コロナブルーを乗り越える本 佐々涼子
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コロナブルーを乗り越える本 佐々涼子

ノンフィクションライター、佐々涼子さんはイタリアの小説家、物理学者がコロナ感染をテーマにした作品を紹介。佐々さんは、終末医療の現場を通して死を見つめた「本屋大賞 2020年ノンフィクション本大賞」受賞作品『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル刊)が多くの人に読まれています。

※この記事は、集英社インターナショナル公式サイトで2020年4月9日に公開された記事の再掲載です。

『コロナの時代の僕ら』

パオロ・ジョルダーノ、飯田亮介訳/早川書房

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4月3日。今夜のニュースで、全国で初めて300人を超える新たな感染が確認されたと伝えている。楽しみにしていた次男の結婚式は延期になって、ドレスのレンタルをキャンセルした。離れて住む長男夫婦も心配だ。今はまだ首都封鎖は起きていないが、明日にでもそれは起きるかもしれない。これを誰かが読む頃には、きっとまた世界は表情を変えていることだろう。まるで深い海の真ん中で溺れないことを必死に祈りながら立ち泳ぎをしているような気分だ。

そんな中で発売前の本書を読む機会を得た。パオロ・ジョルダーノは『素数たちの孤独』を書いた1982年生まれの小説家であり物理学者。彼は2月29日、イタリアで感染者数が世界でも上位に来た時期にこの随筆を書き始める。友人に夕食に招かれた時の自分のよそよそしい言動へのきまり悪さや、少年時代に手足口病にかかって隔離されたときの回顧など、少しずつ歪みはじめた日常のできごとを描きながら、時折こんな考察を挟み込む。
「感染症の流行はいずれも医療的な緊急事態である以前に、数学的な緊急事態だ。なぜかと言えば数学とは実は数の科学などではなく、関係の科学だからだ。数学とは、実体が何でできているかは努めて忘れて、さまざまな実体のあいだの結びつきとやり取りを文字に関数、ベクトルに点、平面として抽象化しつつ、描写する科学なのだ。そして感染症とは、僕たちのさまざまな関係を侵す病だ」。

彼は、私たちを75億個のビリヤードの球に喩える。
「僕らは感受性保持者で、今は静止している。ところがそこへいきなり、感染した球がひとつ猛スピードで突っ込んでくる。この感染した球こそ、いわゆるゼロ号患者(未感染の集団に病気を最初に持ちこむ患者)だ。ゼロ号患者はふたつの球にぶつかってから動きを止める」。
そうやって、数字の苦手な私にも、R0(アールノート)「基本生産数」という、“あらゆる感染症の秘められた核心ともいうべき数字”を理解させ、私が今、家にいなければならない理由をシンプルに解き明かす。つまり、ビリヤードの球と球との間隔を広げればいいというわけだ。

小さな我慢が少しずつ積み重なって、思わず感情を爆発させたくなるときには、彼は私のすぐ隣でささやくようにして、人間の業について説明しはじめる。「僕らは自然に対して自分たちの時間を押しつけることに慣れており、その逆には慣れていない」。だから流行があと一週間で終息し、日常が戻って来ることを要求するんだよと。
グローバル化でつながりあっている私たちの関係についての説明は、とても端正で私はすごく気に入っている。
「互いに作用しあう人間のあいだをペンで線を引いてつないだら、世界は真っ黒な落書きのかたまりになってしまうだろう。2020年の今や、どんなに俗世と隔絶した暮らしを送る隠者さえ、最低限のコネクションを割り当てられる。数字のグラフ理論的な表現をすれば、僕らが生きているこの世界は、きわめて多くのつながりを持つひとつのグラフなのだ。ウイルスはペンの引いた線に沿って走り、どこにでも到達する」。そして詩人のジョン・ダンが書いた瞑想録に由来する使い古された文句を引用する。「誰もひとつの島ではない」。
コロナ前には、孤独が現代病と言われて久しかったはずなのに、蓋を開けてみれば我々はみな地球の裏側にまでつながっていて、しかも逃げ場はどこにもない。私はそのことに愕然とするのだ。
だが、そのつながりをエゴイスティックに作り上げてしまったのは人類だ。人間同士のつながりに沿って縦横無尽に移動するウイルスにしても、環境破壊が生んだ多くの難民の一部であり、生息地でのんびりやっていた病原体を私たちのほうから巣から引っ張り出しているにすぎないのだ。読んでいるうちに私は次第に冷静になってくる。地に足を着けてよく考えるべきだよと彼は言う。よく知っているがぜんぜん違うこと、たとえば戦争なんかと混同しちゃいけないよと。その通り、きちんと考えることをやめてはいけないのだ。

飛び交う情報の中で真理を求めて右往左往し、すっかり疲れ果て傷ついてしまった時には、私に宛てて書かれたような、こんな一節が用意されている。
「今回の流行で僕たちは科学に失望した。確かな答えがほしかったのに、雑多な意見しか見つからなかったからだ。ただ僕らは忘れているが、実は科学とは昔からそういうものだ。いやむしろ、科学とはそれ以外のかたちではありえないもので、疑問とは科学にとって真理にまして聖なるものなのだ。今の僕たちはそうしたことには関心が持てない。専門家たちが口角泡を飛ばす姿を、僕らは両親の喧嘩を眺める子どもたちのように下から仰ぎ見る。それから自分たちも喧嘩を始める」。こんなにぴったりと心に寄り添う言葉があるだろうか。信頼していた人々が争っている姿を見たときの心細さを、私たちは今まさに味わっているのだ。

あとがきは心に染みる。これはイタリアの感染者数が中国を抜いて世界で一位になってから書かれたもので、感染爆発を予測しながらも、そこに向かっていくのを止められなかったことへの悔恨が、痛みに満ちた言葉で綴られる。彼は言う。自分たちが「ありえないはずのこと」を受け入れるのが不得意な国民であったと。そして、コロナ禍終息後の未来を見据え、読者に問いかけるのだ。「以前とまったく同じ世界を再現したいだろうか」と。いいえ、私もジョルダーノと同じく、次の世界ではもっと別のビジョンを持っていたい。だから忘れないでおこうと思う。この自然環境に対して人間がしてきたことについて、経済活動をはぎ取られて「生産性のない」生身の人間になってしまった私たちの傷つきやすさと真の価値について、そしてこの国がした経済優先の冷淡な仕打ちについても。私も感染を避けて家にいようと思う。そしてふいに与えられたありあまる隔離の時間を使って、新しい世界がもっと優しいものに生まれ変わる方法を、真剣に模索しようと決心するのである。本書は、同時代に生きる我々にとって忘れがたい一冊となるだろう。

ささ りょうこ ノンフィクションライター。
1968年、神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒業。日本語教師を経てフリーライターに。2012年、『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で第10回開高健ノンフィクション賞を受賞。他の著書に『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』『エンド・オブ・ライフ』。

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