、一斉に就活ファッションに変わっていく姿を目にして、いつも残念な気持ちになります。その点、ギャルメイクには女性像を自分たちなりに変えようとする「意志」があったと今でも感じるのです。

「顔写真」に革命を起こしたプリクラ

ギャルメイクをしない、ふつうの女子中高生たちもメイクではなくて画像編集アプリで自分の顔を変えることを自然に楽しむ時代です。インスタにはそうした画像がたくさん投稿されています。

この手の画像を使った顔加工の歴史は、日本の「プリクラ」(プリントシール。プリクラは商標名)にさかのぼります。加工した自分たちの顔が印刷された小さなシールは、女子高生に大人気でした。2000年前後の日本の女子高生たちの手帳には、友達と撮ったプリクラのシールでびっしりと埋め尽くされていました。

プリクラは友だちとの記念に一緒に顔を撮影することに意味があります。自分の顔写真を撮ることそれ自体も娯楽なのですが、それを仲間同士で撮り合って共有したり、交換することに価値がシフトしていったのです。ここがユニークなところだと思います。

当時のプリクラの加工は目を大きくしたり、あごを小さくしたり、小顔に変えたり、あるいはフィルターにかけて肌をきれいに見せたりと、とにかくいろいろ盛りまくるものでした。はたから見ると、目は異様に大きくて顎が極端に小さくて、およそ人間らしくない不気味な顔にも見えるほどでしたが、技術的にもそれが限界であったのでしょう。

しかし、そうして自分の顔イメージを極端に変えるのを面白がっていたのが、やがて自分の顔写真のシールを交換しあったり、自分の名刺につけて渡したりするようになりました。これは実は、大きな変化です。

当初のプリクラで加工した顔は自分の顔とは距離がありました。プリクラを見ただけではそれが誰の写真なのか分からないほどでした。しかし、それを交換しあうようになると、それがだんだん「自分の顔」へと戻ってきたのです。

写真の加工技術もだんだんと洗練され、自然なものになっていきます。プリクラとは無縁な世代にも「自然な加工顔」は浸透していきます。そうして加工された顔が、新聞などでも個人像として載るようにもなりましたし、パスポートなどの証明写真にも使えるようです。加工顔は、自分にとっての自分の顔ということだけでなくて、周りからもその人の顔だと認められるようになったのです。
顔加工は、遊びから現実世界に進出したのです(しかし入学試験に、盛りまくりの証明写真を外国人留学生が使っているのを見た時には、ぎょっとしました)。

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また、かつてはプリクラを使わないとできなかった加工顔は、今ではスマホの顔アプリで誰でも気軽に試すことができます。美しく加工した映像をインターネット上に公開するユーザーには、たくさんのフォロワーが生まれたりもしています。
彼女たちのファン集会では「変身」する前の現実の姿で写真撮影会をするそうですが、ファンの女子高生たちは、目の前に存在する、ごくふつうの女性に変身した後の姿を重ねて「美しい!」と感じるそうです。

少々大げさかもしれませんが、プリクラから顔アプリに到る顔加工の歴史は、加工された自分の顔をも自分の顔とみなす、「自分顔イメージの変遷史」のように感じます。さらにいえば、女子中高生たちの顔の扱い方は、自分の顔のありかたの未来を予言するようです。

つまり、自分の顔は生まれつきのものではなく、自由に変えることができる。かつて、美醜は運命のように定められたものと思われていましたが、今ではそんなことはありません。

自由自在に「自分の顔」を変えられる

しかも美容整形やダイエットをしなくても、また化粧をしなくても、画像の加工で変えられる。この変幻自在な加工顔の中に、自分の顔が存在する時代になったのです。

もうひとつ、こんな未来もあります。
写真は、筆者が代表をつとめる研究グループ「顔・身体領域」のイベントで撮影したものです。これはプロジェクションマッピングで顔を変えてみるというものです。

15 プロジェクションマッピング自分

プロジェクションマッピングは、映写装置を使ってCGを建造物などに投影してさまざまな視覚効果を与える技術で、その世界の変わりようを楽しむものです。それを顔に応用したのです。
自分の顔に直接、映像を上書きすることにより、加工顔を楽しむ。化粧品会社といっしょの企画でしたが、こんな変身の未来もあるのです。

日本発祥のコスプレは海外に波及し、バーチャルリアリティチャットでアバターを使って交流することも現実化しています。自分の顔は物理的に変えなくても、コンピュータ・イメージの中で自由に変えればそれで充分──そんな方向に時代は向かっているようにも思います。

もともと、「自分の顔」は自分のものであって自分は見ることが出来ない、幻のようなものでした。人工的に加工した加工顔はしょせん幻かもしれませんが、もとの自分の顔も自分にとっては幻のようにつかみどころがないものなのです。そこにはむしろ、自分の顔を自分として納得して使いこなせる「自己主体感」があればよいのです。

さて未来は、どんな「自分の顔」を与えてくれるのでしょう。誰もが満足して自分の顔を扱える日がくるのでしょうか。

今回で連載は終了です。長い間、ご愛読いただきまして、まことにありがとうございます。この連載を元に、大幅に加筆した書籍が出版される予定です(時期などは未定)。その際にはぜひお手にとって見てください!
集英社インターナショナル編集部

山口先生プロフィール

山口真美(やまぐち・まさみ)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻修了後、ATR人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、中央大学文学部心理学研究室教授。博士(人文科学)。
日本赤ちゃん学会副理事長、日本顔学会、日本心理学会理事。新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―多文化をつなぐ顔と身体表現」のリーダーとして、縄文土器、古代ギリシャやローマの絵画や彫像、日本の中世の絵巻物などに描かれた顔や身体、しぐさについて、当時の人々の身体に対する考えを想像しながら学んでいる。近著に『自分の顔が好きですか? 「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)がある。
山口真美研究室HP
「顔・身体学」
ベネッセ「たまひよ」HP(関連記事一覧)

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