コロナブルーを乗り越える本 中野香織
服飾史家、中野香織さんが取り上げる3冊に共通するのは困難に際したときの「腹のすわり方」です。ひとりひとりが考える愛のあり方や教養、趣味と深くかかわってきます。
※この記事は、集英社インターナショナル公式サイトで2020年4月10日に公開された記事の再掲載です。
『ジョジョの奇妙な冒険』
荒木飛呂彦/集英社
すべてのストーリーが面白いのですが、とりわけおすすめがパート3のスターダストクルセイダーズの巻。
5人の屈強でセクシーなスタンド(幽波紋)使いが一人の女性を時間内に救うために地球上を旅するのですが、その過程で出会う敵が、次第にまがまがしく、おどろおどろしくなっていく。
これ以上どんなおそろしいことが起きるのかと身構えながらひとつひとつ不条理な難関をクリアしていく過程に、学びが多い。
予測がつかない外敵に立ち向かうための腹のすわり方が、「伝染する」ような錯覚を得られる。
『完訳釣魚大全Ⅰ』
アイザック・ウォルトン、飯田操訳/平凡社ライブラリー
350年以上も読み継がれる、釣りの本。
川魚の釣りの実践本でありながら、故事や詩や哲学の教養も散りばめられる。しかしこの本の底力はその「内容」だけにあるのではない。
国王の首が斬られたピューリタン革命のさなかに書かれているということです。外部の動乱に、自分が騒いでも何もできないのだとしたら、であれば、Study to be quiet. (静かにしていることを学べ)というわけで、平和このうえない釣りの話をしながら詩や哲学を語る。
この態度、Study to be quiet こそ、まさにコロナの時代の今、身に着けたい態度です。
『コレラの時代の愛』
ガブリエル・ガルシア=マルケス、木村榮一訳/新潮社
19世紀末から20世紀はじめにかけて、内線に次ぐ内戦、コレラの蔓延で秩序が崩壊していった時代に生きた、一人の男の物語。
主人公は17歳の時に恋をした女性を51年と9か月と4日、思い続け、ついに70歳を超えて、結ばれる。その間、独身なのだけれど600人の女性と関係をもったりして、純愛なのか偏執なのかよくわからない複雑なところも一筋縄でいかず、人間の不思議な深淵を考えさせられる。
ソーシャルディスタンスを求められるコロナの時代には接触もままならない。そんな時代の愛はどうあるべきなのか、どうなっていくのか、コレラの時代の愛を合わせ鏡にしながら見届けたい。
なかの かおり 作家・服飾史家。
東京大学文学部卒業後、教養学部(イギリス科)に学士入学、卒業。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学国際日本学部特任教授などを歴任。著書に『「イノベーター」で読む アパレル全史』『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』『紳士の名品50』など。日本経済新聞、読売新聞など多媒体で連載記事を執筆。企業数社の顧問も務める。