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【連載】みんなが気になる「顔」の話 By 山口真美

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「顔」や「表情」の謎を研究する心理学者・山口真美さんの連載エッセイ。人間は、他人の顔や表情、さらには自分の顔をつねに気にしていますが、その理由を、山口さん自身が行なっている研究や… もっと読む
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新連載『みんなが気になる「顔」の話』始まります!

こんにちは、集英社インターナショナル・編集者のMSと申します。 いきなりですが、コンピュータの世界では「インターフェース」という言葉がよく使われるのはご存じですよね。 インターフェースとはコンピュータと人間が接触する「境界面」のこと。 たとえばディスプレイもそうですし、キーボードやマウスなども典型的なインターフェースですね。最近ではマイクやカメラも一般的なインターフェースになりつつあります(Zoom会議など)。 スマホなどでは画面そのものが出力と入力の両方の役割を果たし

第1回 日本人の「マスク好き」と子育ての関係を考えてみる。

昔から「口元を隠す」文化があるせいで、日本人はマスクに抵抗がないが、欧米人にとっては口元こそ「表情」の基本。その傾向の違いは赤ちゃん時代から、実は始まっている──中央大学で「顔」を研究する山口真美さんは、その謎に挑んでいる心理学者。 山口さんによると、「マスクを着けての育児」は要注意なのだとか。それはなぜなのか。 新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)が蔓延してから、マスクに振りまわされる生活が続いています。思い起こせば去年の春から、人々はマスクにピリピリしていました

第2回 なぜ幽霊は人の姿をしているのか(前)

この世に存在しない、死んだ人の姿を亡霊として見えるという人がいます。そう主張する人達は、それらの姿を“その目で見て”いるのでしょうか。 「幽霊特番」に夢中になって気付いたこと私が子どもだった頃には、夏休みになると、テレビで幽霊特番が流れるのが常でした。 特に夢中になったのが、昼のワイドショーの時間に流される幽霊体験の再現番組でした。子どもたちも明るいうちは怖いもの見たさにはしゃいで見るのですが、夜になって暗くなると怖さがつのります。恐怖のシーンを再現する番組だけに、伸び続け

第2回 なぜ幽霊は人の姿をしているのか(後)

(前編より続く) 人は、人の顔を見出すことに長けているのです。 人が生きていくうえで、いち早く人を見出すことは、生存上の重要な課題だからです。群衆の中に親しい人を見つけ出すこと。暗闇にまぎれてこっそりつけ回す怪しい人の存在に気づくこと。人は、人とかかわりを持って生きる存在なのですから、相手が誰であるかの顔を見出すことはなによりも大切なことなのです。 「他人の顔が見えなくなる」障害とは?こうした顔認識を支えるのが、人の顔や姿かたちを優先して処理しようとする、脳の仕組みです。

第3回 日本人はなぜ「アニメ顔」が好きなのだろう(前編)

みなさんはアニメの登場人物の顔が好きですか? 私は、初期のディズニー映画や手塚治虫のデフォルメされたキャラクターは、曲線で描かれた顔のバランスがよくて好きでした。 しかし、そこから進化した、現在のアニメの顔は目のデフォルメが強すぎて、そのせいか個性もなくなって見えて、まるで記号としての顔が描かれているのではと感じています。 「不気味の谷」これは私の年のせいで、アニメ好きの方には申し訳ないですが。ただ、最近のアニメは人物以外の描写、たとえば街の空気感や雨や風といった天候の変化

第3回 日本人はなぜ「アニメ顔」が好きなのだろう(後編)

前編はこちら 「子どもっぽい」顔が持つ印象についてアメリカで面白い研究がなされていますのでご紹介しましょう。 結論を先に言えば、子どもっぽい顔は、正直で優しくあたたかく見える一方で、身体的に弱く、格下に見えるということです。 子どもっぽい顔はリスペクトされないアメリカ社会その証拠というべきか、同じくアメリカで、リーダーとしてふさわしい顔を大学生に選ばせると、子どもっぽい顔よりも大人っぽい長い顔を選ぶという傾向がみられたのです。子どもっぽい顔は格下に見えて、リーダーにはふさ

第4回 私、顔面麻痺になりました(前編)

今回は私の顔の話をしましょう。 10年前のことですが、顔面麻痺になりました。 帯状疱疹ウイルスが原因の、ラムゼイハント症候群というものでした。 顔研究者なのに、自分の顔面麻痺にはなかなか気づかなかった。そんなお話です。 「顔面筋のプロ」なのに 実は私は大学院時代に、実験で顔面筋の働きを測っていました。ですから、顔面のことについては、いささか詳しいのです。 機械の揃った生理人類学の教授の実験室に居候して、作り笑いや偽の表情をつくりだすときの顔の筋肉の動きを調べていたのです。

第4回 私、顔面麻痺になりました(後編)

前編のあらすじ 今から10年ほど前のこと、著者は突然、顔面麻痺になってしまった。その原因は帯状疱疹。日々のストレスが溜まった結果、表情の神経が麻痺してしまった。主に顔の右側が麻痺したのだが、いちばん困ったのは「食事」。なぜか味覚も変化していて、料理の微妙な味わいが分からなくなったのだった。 表情筋の働きで、発声も変わってくるちなみに麻痺の後遺症の治療とリハビリは、鍼灸院で行いました(大学病院の治療は、麻痺の評価と薬の処方で終わりだったので)。 そこでつくづく感じたのは、か

第5回 表情は伝染するか(前編)

美容整形で使う「ボトックス」が、コロンビア大学で行なわれた、ある心理学の実験で使われたことがあります。心理学者は時として奇抜な実験を考えますが、これには驚きました。 ボトックスとはボツリヌス菌から抽出されたタンパク質の一種ボツリヌストキシンを注射し、目尻や眉・額の皺【しわ】を改善するというもの。注射の効果は4ヶ月から6ヶ月くらい持続するそうで、メスを使わない美容整形として有名です。 このボトックスを、美容のためではなくて、顔を麻痺させる道具として実験に使っているのです。 ヒ

第5回 表情は伝染するか(後編)

(前回のあらすじ) 皺取りに使われる、ボトックス注射には顔面麻痺を一時的に作り出す作用があります。 この注射を使って、喜びの表情や怒りの表情を作れないようにしたら、喜怒哀楽の感情も消えてなくなるのかという実験が行なわれました。しかし、その実験は見事に失敗に終わりました。 「愉しいから笑うのではない。笑うから愉しいのだ」という仮説はこれで否定されました。表情が作れなくても、喜びや怒りの感情は消えてなくならないのです。 ですが、顔面麻痺などで無表情になったり、パーキンソン病になっ

第6話「美人とは何者か」を考える(前編)

心理学者にとって、美人とは「謎」に満ちた存在です。 漫画やドラマなどで、美容整形をしたらまったく別人の超モテモテとなったという話がありますが、そんなことはあるのでしょうか。誰もが羨むような、そして誰もが共通して「美人だ!」と納得するような人は、この世に存在するのでしょうか。 昭和の時代であれば「吉永小百合」など、日本人の多くが認める美人像が思い浮かびます。しかし時代は変わり、令和の今日、美人像も多様となっているように思います。 かつての吉永小百合さんのように、日本人の誰

第6話「美人とは何者か」を考える(後編)

ここまでの話 人々が「美人」や「ハンサム」と思うのは、いったいどういう特徴をもっているのか? この問題について、心理学者たちはさまざまなアプローチをしてきました。 そこでクローズアップされたのは男性の「顔の横幅」です。 美人=魅力だとすれば、メスにとってオスの魅力とはどこにあるのかといえば、やはり健康で強い子どもを残せそうな相手であることが第一条件にあるはずで、オスはそうしたメスの感じる「魅力」を発するために強さを演出するはず。 その点、顔が大きくて立派であることは、体の大

第7話 眉が表わす「時代の雰囲気」

眉があるのは、生物の中では人だけです。 本来はチンパンジーやボノボのように顔全体に毛があったはずのホモ・サピエンスですが、進化の過程で顔から毛が失われていきます。眉だけに毛が残った理由は、目に汗が入るのを避けるためだとか。 私の記憶が正しければ、これは顔学会会長だった人類学の故・香原志勢(こうはら・ゆきなり)先生から聞いた話だったと思います。 しかし、汗が目に入らないようにするという目的であるとすれば、眉は他の動物にもあっていいはず。人にだけなぜ眉があるのかは、進化的な観

第8話 「嫁の人相が読めない」(前編)

「お嫁さんの人相が読めなくなって、困っているのですが・・・」 都内の大学病院の心療内科に、そんな問題を抱えるご婦人がやってきたそうです。 この話を聞いた心理師さんたちは、 「人相って、いったい何のことを言っているのかしら?」 「もしかして、元占い師の患者さんなのかしら?」 と頭を抱えていたそうです。 しかし詳しく話を聞いてみると、ご婦人はごく普通の主婦で、同居する息子のお嫁さんの表情が読めなくなって困っていたことがわかりました。詳しく検査したところ、顔を処理する脳の箇所に